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ラーシュ視点
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オルディアン帝国マスラーク領。
国境に広がる広大な魔の森を管理する静かな田舎、のはずだった。
3日ほど前。狩人や薬草採集を生業にしている者たちが妙な話を持ってきた。
「森から大型の魔獣の鳴き声が聞こえた」
「鳥も獣も落ち着きがない」
「小動物たちが巣から出て来ず、狩りが出来ない」
そんな内容だった。
これから来る冬に備えて、今が稼ぎ時という民たちのこういった不安は死活問題になる。
魔獣の住む森は危険だが、この領地の貴重な資源でもある。
俺はすぐに領主へ報告することにした。
マスラーク領主、伯爵カール・マスラークは即座に判断し、偵察隊の編成を命じた。
指揮を任されたのは、私兵団長の俺だった。
森での長期行動に慣れているものを選抜して、その日のうちに魔の森へ踏み入った。
奥へ進むにつれ、いつもとは違う妙な雰囲気を感じた。
生まれた時から慣れ親しんだ森なのに、上手く言えないが、なにかが違う。
この時期は獣たちが餌を求めて活発に動き回るというのに、その気配が少ない。
森が深くなれば、そこは魔獣の生息域になっていく。大型の魔獣の出現も珍しくはないはずなんだが、そんな様子もない。
一緒についてきた他の者たちも、皆この領地で育っているが、こんな経験は初めてで一様に首をかしげている。
「どうなってやがる……」
安全すぎるほど探索が進むのも、逆に気味が悪かった。
今日も獣の気配は薄い。
早朝から探索をしているが、相変わらずの静けさだ。
数時間、さらに森を奥へ奥へと進んでいくと、先行していた斥候が、進行停止の合図を出した。
俺たちは素早く草木に散り、警戒態勢に入る。
音を立てぬように俺も前に進んでいった。
「なにがあった」
「団長……あれを」
指さす先を見ると、動く気配がする。
よく見るとそれは、枝を抱えた少年だった。
着ているものは薄汚れ、痩せ細り、足取りは頼りない。
魔の森の奥地に、子供がひとりで居るはずがない。
人間か、それとも魔物の類か。人ならば保護対象だが、ここは警戒するに越したことはない。
背後に控える部下たちに素早く指示を出し、臨戦態勢を取る。
武器を素早く構え、勢いよく子供を包囲するように飛び出した。
「動くな!」
「!?」
武器を向けられて驚いた少年は枝を取り落とし、その場に固まった。
目には恐怖の色をにじませて、顔色がさっと悪くなる。
とてもじゃないが、演技をしているようには見えない。
「抵抗するな。そうすれば危害は加えない。お前は何者だ、人間か?」
「あ……ぅ……」
恐怖で言葉が出てこないようだ。
「言葉は通じるか?俺が何を言っているか理解できているなら、一度うなずけ」
少年は震えながら小さく、こくりとうなずいた。
相手のか弱くしおらしい見た目のせいか、尋問でもしてるみたいで、えらくばつが悪い。
「お前は人間か?そうなら、もう一度うなずけ」
その問いにも少年はうなずいた。
「お前――」
そして、さらに声を掛けようとした、その瞬間。
視界の端に何かが強烈な勢いで迫っているのが見えた。
少年に向かって剣を構える俺の、脇腹をめがけて突進してくる何か。
ここから構え直す暇はもうない。せめて受け身を取ろうと、腕を動かしたところで、先に気づいた部下が盾を構えて割って入った。
「団長!!!」
鈍い音が響き、迫っていた何かは盾ごと部下を弾き飛ばした。
部下は衝撃でもんどりうったようだが、上手く受け身を取ってすぐに体勢を立て直したようで安心した。
一体何が起こった……。
攻撃の正体を見定めようと視線を向ける。
小さな何かは素早く身をひるがえし、俺が剣を向ける謎の少年をかばうように立ちはだかった。
腕が翼、両の脚は鳥のそれだが、それ以外は人と変わらない容姿。
少年と同じ背恰好の幼い体躯、だが翼を逆立たせ、鋭い金の瞳でこちらを睨みつけている。
羽根は膨れ、いつでも動けるようにか身を低く。
これは明らかな威嚇の構えだ。
その背に少年を隠すようにして、荒い息を吐くその姿。
一体どういうことだ……守っている?魔獣が、人の子を?
魔獣はまだ幼体だが、先ほどの突進力と反応速度は危険だ。うかつに刺激することは避けたい。
皆も変わらず武器を構えて警戒しているが、現状を見て各々に戸惑っているようだ。
少年は相変わらずおびえた様子で魔獣の陰に隠れている。この子が本当に人間の子だとするなら、直ちに助けてやりたい所なんだが……。
魔獣の金色の双眼はこちらを睨み、喉を低く威嚇音を鳴らしている。
すっかり膠着状態だ。
冷静になれ。
ここで判断を間違えば、どちらにも望まない怪我人が出る可能性がある。
俺は深く息を吸った。
二人から注意をそらすことなく、だが静かに周囲へと意識を伸ばすようにして状況を探る。
張り詰める空気の中、俺は覚悟を決め、一か八かの賭けに出ることにした。
国境に広がる広大な魔の森を管理する静かな田舎、のはずだった。
3日ほど前。狩人や薬草採集を生業にしている者たちが妙な話を持ってきた。
「森から大型の魔獣の鳴き声が聞こえた」
「鳥も獣も落ち着きがない」
「小動物たちが巣から出て来ず、狩りが出来ない」
そんな内容だった。
これから来る冬に備えて、今が稼ぎ時という民たちのこういった不安は死活問題になる。
魔獣の住む森は危険だが、この領地の貴重な資源でもある。
俺はすぐに領主へ報告することにした。
マスラーク領主、伯爵カール・マスラークは即座に判断し、偵察隊の編成を命じた。
指揮を任されたのは、私兵団長の俺だった。
森での長期行動に慣れているものを選抜して、その日のうちに魔の森へ踏み入った。
奥へ進むにつれ、いつもとは違う妙な雰囲気を感じた。
生まれた時から慣れ親しんだ森なのに、上手く言えないが、なにかが違う。
この時期は獣たちが餌を求めて活発に動き回るというのに、その気配が少ない。
森が深くなれば、そこは魔獣の生息域になっていく。大型の魔獣の出現も珍しくはないはずなんだが、そんな様子もない。
一緒についてきた他の者たちも、皆この領地で育っているが、こんな経験は初めてで一様に首をかしげている。
「どうなってやがる……」
安全すぎるほど探索が進むのも、逆に気味が悪かった。
今日も獣の気配は薄い。
早朝から探索をしているが、相変わらずの静けさだ。
数時間、さらに森を奥へ奥へと進んでいくと、先行していた斥候が、進行停止の合図を出した。
俺たちは素早く草木に散り、警戒態勢に入る。
音を立てぬように俺も前に進んでいった。
「なにがあった」
「団長……あれを」
指さす先を見ると、動く気配がする。
よく見るとそれは、枝を抱えた少年だった。
着ているものは薄汚れ、痩せ細り、足取りは頼りない。
魔の森の奥地に、子供がひとりで居るはずがない。
人間か、それとも魔物の類か。人ならば保護対象だが、ここは警戒するに越したことはない。
背後に控える部下たちに素早く指示を出し、臨戦態勢を取る。
武器を素早く構え、勢いよく子供を包囲するように飛び出した。
「動くな!」
「!?」
武器を向けられて驚いた少年は枝を取り落とし、その場に固まった。
目には恐怖の色をにじませて、顔色がさっと悪くなる。
とてもじゃないが、演技をしているようには見えない。
「抵抗するな。そうすれば危害は加えない。お前は何者だ、人間か?」
「あ……ぅ……」
恐怖で言葉が出てこないようだ。
「言葉は通じるか?俺が何を言っているか理解できているなら、一度うなずけ」
少年は震えながら小さく、こくりとうなずいた。
相手のか弱くしおらしい見た目のせいか、尋問でもしてるみたいで、えらくばつが悪い。
「お前は人間か?そうなら、もう一度うなずけ」
その問いにも少年はうなずいた。
「お前――」
そして、さらに声を掛けようとした、その瞬間。
視界の端に何かが強烈な勢いで迫っているのが見えた。
少年に向かって剣を構える俺の、脇腹をめがけて突進してくる何か。
ここから構え直す暇はもうない。せめて受け身を取ろうと、腕を動かしたところで、先に気づいた部下が盾を構えて割って入った。
「団長!!!」
鈍い音が響き、迫っていた何かは盾ごと部下を弾き飛ばした。
部下は衝撃でもんどりうったようだが、上手く受け身を取ってすぐに体勢を立て直したようで安心した。
一体何が起こった……。
攻撃の正体を見定めようと視線を向ける。
小さな何かは素早く身をひるがえし、俺が剣を向ける謎の少年をかばうように立ちはだかった。
腕が翼、両の脚は鳥のそれだが、それ以外は人と変わらない容姿。
少年と同じ背恰好の幼い体躯、だが翼を逆立たせ、鋭い金の瞳でこちらを睨みつけている。
羽根は膨れ、いつでも動けるようにか身を低く。
これは明らかな威嚇の構えだ。
その背に少年を隠すようにして、荒い息を吐くその姿。
一体どういうことだ……守っている?魔獣が、人の子を?
魔獣はまだ幼体だが、先ほどの突進力と反応速度は危険だ。うかつに刺激することは避けたい。
皆も変わらず武器を構えて警戒しているが、現状を見て各々に戸惑っているようだ。
少年は相変わらずおびえた様子で魔獣の陰に隠れている。この子が本当に人間の子だとするなら、直ちに助けてやりたい所なんだが……。
魔獣の金色の双眼はこちらを睨み、喉を低く威嚇音を鳴らしている。
すっかり膠着状態だ。
冷静になれ。
ここで判断を間違えば、どちらにも望まない怪我人が出る可能性がある。
俺は深く息を吸った。
二人から注意をそらすことなく、だが静かに周囲へと意識を伸ばすようにして状況を探る。
張り詰める空気の中、俺は覚悟を決め、一か八かの賭けに出ることにした。
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