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一章
19.扉の向こう側
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「…それがどういう意味か、分かってる?」
「分かってます。でも…永瀬さんがそういう気持ちでないなら、」
「俺の気持ちなんか、とうの昔に決まってる」
遮って断言した彼に、香澄は一瞬目を見開いたが、その後小さく頷いた。
彼も自分と同じ気持ちだと思っていいのだろう。そう考えると、恥ずかしいけれど嬉しい。
「…うちに来る?」
訊ねた声が不安気だったのは、どこかで疑っているからかもしれない。
だから確認しているのだ。
どれほどの覚悟を持っているのか。本当に先に進んでもいいのか、後悔しないのか。
それが言葉の端から伝わってきたから、香澄は迷うことなく答えた。
「永瀬さんといられるならどこでも。でも、永瀬さんのお宅にお邪魔してもいいなら…その、ええと…今夜、泊まってもいいですか…?」
前半は強気だったのに、後半は弱気な声音になった。
まるで誘い文句のような台詞に自分で照れてしまったのだ。
そんな香澄を受け止めて、永瀬は優しく微笑う。
「もちろん。久遠さんが望むなら」
永瀬が差し出した手に、香澄も自分のそれを重ねた。
繋いだところから、確かな想いが伝わっていく。
――どうかこの温もりが、どこまでも同じでありますように。
ゆっくりと視線を上げれば、優しく笑う永瀬と目が合った。
それはまるで二人が始まったあの日のようで、香澄の胸が大きく震えた。
****
二人は居酒屋を出た後、すぐ近くにあるコンビニに入った。
そこで女性用のトラベルセットや食料をいくつか購入し、駅前でタクシーを捕まえると、永瀬が住むマンションに向かう。
十数分後に辿りついたのは、グレーを基調とするスタイリッシュな9階建てマンションだった。内装はとても綺麗で経年を感じさせないので、築浅なのだろう。
香澄は永瀬に手を引かれてエレベーターに乗りながら、自分の住むマンションより明らかにグレードも家賃も高そうだ、と呑気なことを思ったが、そんな余裕も最上階の9階にたどり着いた時には跡形もなく消え去ってしまった。
(緊張してきた…)
やけに心臓がうるさくて、香澄はこくりと小さく喉を鳴らした。
自分が言い出したこととはいえ、いざ彼のマンションに来てみると色んな想いが交錯して落ち着かない。
彼を好きだという確かな気持ち、もっと深く繋がりたいという期待、満足させられなかったらどうしようという不安。
ぐるぐると廻る感情をどう処理していいか分からずに持て余していると、そんな香澄に気付いた永瀬が茶化すように笑った。
「大丈夫?なんか変な顔してる」
突然降ってきた一言に、香澄は驚いて顔をしかめた。
「へ、変な顔って…!してませんっ」
人の気持ちも知らないでひどい、と内心呟きながらねめつけたが、永瀬にはまるで効いていないようだ。
むしろどこか楽しむように口の端を上げている。
「してたよ?自分の顔だから気付いてないだけでしょ」
「自分の顔だから、どんな表情したのかぐらい分かってますっ」
「自分が思ってる自分と他人から見た自分って案外乖離してるもんだよな」
「…そうやって遠回しに意地悪言うの、やめてください」
「誰か言ってた、男は好きな子にしか意地悪しないって。その通りだから、仕方ないね。男の性だと思って諦めて」
「もう…無茶苦茶」
悪びれるどころか開き直った彼に、香澄は思わず小さく笑ってしまった。
そんな彼女を見て、永瀬は安心したように目を細めた。
「久遠さんには、笑顔が一番似合うよ」
その一言に、香澄ははっとした。
緊張で固まる自分のために、彼はわざとああいう言い方をしたのだ。そして同時に、たまらなく愛しくなった。
こんな風に、彼はいつだってさりげなく配慮してくれる。
彼なりの言葉と態度で道を示して、安心させてくれる。
例えみっともないところを見せてしまったとしても、きっと優しく包み込んでくれるだろう。
――だから何も、怖がることなんてない。
「…すみません。気を遣わせてしまいましたね」
なんのこと?と永瀬はとぼけて見せたが、香澄は答えず、ぎゅっと繋いだ手に力を込めた。
多分それだけで彼には伝わったのだろう。
永瀬は微笑むと、やがて一つの扉の前で足を止めて香澄を振り返った。
その瞳の奥に、確かな意思を潜ませて。
「ここから先はもう引き返せないけど、覚悟はいい?」
冗談めいた口調は彼なりの優しさであり、最終確認だと思った。
是と答えたならもう逃げることは許されない。
けれど否と答えるつもりなど、端からない。
「――そんなの、もうとっくにできてます」
香澄は永瀬を見上げ、はっきり告げた。
少しでも自分の気持ちが伝わるように、真っ直ぐと見据えながら。
そして、そんな彼女の覚悟は今度こそ永瀬に伝わったらしい。
彼は「上等」と満足気に笑うと、慣れた手つきで扉を開けた。
「分かってます。でも…永瀬さんがそういう気持ちでないなら、」
「俺の気持ちなんか、とうの昔に決まってる」
遮って断言した彼に、香澄は一瞬目を見開いたが、その後小さく頷いた。
彼も自分と同じ気持ちだと思っていいのだろう。そう考えると、恥ずかしいけれど嬉しい。
「…うちに来る?」
訊ねた声が不安気だったのは、どこかで疑っているからかもしれない。
だから確認しているのだ。
どれほどの覚悟を持っているのか。本当に先に進んでもいいのか、後悔しないのか。
それが言葉の端から伝わってきたから、香澄は迷うことなく答えた。
「永瀬さんといられるならどこでも。でも、永瀬さんのお宅にお邪魔してもいいなら…その、ええと…今夜、泊まってもいいですか…?」
前半は強気だったのに、後半は弱気な声音になった。
まるで誘い文句のような台詞に自分で照れてしまったのだ。
そんな香澄を受け止めて、永瀬は優しく微笑う。
「もちろん。久遠さんが望むなら」
永瀬が差し出した手に、香澄も自分のそれを重ねた。
繋いだところから、確かな想いが伝わっていく。
――どうかこの温もりが、どこまでも同じでありますように。
ゆっくりと視線を上げれば、優しく笑う永瀬と目が合った。
それはまるで二人が始まったあの日のようで、香澄の胸が大きく震えた。
****
二人は居酒屋を出た後、すぐ近くにあるコンビニに入った。
そこで女性用のトラベルセットや食料をいくつか購入し、駅前でタクシーを捕まえると、永瀬が住むマンションに向かう。
十数分後に辿りついたのは、グレーを基調とするスタイリッシュな9階建てマンションだった。内装はとても綺麗で経年を感じさせないので、築浅なのだろう。
香澄は永瀬に手を引かれてエレベーターに乗りながら、自分の住むマンションより明らかにグレードも家賃も高そうだ、と呑気なことを思ったが、そんな余裕も最上階の9階にたどり着いた時には跡形もなく消え去ってしまった。
(緊張してきた…)
やけに心臓がうるさくて、香澄はこくりと小さく喉を鳴らした。
自分が言い出したこととはいえ、いざ彼のマンションに来てみると色んな想いが交錯して落ち着かない。
彼を好きだという確かな気持ち、もっと深く繋がりたいという期待、満足させられなかったらどうしようという不安。
ぐるぐると廻る感情をどう処理していいか分からずに持て余していると、そんな香澄に気付いた永瀬が茶化すように笑った。
「大丈夫?なんか変な顔してる」
突然降ってきた一言に、香澄は驚いて顔をしかめた。
「へ、変な顔って…!してませんっ」
人の気持ちも知らないでひどい、と内心呟きながらねめつけたが、永瀬にはまるで効いていないようだ。
むしろどこか楽しむように口の端を上げている。
「してたよ?自分の顔だから気付いてないだけでしょ」
「自分の顔だから、どんな表情したのかぐらい分かってますっ」
「自分が思ってる自分と他人から見た自分って案外乖離してるもんだよな」
「…そうやって遠回しに意地悪言うの、やめてください」
「誰か言ってた、男は好きな子にしか意地悪しないって。その通りだから、仕方ないね。男の性だと思って諦めて」
「もう…無茶苦茶」
悪びれるどころか開き直った彼に、香澄は思わず小さく笑ってしまった。
そんな彼女を見て、永瀬は安心したように目を細めた。
「久遠さんには、笑顔が一番似合うよ」
その一言に、香澄ははっとした。
緊張で固まる自分のために、彼はわざとああいう言い方をしたのだ。そして同時に、たまらなく愛しくなった。
こんな風に、彼はいつだってさりげなく配慮してくれる。
彼なりの言葉と態度で道を示して、安心させてくれる。
例えみっともないところを見せてしまったとしても、きっと優しく包み込んでくれるだろう。
――だから何も、怖がることなんてない。
「…すみません。気を遣わせてしまいましたね」
なんのこと?と永瀬はとぼけて見せたが、香澄は答えず、ぎゅっと繋いだ手に力を込めた。
多分それだけで彼には伝わったのだろう。
永瀬は微笑むと、やがて一つの扉の前で足を止めて香澄を振り返った。
その瞳の奥に、確かな意思を潜ませて。
「ここから先はもう引き返せないけど、覚悟はいい?」
冗談めいた口調は彼なりの優しさであり、最終確認だと思った。
是と答えたならもう逃げることは許されない。
けれど否と答えるつもりなど、端からない。
「――そんなの、もうとっくにできてます」
香澄は永瀬を見上げ、はっきり告げた。
少しでも自分の気持ちが伝わるように、真っ直ぐと見据えながら。
そして、そんな彼女の覚悟は今度こそ永瀬に伝わったらしい。
彼は「上等」と満足気に笑うと、慣れた手つきで扉を開けた。
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