憧れの彼は一途で優しくて時々イジワル

RIKA

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一章

3.私の生きる空

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香澄が永瀬に連れて行かれたのは、駅から徒歩数分ほどの場所にある居酒屋だった。
店内は混雑しており、了承のうえカウンター席に通されたのだが――すぐ真横に座る彼の存在に、香澄はこれ以上なく落ち着かない気分だった。
鼻腔をくすぐる永瀬の微かな匂いが、その近すぎる距離を更に思い知らせている。

(落ち着いて。ここは仕事の飲み会、たまたま隣に永瀬さんが座っただけ、そう思うようにしよう)

こうして永瀬と食事するのは勿論初めてのことだが、実はこうして男性と二人で食事すること自体、かなり久しぶりのことだった。
そのことを意識してしまったら最後、ぎこちなくなって永瀬にいらぬ心配をさせてしまうに違いない。
そうならないよう、職場の飲み会と思い込んで振る舞う。
そうすれば変に意識しなくて済むはずだ――香澄はおしぼりで手を拭きながら、呪文のようにそう心で繰り返した。

「ドリンク何にしようか。久遠さんは酒飲める人?」
「はい、一通りは。でもとりあえずビールでお願いします」
「いいね。俺もビール。飯はどうしようかな、嫌いなものとかアレルギーある?」
「特にないです。どれも美味しそう、オススメはありますか?」
「色々あるけど、一番は焼き鳥かな」
「焼き鳥好きです。あ、チキン南蛮もあるんですね!頼んでもいいですか?」
「いいよ。そういえば、前に食堂のランチでも選んでたね。好きなの?」

その言葉に、香澄は少し照れたように永瀬を見上げた。
彼の言うとおり、数カ月前、永瀬と会社の食堂でランチをしたことがあった――もちろん二人きりなどではなく、町谷など他の社員も一緒に――のだが、その時香澄がオーダーしていたのを覚えていたらしい。

「はい、地元の郷土料理なので。小さい頃からよく食べてたっていうのもありますが、作る人によって味が違うので、見かけるとつい食べちゃうんですよね」

その答えに永瀬は「なるほど」と納得顔で頷いた。
以前、何かの雑談をした際に、地方出身だということは彼に話していたので、合点がいったらしい。

「地元が好きなんだね」
「好きです。遠いので年一ぐらいしか帰りませんが、いい所ですよ。ご飯は美味しいし景色も綺麗だし。のんびり時間が流れる感じで」
「てことは、いつか地元に帰るの?」
「いえ、それは絶対ないです」

きっぱり否定した香澄を、永瀬が意外な視線で見やった。
この話をすると大概こういう反応をされるので慣れてはいるが、彼も例に漏れずだったので香澄は思わず苦笑した。

――香澄は、幼い頃から故郷で生きることをずっと窮屈に感じていた。
親と仲が悪いわけではないし、友人だってそれなりにいる。
唯一無二の生まれ育った場所や人々に愛着がないわけではないが、どこか閉鎖的な地域…具体的に言えば近すぎる人間関係に、いつからか違和感を抱くようになっていた。
それは成長するほどに増していき、中学の頃にはいつかこの町を出ることを漠然と決めていた。
だから高校時代、進路は真っ先に県外の大学を探したし、東京の大学を卒業した後はそのまま帰郷せずに就職した。そしてそれを後悔した日は一度もない。

「昔はそんな風に思う自分に悩んだりもしましたが、今はもう割り切ってます。大人になった今でも、なんて言うんでしょう、思い出を懐かしむ場所ではあるけれど生活する場所とは思えないというか。…ほんと、薄情な人間ですね」

言いながら、なぜ自分はこんな深い話をしているのだろう…と自分でも疑問に思った。
こういう真面目な話は、心から信頼できると思った人にしか今まで話したことがなかったのに。
だけどなぜだか、永瀬になら話してもいいと思えた。理解してくれなくてもいいから、ただ聞いて欲しいと。
それはもしかしたら、彼が醸し出す雰囲気というのだろうか、寛大な人柄がそうさせたのかもしれない。

ちらりと永瀬を見やれば、彼はただ黙って香澄の言葉を聞いていた。
まるで彼女の想いひとつひとつを受け止めるように。
そして香澄の話がひととおり終わったと分かると、静かに言葉を繋いだ。

「…多分それは薄情とかではなく、感性の問題なんじゃないかな。他人との距離感が人によって違うように、地域によって違うのも当然だよ。そしてその二つがマッチングしなかった時、そのギャップが自分の許容範囲ならいいんだろうけど、そうじゃなかったらそこを離れるしかないよね。そういう意味で、久遠さんの判断は至って正常だと思う」

真剣で率直な永瀬の意見に、香澄は目を見張った。
今までは大抵理解されないか同情されるかの二択だったから、そのどちらでもない彼の解釈は衝撃的だったのだ。

「昔誰かに聞いたことがある。人には生きる空が決められてるって」
「生きる空…」
「うん。だとしたら、それは生まれ育った空と必ずしもイコールとは限らないんじゃないかな。だから悩む必要なんてないよ。後悔してないなら尚更」
「そう…ですね」

自分の生きる空は故郷の空ではなかった、ただそれだけ…。
不思議なもので、彼がそう言うならそんな気がしてくる。
あそこで生きたいと思えなかったことは悪ではなく、生まれ持った感性――そう考えたら、長年背負ってきた罪悪感に似た何かが急に薄れていくような気がした。

「ありがとうございます。なんだかすごく救われました」
「いや、偉そうに言ってごめん。ほんとにただの一意見、そういう考えもあるってことを知っててほしいだけ」

笑いながら永瀬はグラスを傾けた。その謙虚さがありがたく、香澄は微笑んだ。

「それでも、ありがたいです。けどこんなこと言っておきながら、もしかしたらある日突然やっぱり帰るって言いだすかもしれないので、その時は鼻で笑ってやってください」
「え?あー…それはどうだろ…」

笑ってほしくて言ったのに、彼の反応は微妙だった。
その横顔がどこか寂しげに翳ったのは、気のせいだろうか。
なんだか雰囲気が気まずくなった気がして、香澄は話の矛先を変えた。

「…永瀬さんは、関東(こちら)の生まれですか?」
「うん。東京生まれの東京育ち。親もそうだから、実を言うと帰省とかけっこう憧れる」
「ああ、確かに永瀬さんは東京人っぽいです」
「え、そう?」
「立ち振る舞いとかオーラとか、都会育ちのネイティブって感じがします」
「なんだそれ」

永瀬が噴き出して笑ってくれたので、香澄も嬉しくなって笑った。
和やかな雰囲気が戻ってきたことに心底安堵したところで、メニューを開きっぱなしだったと気付いて永瀬を見上げる。

「あ、注文忘れてましたね。焼き鳥とチキン南蛮と…他はお任せして良いですか」

了解、と永瀬は頷くと、すみません、と店員を呼んだ。

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