華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~

はぎわら歓

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93の次から読んでください 明樹編

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 軍師省から地方への派遣の命が下った時、星羅は明樹が心配で辞退した。養父母を失った星羅の辞退を誰も咎めるものはなかった。
星羅の代わりに柳紅美が郭蒼樹に伴って地方に赴くことになる。柳紅美にしてみれば、星羅と蒼樹を引き離し、自分の活躍が見込めるのでご機嫌だった。

「あなたってば、夫に対してそっけなさすぎるのよ。今の間にどうにかしておかないと取り返しがつかないことになるわよ」

 柳紅美の言葉を苦い薬のように感じた。余計なことを言うなと蒼樹にたしなめられていたが、星羅も柳紅美の言うことに同調していた。彼女の言う通り、随分明樹の体調は安定してきているのに星羅に指一本触れてこようとしない。
やっとそばにいられるというのに。明樹の背中にそっと寄り添っても、すぐに寝息が聞こえてくるだけだった。

 郭蒼樹と柳紅美そして精鋭の兵士たちが地方へ出立する早朝、星羅も東門へ見送りに行った。馬上の紅美が見送りに来ている星羅に気づき、馬の鼻先を星羅に向ける。

「見送りに来たの?」
「ええ」
「まったく朝から辛気臭い顔ね」
「そうかしら」

 はあーっとため息のようなあきれ声を紅美はわざとらしく出す。

「あなたの夫君、西国の店でおかしくされたんでしょ? 再現してみたら? 」
「再現……」
「ちょっと思いついただけだけどね」
「あ、うん。ありがとう」
「帰ってきたら少しはましな顔を見せなさいよ」

 朝日が昇り始め紅美の顔を照らす。光を浴びた彼女の顔をまぶしく目を細め見送る。先頭のほうで蒼樹が「行くぞ!」と声を掛けた。彼はそのまま星羅に気づかず馬を走らせる。部隊が朝日に消えていくのを見届けて星羅は帰路につく。

 紅美のアイディアが頭の中で響いている。彼女は思い付きと言ったが、ふっと口を突く言葉は的を射ていることが多い。

「試してみよう……」

 まだきっと取り返しはつくと星羅は思案始めた。
 
 息子の徳樹を義母の絹枝に預け、星羅は朱家に戻る。誰も住まなくなった家はがらんとして寒々しい。兄の京樹もほとんど太極府で過ごしているのでこの家で寝泊まりすることはない。
 父の彰浩が作った机と椅子に軽く埃が積もっている。指先でつーっとなぞる。

「とうさま、元気かしら」

 母、京湖との思い出を回想しながら優しい手つきでろくろを回し、器を作っているのだろうか。話にしか聞いていないが、山奥のひっそりとした彰浩の陶房が目に浮かぶ。彼の人柄が現れたようなこざっぱりとした素朴な陶房だろうと想像する。

 星羅は少し椅子に腰かけてから、彰浩と京湖の寝室に入る。特に用事があったわけではないが、柳紅美に『西国』と言われて、京湖を想い実家にやってきたのだった。

 寝台は寝具はもうなく寂しい板間になっている。愛し合っていた夫婦が身体を寄せ合って眠っていた小さな寝台の上に、座っていた星羅は身体を横たわせる。

「かあさま……」

 足をぶらつかせると、かかとに何かかさっと当たる。寝台の下をのぞくと竹で編まれた行李(こうり)があった。

「とうさまのかしら、それともかあさま? 」

 そっと一抱えのの行李を引出し、寝台の上にあげ蓋を取った。

「まあっ」

 薄い透けた衣が何着か入っている。そっと手に取って星羅は窓側に向ける。光を通し、風も通る軽くて涼し気な衣だ。

「こうしてみると西国の衣装はすごいわね。かあさまが身につけているところをとうとう見られなかったな」

 京湖は星羅が知る以上ずっと漢服だった。京湖のことを思っていると「身に着けてごらんなさい」と彼女の声が聞こえたような気がした。

「西国の衣……」

 手のひらが透けて見える薄水色の衣をじっと見つめる。

「あなた……」

 夫の明樹を想う。

「かあさま、力を貸して……」

 星羅は薄衣と、一緒に入っていた香木に気づき持ち帰ることにした。

 陸家に戻り、徳樹の様子を見に行くと東屋で、絹枝と春衣が生んだ貴晶とともに腰掛けているのが見えた。どうやら幼い二人に絹枝が何かしらの講義をしているようだ。

「義母さま、戻りました」
「星羅さん、おかえりなさい」
「徳樹はよい子でしたか?」
「ええ、ええ。貴晶もだけど二人とも勉学が好きみたいでね! 今は曹王朝の歴史について話してたのよ!」

 教師である絹枝はとてもやりがいがあるといった様子で紅潮して目が輝いていた。

「それならよかったです」
「ほんとっ、明樹さんと違って文官系だわ」

 長兄の明樹は、絹枝にも慶明にも似ず、武官を目指した。兵士になった時に絹枝は誰に似たのかしらと不満そうだった。

「ところで星羅さん。明樹はどう? 夫は大丈夫とは言うけど……」

 絹枝は明樹が完全に治ったと心から思えないらしい。母親の勘か、女の勘か、何かしら感じるものがあるようだ。星羅は明樹が帰ってきてから、全く夫婦の営みがないことを義母の絹枝に相談することは憚れた。

「あの、それで明樹さんと少し話したいことがありまして、夜、徳樹を預かってもらえないでしょうか」

 遠慮がちな星羅に、絹枝は大きく頷いて「ええ、ええ。よろしくてよ。何日でも大丈夫よ。貴晶さんも徳樹を弟みたい思っているし」と徳樹と貴晶を交互に見た。

「徳樹。一緒に寝られるな」

 貴晶が徳樹に嬉しそうに言うと、徳樹もにっこり頷く。ぐずる様子もなく、明るく朗らかな徳樹は適性は文官かもしれないが性格は明樹によく似ていると、絹枝は目を細めていた。


 もう寝台で横たわっている明樹は、窓のほうを向いている。

「あなた。眠ってるの?」
「いや。月を見てるだけだ」

 星羅は朱家から持ち帰った香木を、小さく削って香炉で焚き始める。細い紫煙が部屋を一周し、窓のほうへ向かい明樹の鼻腔をかすめる。

「ん? いい香りだ」

 甘く刺激的な香りに気づいた明樹は振りかえり「あっ」と声をあげる。月光に照らされた星羅が立っているが、身にまとう衣装は薄く透けていて露出も多く、星羅の華奢な身体つきをよりほっそりさせていた。

 寝台の歩み寄る星羅に、明樹は身体を起こしそっと両手首を持った。

「この格好は?」

 静かな声だが興奮を抑えているような重みのある声で明樹は尋ねてくる。

「かあさまの残していった荷物にあったの。どうかなと思って。変よね。西国民じゃないから似合わないわよね」

 ごくっと喉が鳴る音が聞こえた。月光のせいか明樹の目に強い光が宿っているように見える。

「いや。よく、似合っている」

 下から上まで明樹は星羅を見つめ上げた。もともとすんなりした肢体の星羅だが、漢服でさらに男装の軍師服を着ているため外見はしっかりして見える。

 明樹はそのまま星羅を抱き寄せ、その背中や腰回りを撫でまわす。香炉の香りが二人をすっかり包むころ星羅は明樹の腕の中で、全身に歓びを感じていた。明樹も、星羅の身体の中に沈み込み安堵を得る。

 数日、二人は夫婦の営みと情を交わす。そして早朝、目を覚ました星羅は明樹が寝台からいないことに気づき、慌てて起きだした。

「あなた?」

 部屋を出ようとすると、カチャリと剣を帯びた音が聞こえた。

「おはよう」
「あ、おはようございます。あの……」
「すまなかった。やっと目が覚めた思いがする」

 明樹は軽装備だがぴったりと鎧を身体にまとっていた。

「今日から軍に戻るよ」
「あなた」
「ありがとう。星妹のおかげだ。心配をかけたな。もう大丈夫だから」

 白い歯をこぼして笑んで見せる明樹の瞳は、まっすぐに星羅を見つめ揺らぐことはなかった。

「よかった。ほんと、よかった」

 泣き笑いする星羅をそっと抱きしめ明樹は髪をなでる。頬に口づけそっと囁く。

「だけどたまにあの衣装見せてくれ。じゃ、いってくる」
「いってらっしゃい」

 まるで新婚当初のような気持になって星羅は明樹を見送った。そして西国の京湖にありがとうと思いを馳せた。



 その後、徳樹はひっそりと皇太子の養子となり王子となる。彼が皇太子になり天子の地位に就くころには明樹は大将軍になっているだろう。星羅はしばらくして、また明樹の子供を身ごもり軍師省を辞めることにした。暗黙の了解ではあるが、明樹が大将軍として徳樹に仕えているので、自分までそばにいないほうが良いだろうと判断した。

 明樹は、星羅の策や進言によって史上最年少の大将軍となる。最高位に上り詰めた彼だったが妻の力によるものだと、明るく話す。その謙虚でおおらかな態度にますます信頼を得るのだった。星羅と明樹は華夏国最高の夫婦として、国民たちに愛された。

 徳樹から数代後まで曹王朝は安定を誇ったが、やはり世界の時代の波にのまれていく。国の名も変わり、制度も変わり、王も消え、軍師も消えた。

 曹王朝は華夏国屈指の安定した王朝と名高く、星羅と明樹は幻の夫婦神となって国中に祀られていった。

明樹編 終わり
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