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7・決心
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グランプリが発表されると、割れんばかりの歓声が沸きあがった。
都築の講評を、真剣な眼差しで聴き入る学生たち。
そういえば、あのときわたしも、先輩デザイナーたちがとても眩しかった。
今、自分が審査員側に立っていることが不思議だった。
7年も前のことだなんて、信じられない。
他の審査員や学校のスタッフへの挨拶を済ませ、事務室を後にして表に出ると、日はすっかり落ち、正門前のツリーのイルミネーションが点灯されていた。
「装飾の仕方まで、あのころと変わんねーんだな」
都築はツリーの前で立ち止まり、しばらくその点滅する金色の光に見入っていた。
冷たい風が吹きつけ、わたしはコートの襟を立てた。
都築はわたしを見て、言った。
「これからなんか予定あんの?」
「うん、ある。8時に表参道で待ち合わせ」
都築は時計に目をやった。
「じゃあまだ時間あるな。ちょっとだけ付き合えや」
そう言って、門とは逆の方にすたすたと歩いていってしまう。
「ちょっと待ってよ」
もう、相変わらず勝手なんだから。
都築の背中を追いながら着いた先は裏庭。
古びたベンチはまだそこにそのまま置かれていた。
「ここって……」
思わず立ち止まった。
あのときの場所。
なんといってもクリスマス・イブの夕方だ。
みんな予定があるのだろう。
そこに人の姿はなかった。
都築はわたしより先にベンチに坐り、少し横にずれて場所を開けた。
都築が何を考えているのかが掴めず、頼りない気持ちのまま、とりあえず腰をかけた。
あの日は真夜中で、上空を見上げると都会とは思えないほど星が輝いていた。
今は夕闇。西の空には、ほんの少しだけ昼間の名残も見られる。
その違いはあっても、気持ちは瞬時にあの日に引き戻されていた。
――なあ、キスしていい?
都築の声が頭のなかで響きだす。
「ほら、これ」
渡されたのは使い捨てカイロ。
ずいぶん用意周到だ。
じゃあ、思いつきじゃなくて決めてたってこと?
ここに来ることを。
「朱利、覚えてる? この場所」
「えっ?」
返事に困り、わたしはあいまいな表情でごまかした。
覚えているも何も、鮮明すぎる記憶に、今まさに悩まされている最中だったけれど。
「めちゃくちゃ飲んで、ふたりで忍び込んだんだよな。コンペの日の夜中にさ」
胸がドキンと高鳴ったが、とっさによくわかっていないフリをした。
「そう……だったね、確か……」
その返事を聞いて、都築はわたしの顔を眺めた。
「お前、あの日、相当飲んでたからなあ。もしかして覚えてないとか?」
それには答えず、わたしは反対に聞きかえした。
「都築のほうこそ覚えてないんじゃない?」
「いや」
即座に否定すると、都築は確信に満ちた声で答えた。
「覚えてるよ。ちゃんと」
ちゃんと、って?
つまり……
ちゃんと覚えているってこと?
キスしようとしたことを。
でも今さら、なんで、そんなこと言い出すんだろう。
わたしはようやく熱を持ちはじめたカイロを、思わず握りしめていた。
「寒かったな、あの日。凍え死ぬかと思った」
でも、ふたりで分け合ったショールのなかは天国みたいに温かかった。
都築との距離が近づいた。
わたしはそう思った。
都築の講評を、真剣な眼差しで聴き入る学生たち。
そういえば、あのときわたしも、先輩デザイナーたちがとても眩しかった。
今、自分が審査員側に立っていることが不思議だった。
7年も前のことだなんて、信じられない。
他の審査員や学校のスタッフへの挨拶を済ませ、事務室を後にして表に出ると、日はすっかり落ち、正門前のツリーのイルミネーションが点灯されていた。
「装飾の仕方まで、あのころと変わんねーんだな」
都築はツリーの前で立ち止まり、しばらくその点滅する金色の光に見入っていた。
冷たい風が吹きつけ、わたしはコートの襟を立てた。
都築はわたしを見て、言った。
「これからなんか予定あんの?」
「うん、ある。8時に表参道で待ち合わせ」
都築は時計に目をやった。
「じゃあまだ時間あるな。ちょっとだけ付き合えや」
そう言って、門とは逆の方にすたすたと歩いていってしまう。
「ちょっと待ってよ」
もう、相変わらず勝手なんだから。
都築の背中を追いながら着いた先は裏庭。
古びたベンチはまだそこにそのまま置かれていた。
「ここって……」
思わず立ち止まった。
あのときの場所。
なんといってもクリスマス・イブの夕方だ。
みんな予定があるのだろう。
そこに人の姿はなかった。
都築はわたしより先にベンチに坐り、少し横にずれて場所を開けた。
都築が何を考えているのかが掴めず、頼りない気持ちのまま、とりあえず腰をかけた。
あの日は真夜中で、上空を見上げると都会とは思えないほど星が輝いていた。
今は夕闇。西の空には、ほんの少しだけ昼間の名残も見られる。
その違いはあっても、気持ちは瞬時にあの日に引き戻されていた。
――なあ、キスしていい?
都築の声が頭のなかで響きだす。
「ほら、これ」
渡されたのは使い捨てカイロ。
ずいぶん用意周到だ。
じゃあ、思いつきじゃなくて決めてたってこと?
ここに来ることを。
「朱利、覚えてる? この場所」
「えっ?」
返事に困り、わたしはあいまいな表情でごまかした。
覚えているも何も、鮮明すぎる記憶に、今まさに悩まされている最中だったけれど。
「めちゃくちゃ飲んで、ふたりで忍び込んだんだよな。コンペの日の夜中にさ」
胸がドキンと高鳴ったが、とっさによくわかっていないフリをした。
「そう……だったね、確か……」
その返事を聞いて、都築はわたしの顔を眺めた。
「お前、あの日、相当飲んでたからなあ。もしかして覚えてないとか?」
それには答えず、わたしは反対に聞きかえした。
「都築のほうこそ覚えてないんじゃない?」
「いや」
即座に否定すると、都築は確信に満ちた声で答えた。
「覚えてるよ。ちゃんと」
ちゃんと、って?
つまり……
ちゃんと覚えているってこと?
キスしようとしたことを。
でも今さら、なんで、そんなこと言い出すんだろう。
わたしはようやく熱を持ちはじめたカイロを、思わず握りしめていた。
「寒かったな、あの日。凍え死ぬかと思った」
でも、ふたりで分け合ったショールのなかは天国みたいに温かかった。
都築との距離が近づいた。
わたしはそう思った。
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