憧れの彼は一途で優しくて時々イジワル

RIKA

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一章

4.告白

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それぞれのビールとお通しが届いたところで、二人は乾杯した。
仕事終わりのビールは格別だ。キリっと冷えたビールがカラカラの喉を通り越す瞬間は、いつも言葉にならない程の快感と至福を感じる。
香澄はお酒が好きだった。友人とは勿論、一人で飲むこともある。
永瀬にも言ったとおり、ビールでも日本酒でもワインでも、大体は一通り飲めるのだが、それほど強くはない。
だからビールは一杯目のみ、二杯目からはその時の気分で、ちょびちょび飲むのが定番だった。

「ん、チキン南蛮美味しい!お肉柔らか~焼き鳥もすごく美味しいですね!」

注文した料理が次々と運ばれてきて、あっという間に卓上は埋め尽くされた。
お腹が空いていたこともあってどれもとても美味しかったが、中でも永瀬お勧めの焼き鳥は絶品だった。
しかも自分と同じタレ派。そんな些細な共通点が、また香澄を嬉しくさせた。

「気に入ってくれてよかった。俺も初めてこの店来た時、美味しさに衝撃受けた」
「そうなんですね。ちょっと路地入ったところにありますし、どうやってここを知ったんですか?」
「たまたまこの辺歩いてて見つけたんだ。試しに入ってみたらとても美味しかったから、それ以来たまに通ってる。でも誰かと来たのは、今日が初めてかな」
「え…いいんでしょうか、私が記念すべき一人目で」
「全然いいよ。なんなら、ずっと連れてきたいと思ってたし」

――連れてきたいと思っていた?
その言葉の持つニュアンスに香澄は引っかかりを覚えた。
それは一体どういう意味なのだろう。なぜ彼の中でこの居酒屋と自分が結びついたのか。
もしかして、チキン南蛮が好きだから?
でもそんな理由で他部署の同僚を誘いたいと思うものなのだろうか。
なんだか腑に落ちないが、なんと返答してよいものかも分からず、ここはそのまま聞き流すことにした。

「…駅からも大通りからも少し離れてて、ひっそり飲むには最高の場所ですね」
「久遠さんも一人で飲んだりするの?」
「家では。外ではもっぱら友達とですね。酒豪の友人がいるのですが、私はそれほど強くないので最後はよく潰されます。何度その友達の家に泊まらせてもらったことか」
「…そうなんだ。ちなみに聞くんだけど、その友達って女の子?」
「はい。同じく上京組の、高校からの友人で」
「そうか、ならよかった」

――よかったって、何が?
やっぱりここでも引っかかる何か。自分は今、一体何を心配されたのだろう。
酒豪の友人が男性だと、何か不都合なことがあるのだろうか?

…ダメだ、やはり彼の意図が全然分からない。
というか、まだ一杯目の途中だというのに、緊張のせいか今日は酔いが早い気がする。
頭が上手く回らなくて、さっきから違和感の正体を具体化することができない。
けれど一方で、それに気付いてはいけない、と警告する自分もいる。
このまま知らないふりをして。そうでなければ――…"そうでなければ"?

香澄は心の忠告に従って、なるべく不自然にならない口調で「そういえば」と話題を変えた。

「今年の新人歓迎会、営業と総務で合同開催になったみたいですね。開催場所の居酒屋も、焼き鳥が美味しいらしいです。町谷先輩が言ってました」
「町谷が言うなら信頼できるな。あいつの頭の中八割食い物だし」

呟いた永瀬に、香澄は声をあげて笑った。

「ふふ、割合は分かりませんけど…否定できないかも。この前も仕事中、他の子と新しくできたチーズケーキ専門店の話してたらと突然割り込んできて。どこにあるの、私も行きたいから教えてって。近くだから昼休みに一緒に買いに行きますかって誘ったら、子供みたいに目を輝かせて。ほんと可愛いかった」
「食い意地張ってるよな」
「でもその割には痩せてるし羨ましい。美人で、性格可愛くて、仕事もできる。結婚もしてて…いいなあ」
「…町谷のこと、ほんと好きなんだね」

呆れたように言われたが、香澄は「はい」と迷わず答えた。

「私、もともとサービス部にいたんですけど、総務に異動して一番驚いたのは人間関係の良さでしたね。困ってる人がいれば当然のようにフォローするし、距離感だって丁度良い。特に町谷先輩は偉ぶったりしないし寄り添った指導をしてくれるので。仕事は妥協しないけど、合間にお菓子くれたり雑談したり、メリハリつけてくれるので理想の先輩です。あんな風に私もなりたい」

迷いなく言いきった彼女の言葉に、隣で永瀬が苦笑した。
でもそれは嫌なものではなくて、どこか羨望すら滲むような笑みだった。

「なるほどね。やっぱ職場は人次第で変わるもんなんだな。管理職として参考になるよ。知ってる?町谷が新人の頃の総務は激務で知られていて、あいつ一回メンタル崩しかけたことあるんだよ」
「えっ」

それは初耳だったので、香澄は驚いて永瀬を見上げた。
その反応が嬉しかったのか、永瀬が笑みが深まった。

「その頃の総務って業務整理もまともにされてないのに色んなこと請け負ってて。そんな中で町谷が一回大きなミスして、2ヶ月ぐらい休職したんだよな。その時町谷の仕事全部引き受けて復職後もフォローしたのが当時課長だった今の総務部長ね。そっから本格的に業務整理して改善を進めて、今の総務がある」
「そう、なんですね。それは知らなかったです…。なるほど、町谷先輩が部長に恩があるって言ってるのはそういうこと…」
「そうそう。あ、休職の話、もしかしたら町谷が後輩に一番知られたくない事だったかも。俺が言ったって秘密ね。喋ったって知られたら殺される」

悪戯っぽく笑った永瀬に、香澄は目を細めた。

「絶対言いません。でも、なんだか勇気をもらいました」
「ならよかった。本当、今となってはあの時町谷が辞めなくてよかった。あいつが辞めてたら、俺いま課長じゃなかったかもしれないし」
「え、なんでですか?」
「俺の昇進が決定的になったのは初めてB社との大型契約を取ったからなんだけど…ここだけの話、それ実は半分町谷のおかげ」
「町谷先輩の…?」

B社は誰もが知る外資系の大手IT企業で、永瀬が大型契約を獲得した時は社内でも大きな話題となった。また、以前に町谷が業務で出向いた顧客企業でもある。
その二つがどう繋がるのか上手く想像できずにいると、永瀬がその理由を説明してくれた。

「B社にはそれまでも色々提案してたんだけどなかなか受注までいかなくて。それがある日、先方の担当者から突然連絡あったんだよね。発注を検討しているから話を聞かせてくれって。で、いざ商談始めてみたら、今までの苦労が嘘みたいにすんなり契約まとまってさ。後で分かった話だけど、実はその担当者が町谷と知り合いで。町谷から仕事の話を聞くうちに、うちの会社に興味が湧いたらしい。ちなみにその担当者、今では町谷の旦那」
「えっ!そうなんですね…!」

香澄は町谷の夫に直接会ったことはないが、町谷に結婚式の写真を見せてもらったことがある。
わずかな時間見ただけなので顔は覚えていないが、やけに整った顔立ちで、町谷と並んで幸せそうに微笑む姿がとても優しげだったことは今でも印象に残っている。

「もちろんそれだけで発注を決めたわけじゃないとは言ってたけど、うちと同規模の競合もいくつか検討していたはずだから、町谷の存在が彼の中で最後の一押しになったんだろうなって気がしてる」
「すごい…町谷先輩、そんなところでも貢献してたなんて。あの案件を皮切りに、今も何件か受注いただいてますもんね」
「うん。ま、と言っても、町谷は無自覚みたいだけどね。よく分かんないけど、彼がB社に勤めてることを町谷が知ったのは、契約がまとまって少し経ってからのことらしい」
「えーと、つまり町谷先輩は、どこに勤めてる人なのかも知らずにそれまで旦那さんと会っていたと…?」
「多分。町谷の中では勤務先なんて大した問題じゃなかったんだろうな」

香澄は納得して頷いた。
確かに町谷は、経歴とか肩書きとかで人を判断しないタイプだ。
相手が誰でも分け隔てなく接する姿を香澄はずっと間近で見てきたので、間違いない。

「B社の社員だと知って、きっと先輩自身も驚いたでしょうね。しかもB社案件ってどれもなかなかの高額案件だから、先輩の旦那さんってもしかして役職の高いかたなのでは…?」
「本部長クラス。ちなみにB社内でも超エリートとして有名」
「ええ」
「だから俺も二人の関係に気付いた時はかなり驚いたよ。町谷はともかく、まさか嶋井しまいさん…町谷の旦那のことね、彼が町谷のことをそういう風に想ってるなんて想像もしてなかったから」
「あの、もしかして以前先輩がB社に行ってた時にはもう…?」
「うん、付き合ってたらしい。期間限定の職場恋愛してたっぽいよ」
「うそ…!すごい。職場恋愛、どんな感じなんだろう。隠すのってなかなか難しそうですね」

そう呟くと、永瀬がふと笑った。

「そういうの、興味あるんだ?」
「興味あるというか…それ以前に想像できないというか」
「久遠さんは、彼氏いるの?」

聞かれて、香澄は驚いて永瀬を見上げた。
その視線を受けて、永瀬は「あ、ごめん」と取り繕うように笑った。

「これってセクハラだな。答えたくないならスルーして」
「あ、いえ。その…聞かれると思ってなかったので驚いただけです」

それは本当だった。
まさか、永瀬が自分に彼氏がいるか気にするわけがないと思っていたのだ。

「彼氏いないです。大学時代に別れて、それきりですね」

大学時代、香澄には2年付き合った初めての彼氏がいた。
だがある夜に彼の家を約束なく訪れた時、彼は知らない女性とベッドで抱き合っていた。
呆然と立ちすくむ香澄に気付いても、謝罪はおろか動揺もせず、むしろ開き直って、罵りに近いような本音を香澄に散々浴びせた後、これで終わりだとあっさり別れを告げてきた。

「そんな感じで、あっさり終わりました。女として魅力がないってことですかねぇ」

湿っぽい話にしたくなかったので冗談めかして言ったが、永瀬は笑うどころか憮然として、真面目な声音で答えた。

「そんなことないし、浮気する男の方が論外。もったいないよ、そんな奴の言葉を間に受けて自分を卑屈に思うの」

まさかそんな優しい言葉が返ってくると思っていなかったので、香澄は言葉に詰まった。
さっきの故郷の話といい今回の話といい、どうしてこうも彼の言葉はその一つ一つがじんわり沁みてくるのだろう。
心の傷跡が疼きだして思わず涙が滲みそうになるのを、香澄はなんとか誤魔化した。

「…優しいですね。励ましてくれてありがとうございます。その言葉こそ、私にはもったいないぐらいです。…そういう永瀬さんは?彼女はいないって言ってましたけど、好きな人もいないんですか?」

思い切ってそう聞いたのは、彼の恋愛話に純粋に興味があるからだ。
こんなに素敵な人なのだ、自分なんかよりよっぽど色っぽい話が聞けるだろう。

だが香澄の問いかけに永瀬は一瞬目を見張り、その後少し沈黙した。
明らかな緊張の色が見えて、香澄は何かまずいことを聞いてしまったのかと不安になった。
もしかすると自分と同じように恋愛に何らかのトラウマを持っているのかもしれない。だとしたら酷なことを訊いてしまっただろうか…。

「あの、すみません。辛いなら無理して話さなくてもいいので…」

とりなすように言った香澄に、永瀬は「いや、そういうわけじゃないんだけど」と前置きした後、静かに答えた。

「…好きな子ならいる。ずっと片想いしてるけど」

苦い思い出だったわけではなかったことに安堵するそばで、彼の言葉がなぜか香澄の胸をちくりと刺した。
けれどその理由を自分に問わないまま、香澄は好奇心を抑えきれずに話を続けた。

「え、そうなんですね。相手はどんな人ですか?」
「…笑顔が可愛くて、気が利く年下の子」
「素敵ですね。どこで知り合ったんですか?」
「仕事かな。うちの会社の子だから」
「え!てことは、もしかして営業の…?」
「いや、部署は違う」

まるでなぞなぞを解くように、香澄は考えを巡らせてみる。
社内の人で、営業部ではない、年下の人…。
この永瀬が好きになるくらいなのだ、よほどの容姿と綺麗な心を持つ女性に違いない。
身近なところで候補を挙げるとしたら総務の女性メンバーだが、その中の誰かだろうか。
だが彼女達と永瀬が親しくしているのは見たことがない気がする。
ということは、サービス部?
営業がとってきた仕事を実行する部隊なので、営業とは関係が深い。
女性の現場責任者も決して少なくないし、さらにそれを取りまとめる女性マネージャーも近年増えつつあるので、大いにあり得る話だ。
あるいは、確か他の部署にも同期がいたはず。そっち経由で知り合った人という可能性もあるだろう。

「もしかして、相手が誰か気になってる?」

問われて、香澄ははっと顔を上げた。
気が付けば、永瀬がどこか楽しそうにこちらを見ている。
まさしく心を読まれてしまったせいか、恥ずかしさに顔が赤くなった。

「す、すみません。余計な詮索でした」
「ううん。いいよ、全然。なんなら、もう一つヒントあげようか」
「え!…お願いします」
「その子、総務にいる」
「!!」

その言葉の衝撃たるや。瞬時に浮かぶ、候補者たちの顔ぶれ。
永瀬より年下で未婚者の女性は、自分を除けば4人だけ――だいぶ絞られてきた。

「そう、なんですね…!ち、ちなみにそれってもしかして…」

思い切って候補のうち一人の名前を挙げてみたが、「さすがにそれは秘密かな」とかわされてしまった。
ここまで誘導しておいて…とも思ったが、逆に言えばこれだけヒントをもらえたのだ。もう十分すぎるくらいなのかもしれない。
それに、候補者の4人は香澄にとって後輩にあたるが、どの子も良い子だ。誰が相手であったとしても、彼の恋を応援したい。

「その子に想いを伝えないんですか?」
「伝えたいけど、俺のことなんてなんとも思ってないみたいだから、迷ってる」

呟いた声はどこか切なく自信なさげで。
永瀬でも躊躇うことがあるのだなと、香澄は素直に驚いた。
だが彼も一人の人間だ。好きな人の前では勇気がでなかったり上手く話せなかったりするのだろう。
だとしたら、今度は自分がその背中を押してあげたい。
さっき彼がそうしてくれたように。

「迷わなくても、きっと永瀬さんならOKもらえますよ」
「…そうかな?」
「はい、保証します。だって永瀬さんが彼氏だなんて、すごく嬉しいと思うから」

実際、候補者の4人が永瀬のことをとても好意的に思っていることを香澄は知っている。
彼と親しい町谷をいつも羨んでいるくらいだ。
そんな憧れの永瀬に告白されたら、両手もろてを挙げて頷くに違いない。

「だから自信を持ってください。絶対大丈夫です!」

勇気づけるように力強く言うと、永瀬が口の端を上げて言った。

「じゃあ思い切って告白しちゃおうかな、今」
「はい、是非!…ん?え、"今"?」

意味が分からず目をぱちぱちさせる香澄を永瀬がにやりと覗き込む。
そして微笑みながら、ストレートに告げたのだった。

「好き。――俺の彼女になってくれない?」
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