177 / 179
第175話 さあ、行こう。レインハルトの真実へ
しおりを挟む
『剣のゆくえと、祖父の影』
砦の朝は静かだった。
三日前、交渉の末に開かれた門は、今やテオドリック王国の軍旗をたなびかせている。規律正しく配置された兵士たちは、無駄な挑発もせず、あくまで“中立地帯”としての体面を保っていた。
そんな中、見張りの角笛がふたたび鳴り響く。
「南門に馬車――王都からの使者と思われます!」
報告に、私はすぐに馬を駆って門へ向かう。すでにアリスター陛下とエリーゼ王妃も、簡易な礼装で出迎えに並んでいた。
やがて馬車が近づき、ゆるやかに停まる。その扉が開かれると、銀糸を織り込んだ使者の外套が現れた。
「レインハルト王国王政庁よりの正式使者、ディルク・フォン・アルヴァンである」
低く、重みのある声だった。顔には険しさもあるが、同時に交渉人としての冷静さも見て取れる。
アリスターは微笑みすら浮かべ、柔らかく応じる。
「テオドリック王国、国王アリスター・テオドリックである。そちらの“意思”を伺おうか」
使者は深々と頭を垂れた。
「第一に、王都における混乱について。……殿下のお持ち帰りになった“シャルル王子”の扱いについて、我が国としては――抗議を行う意思はない」
「ほう。それは驚いた」
「我が王城は、三日前に“フリューゲル王国軍と新政府軍”によって制圧されました。現・臨時統治者は、フリューゲル王国の大将軍、カール=キリト元帥。……陛下の妃、エリーゼ王妃の祖父にあたります」
アリスターの黄金の瞳が、わずかに細められた。だが何より、エリーゼの肩が小さく震えたのを私は見逃さなかった。
「――おじいさまが、王城を?」
「その通りです。カール元帥は、貴女がかつて“冤罪”により追放された経緯を深く憂いておられた。彼は現在、王政再編を唱え、混乱を収めんとしております。そして……」
ディルクは、懐から一通の封書を差し出した。
「王妃殿下に、祖父からの親書を。『どうか、王都へ。孫の顔を、この目で確かめたい』とのことです」
その瞬間、砦の空気が変わった。
「……どう思う、エリーゼ」
アリスターが尋ねた声は、私的で、それでいて王の威厳を湛えていた。
「わたしは……行きます」
エリーゼは、即座に答えた。その瞳には、迷いも怯えもなかった。ただ、過去と向き合う決意だけがあった。
「捨てられた、と思ってた。家族にも、祖国にも。でも、まだ誰かが“わたし”を見ていてくれたのなら――確かめたい」
「ならば、ボクも共に行こう」
アリスターはさらりと告げる。その笑みは、信頼と愛情の中にある王のそれだった。
だがそれでも、私は言わずにはいられなかった。
「陛下。妃殿下がご同行される以上、リスクが生じます。王ご自身が動かれるのは――」
「それが“家族”というものだろう?」
アリスターは、私の忠言に微笑で返す。その言葉の柔らかさの奥に、かつて王族として追放された過去と、今なお彼を突き動かす強き意思があった。
*
出立は二日後と決まった。使者は滞在の許可を得て、砦の一室に招かれた。
その夜――。
私は一人、砦の塔で星空を眺めていた。そこに、軽い足音が響く。
「……キリエム隊長、よいですか」
振り返ると、青い髪に銀縁の眼鏡、そして気弱そうな神官服の青年――ダリル=ベルトレインが立っていた。
「どうした、ダリル殿。こんな時間に」
「いや、拙者……いえ、あの、少し、聞きたくて」
彼はぽつりと語った。
「拙者の故国、マケドニアも、“正義”の名の下に、間違えたことがあった……。それを訴えたせいで、追放された。王政も、神政も、間違えることがあるのだと」
「……ああ、私も、同じ思いだ」
「でも、陛下も王妃殿下も、“帰る”ことを選ばれた。間違えた祖国に、もう一度、向き合おうとしておられる」
ダリルは、ふと夜空に目を向けた。
「拙者も……あの人に、もう一度会えるのなら。答えを、聞いてみたいです。なぜ、あのとき――」
その声は消えた。彼の“あの人”とは、きっと――。
「……叶うさ、きっと。君には君の信じる正しさがある」
私はそう返しながら、ふと思う。
それぞれが、過去を背負っていた。冤罪、追放、失われた日々。だが、アリスターたちはそれに抗い、今こうして新たな地を築こうとしている。
その姿を、我々が支えねばならぬのだ。
*
そして――出立の日。
王と王妃を中心に、選抜された百騎の護衛隊が編成された。副官のマスキュラーは、鉄の籠手を締めながら言う。
「オレたち、どこまで行っても“冒険者”なんだな。今度の任務も、大陸一の“因縁持ち”のお供ってわけか」
「ふふ、それでも、悪くないでしょ?」
エリーゼが笑う。その背には、王妃としての誇りだけでなく、“剣聖”としての覚悟が宿っていた。
砦を出るとき、風が吹いた。まだ冷たさを残す風だが、不思議と心が澄むようだった。
「さあ、行こう。レインハルトの真実へ――」
アリスターの金の外套が風をはためかせ、エリーゼがその隣に並ぶ。
かつての王子と剣聖。いまや一国の王と王妃。
その背中を見ながら、私は鞍を踏み締めた。
(この剣を捧げるべき主は、もう決まっている)
その日、砦を出た行軍は、静かに、しかし確かな一歩を刻んだ。
その先にあるのは、過去の清算か、新たなる未来か。
すべては、エリーゼと、彼女の祖父カール=キリトとの再会にかかっていた――。
砦の朝は静かだった。
三日前、交渉の末に開かれた門は、今やテオドリック王国の軍旗をたなびかせている。規律正しく配置された兵士たちは、無駄な挑発もせず、あくまで“中立地帯”としての体面を保っていた。
そんな中、見張りの角笛がふたたび鳴り響く。
「南門に馬車――王都からの使者と思われます!」
報告に、私はすぐに馬を駆って門へ向かう。すでにアリスター陛下とエリーゼ王妃も、簡易な礼装で出迎えに並んでいた。
やがて馬車が近づき、ゆるやかに停まる。その扉が開かれると、銀糸を織り込んだ使者の外套が現れた。
「レインハルト王国王政庁よりの正式使者、ディルク・フォン・アルヴァンである」
低く、重みのある声だった。顔には険しさもあるが、同時に交渉人としての冷静さも見て取れる。
アリスターは微笑みすら浮かべ、柔らかく応じる。
「テオドリック王国、国王アリスター・テオドリックである。そちらの“意思”を伺おうか」
使者は深々と頭を垂れた。
「第一に、王都における混乱について。……殿下のお持ち帰りになった“シャルル王子”の扱いについて、我が国としては――抗議を行う意思はない」
「ほう。それは驚いた」
「我が王城は、三日前に“フリューゲル王国軍と新政府軍”によって制圧されました。現・臨時統治者は、フリューゲル王国の大将軍、カール=キリト元帥。……陛下の妃、エリーゼ王妃の祖父にあたります」
アリスターの黄金の瞳が、わずかに細められた。だが何より、エリーゼの肩が小さく震えたのを私は見逃さなかった。
「――おじいさまが、王城を?」
「その通りです。カール元帥は、貴女がかつて“冤罪”により追放された経緯を深く憂いておられた。彼は現在、王政再編を唱え、混乱を収めんとしております。そして……」
ディルクは、懐から一通の封書を差し出した。
「王妃殿下に、祖父からの親書を。『どうか、王都へ。孫の顔を、この目で確かめたい』とのことです」
その瞬間、砦の空気が変わった。
「……どう思う、エリーゼ」
アリスターが尋ねた声は、私的で、それでいて王の威厳を湛えていた。
「わたしは……行きます」
エリーゼは、即座に答えた。その瞳には、迷いも怯えもなかった。ただ、過去と向き合う決意だけがあった。
「捨てられた、と思ってた。家族にも、祖国にも。でも、まだ誰かが“わたし”を見ていてくれたのなら――確かめたい」
「ならば、ボクも共に行こう」
アリスターはさらりと告げる。その笑みは、信頼と愛情の中にある王のそれだった。
だがそれでも、私は言わずにはいられなかった。
「陛下。妃殿下がご同行される以上、リスクが生じます。王ご自身が動かれるのは――」
「それが“家族”というものだろう?」
アリスターは、私の忠言に微笑で返す。その言葉の柔らかさの奥に、かつて王族として追放された過去と、今なお彼を突き動かす強き意思があった。
*
出立は二日後と決まった。使者は滞在の許可を得て、砦の一室に招かれた。
その夜――。
私は一人、砦の塔で星空を眺めていた。そこに、軽い足音が響く。
「……キリエム隊長、よいですか」
振り返ると、青い髪に銀縁の眼鏡、そして気弱そうな神官服の青年――ダリル=ベルトレインが立っていた。
「どうした、ダリル殿。こんな時間に」
「いや、拙者……いえ、あの、少し、聞きたくて」
彼はぽつりと語った。
「拙者の故国、マケドニアも、“正義”の名の下に、間違えたことがあった……。それを訴えたせいで、追放された。王政も、神政も、間違えることがあるのだと」
「……ああ、私も、同じ思いだ」
「でも、陛下も王妃殿下も、“帰る”ことを選ばれた。間違えた祖国に、もう一度、向き合おうとしておられる」
ダリルは、ふと夜空に目を向けた。
「拙者も……あの人に、もう一度会えるのなら。答えを、聞いてみたいです。なぜ、あのとき――」
その声は消えた。彼の“あの人”とは、きっと――。
「……叶うさ、きっと。君には君の信じる正しさがある」
私はそう返しながら、ふと思う。
それぞれが、過去を背負っていた。冤罪、追放、失われた日々。だが、アリスターたちはそれに抗い、今こうして新たな地を築こうとしている。
その姿を、我々が支えねばならぬのだ。
*
そして――出立の日。
王と王妃を中心に、選抜された百騎の護衛隊が編成された。副官のマスキュラーは、鉄の籠手を締めながら言う。
「オレたち、どこまで行っても“冒険者”なんだな。今度の任務も、大陸一の“因縁持ち”のお供ってわけか」
「ふふ、それでも、悪くないでしょ?」
エリーゼが笑う。その背には、王妃としての誇りだけでなく、“剣聖”としての覚悟が宿っていた。
砦を出るとき、風が吹いた。まだ冷たさを残す風だが、不思議と心が澄むようだった。
「さあ、行こう。レインハルトの真実へ――」
アリスターの金の外套が風をはためかせ、エリーゼがその隣に並ぶ。
かつての王子と剣聖。いまや一国の王と王妃。
その背中を見ながら、私は鞍を踏み締めた。
(この剣を捧げるべき主は、もう決まっている)
その日、砦を出た行軍は、静かに、しかし確かな一歩を刻んだ。
その先にあるのは、過去の清算か、新たなる未来か。
すべては、エリーゼと、彼女の祖父カール=キリトとの再会にかかっていた――。
5
あなたにおすすめの小説
婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?
向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。
というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。
私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。
だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。
戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね?
椿蛍
ファンタジー
転生し、目覚めたら、旦那様から離縁されていた。
――そんなことってある?
私が転生したのは、落ちこぼれ魔道具師のサーラ。
彼女は結婚式当日、何者かの罠によって、氷の中に閉じ込められてしまった。
時を止めて眠ること十年。
彼女の魂は消滅し、肉体だけが残っていた。
「どうやって生活していくつもりかな?」
「ご心配なく。手に職を持ち、自立します」
「落ちこぼれの君が手に職? 無理だよ、無理! 現実を見つめたほうがいいよ?」
――後悔するのは、旦那様ですよ?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
大自然を司る聖女、王宮を見捨て辺境で楽しく生きていく!
向原 行人
ファンタジー
旧題:聖女なのに婚約破棄した上に辺境へ追放? ショックで前世を思い出し、魔法で電化製品を再現出来るようになって快適なので、もう戻りません。
土の聖女と呼ばれる土魔法を極めた私、セシリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡された上に、王宮を追放されて辺境の地へ飛ばされてしまった。
とりあえず、辺境の地でも何とか生きていくしかないと思った物の、着いた先は家どころか人すら居ない場所だった。
こんな所でどうすれば良いのと、ショックで頭が真っ白になった瞬間、突然前世の――日本の某家電量販店の販売員として働いていた記憶が蘇る。
土魔法で家や畑を作り、具現化魔法で家電製品を再現し……あれ? 王宮暮らしより遥かに快適なんですけど!
一方、王宮での私がしていた仕事を出来る者が居ないらしく、戻って来いと言われるけど、モフモフな動物さんたちと一緒に快適で幸せに暮らして居るので、お断りします。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる