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一章
挿話 幸せの足音1
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時間軸は一章本編終了の翌日です。
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香澄が目を覚ますと、隣には永瀬の寝顔があった。
カーテンの隙間からは白い陽射しが差し込んでいる。
穏やかな時間の中で、香澄はその無防備な横顔に見惚れた。
規則的な寝息を立てている彼は、一体どんな夢を見ているのだろう。
筋の通った鼻に凛々しい眉。こうして見るとまつ毛が長いことに気付く。
少し顔を覗かせる無精髭すら愛しく思えるのは、惚れた欲目なのか。
偽りない気持ちを伝え、想いを確かめ合って、ついに彼と結ばれたのは昨夜のこと。
結局昨日は勢いに押されて3回も身体を重ねてしまった。
特に3回目はお互いの気持ちを再確認した後だったこともあって、乱れに乱れた。
お互いの身体が馴染んで遠慮がなくなったせいもあるかもしれないが、最後の方は時々記憶が飛んでしまったほど長くて濃厚で、幸せな時間だった。
「好き…」
愛しさが溢れて、香澄は呟きながら永瀬の頬に唇を寄せた。起こさないように、そっと。
――こうして彼の隣で朝を迎えられることを嬉しく思う。
ずっと憧れていた人だったのだ。
決して手が届かないと思っていたのに、こんな自分を好きだと言ってくれた。
孤独から救い出して、抱きしめてくれた。
そんな人と心を通わせることができて、これ以上何を望むというのだろう。
できればもう少し長くこうしていたいが、活動を始めた体は正直だ。トイレに行きたくなって、香澄は静かに身体を起こした。
眠る彼を起こさないよう、慎重にベッドを降りようとしたのだが――突然ぐっと腕を引かれ、背後から抱き寄せられる形で香澄はベッドに逆戻りした。
「もうおしまい?もっとしてよ」
耳元で響く明瞭な声。香澄は驚きのあまり声すら出せないまま固まった。
しかもその言葉から察するに、さっきの自分の行動に気付いているのかもしれない。だとしたら、恥ずかしさで死ねる。
「い、いつの間に起きて…!?」
「今のキスで起きた。最高の目覚めをありがとう。おはよ」
やはり香澄の予想は当たっていたらしい。
嬉しそうな永瀬とは対照的に、香澄は目を見ることすらできないまま、赤面している。
「おはようございます…」
「”ございます”?」
咎めるような声音に、香澄ははっとした。
敬語を止めて名前を呼び捨てするよう、昨夜から本格的に求められていることを思い出したからだ。
「お、おはよう…」
「俺の名前は?」
「…紘司」
「よくできました」
髪を撫でられながら、頬にキスが降ってくる。
目を閉じてされるがまま受け入れていると、最後は振り向かせるように彼の手が伸びてきて、そのまま唇が重なった。
朝から甘い時間を過ごしたあと、昨日コンビニで買った食パンや冷蔵庫の残り物を使って、香澄が朝食を作ることになった。
キッチン道具も調味料もひととおり揃っているので、永瀬も料理をするのだろう。
果たして彼の舌を満足させられるものが自分に作れるだろうかと不安になりながら包丁を手に取った香澄だが、暫くすると困ったように永瀬を見遣った。
実はさっきから、キッチンカウンターに肘をついてずっと彼がこちらを見ているのだ。
「…あの…?」
「ん?」
「なんでずっとそこに…」
「香澄が料理してる姿、目に焼き付けたいなって」
満面の笑みで告げられた言葉に、香澄は顔を引きつらせた。
ただでさえ緊張しているというのに、ずっと見られているなんてやりにくいったらない。
「だ、だめ!作れないから、あっちに行っててっ」
「えー…残念。分かったよ、ソファで待ってる」
軽くねめつけたら、永瀬はあっさり観念した。肩をすくめ、リビングのソファへと渋々退散していく。
その背中を見送って香澄は料理を再開したが、まだコンロの火をつけてもいないというのに、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。
卵とハム、チーズを挟んだホットサンドと、具沢山の野菜スープ。それから、旬の果物。
悩んだ末、香澄は最近自分の中で定番化しつつある朝食メニューを作った。
本当はもっとお洒落で映えるようなものが作れたらよかったのだが、変に見栄を張って失敗したら目も当てられない。
作り慣れたものなら、初めて触るキッチンでもそういったことがないだろうと思ったのだ。
出来上がった朝食を皿に盛りつけてセンターテーブルに並べると、永瀬が「おー美味しそう」と顔を綻ばせた。
「お口に合うといいのですが…」
「絶対合うと思う、いただきます」
香澄の不安をよそに、永瀬は両手を合わせると早速スプーンを手に取った。
野菜スープを一口、続いてハーフカットのホットサンドを一口。
彼の口へと消えていくそれらを、香澄は祈るような気持ちで眺めた。
なるべく意識しないようにしたもののやはり気になって、自分の分を食べるのも忘れて彼の反応を待つ。
「ん、ホットサンドめっちゃ美味い。チーズとろとろ、最高」
言いながら、永瀬はぱくぱくと食べている。どうやら美味しいと言ったその言葉はお世辞ではなさそうだ。香澄はほっと胸を撫でおろすと、小さく息を吐いた。
「良かったです。すみません、もっと見栄えのいいものが作れたらよかったんですけど」
「いや十分すごい、いつも朝はシリアルとコーヒーだけだから贅沢な朝食に感動してる。本当美味しい、料理上手いんだね」
「上手かどうかは分かりませんが…基本的に自炊してるので、慣れてはいます。でも疲れて気力がないときは迷わずお惣菜とかお弁当に頼りま…いや、その、頼る、けど」
途中、彼のもの言いたげな視線に気付いて、香澄は慌てて言いなおした。
途端にぎこちない言い方になって永瀬に笑われたが、昨日までずっとこの話し方だったわけで、そう簡単に切り替えることなどできない。
――実を言うと、有言実行の彼は昨夜も情事の最中、香澄が敬語をこぼす度に彼女の体に赤い華を残した。
しかも最初は服を着れば見えないところだったのが、最後のほうは鎖骨ギリギリにつけられて、しばらくは服を選ばなければ危うい状態だ。できればもうこれ以上増やしたくないのが本音である。
「でも不器用なので難しいのは全然作れなくて…普通?ひと通り?レトルトや冷凍食品もよく使…うし」
「いいんじゃない?レトルトも冷凍も企業努力の結晶でしょ。時短なうえ味も保証されてるわけだし、俺もよく使うな」
「永…ひ、紘司も、自炊を?」
「できる時はね。今は休日とか気が向いた時に作るくらいかな。平日はもっぱら外食に生かされてる。おかげでうち周辺の飲食店はほぼ制覇した」
「なるほど」
苦笑する永瀬に、香澄は心得たと言わんばかりに頷いた。
確かに彼はこの辺の飲食店に詳しい。こっちの店はこれが美味しいとか、あの料理を食べるならその店がいいとか。
奥まったところにある小さな店もその例外ではないので、良く知ってるなあといつも感心していたのだが、平日夕飯を食べる度に開拓している故なのだしたらそれも納得だ。
「ここは近くにお店もたくさんあって飽きないからいいですよね」
「ん?」
「わあっ、ち、ちがう、今のは、独り言!」
「独り言でそんな言い方する?普通」
永瀬は笑いながら香澄を横から抱き寄せると、小さな耳に甘く噛みついた。
反射的にびくりと震えた彼女が顔を背けたら、それを責めるかのように今度は鎖骨に唇を寄せてくる。
まずい、と香澄は身構えたが、時すでに遅く、あっという間にキスマークがまた一つ増やされてしまった。
「おしおき」
意地悪な笑顔でイジワルなセリフを吐いた彼は、香澄の口から文句が出る前に唇を奪う。重なった瞬間から深くて、すぐに息が乱れた。
「ふ、んん…っ」
彼のキスはあまりに巧すぎて、香澄は受け止めることで精いっぱいだ。それでも一度囚われてしまったら抵抗なんてできないし、そのうち夢中になる。
永遠に醒めたくない夢を見ているような――そんな心地よさ。
「…んっ」
キスのかたわら、彼の手が服の中に潜りこんでくる。
腰をたどって背中をなぞられたら甘ったるい声が漏れて、香澄は自分の口を押さえた。
体は昨日の情事を覚えていて、ただ触れられただけで体の奥が痺れてしまうのを止められない。
こんな自分が恥ずかしくて、でもどうしようもなくて――もっと触ってほしい。
「…そんな期待した顔されると、止められなくなる」
まるで心の中を読まれたような気がして、香澄は咄嗟に視線を逸らして抵抗した。
「期待してない、もんっ」
本当に?と意地悪な永瀬に、彼女は不満気だ。まるで香澄が誘ったんじゃないかと言いたげだが、そればかりは納得できない。
「ま、今のところはそういうことにしておいてあげる。そのかわり、今夜もうちに泊まって」
「えっ…いいの?」
驚いて見上げたら、怪訝な瞳とぶつかった。
「いいよ、勿論。香澄さえ良ければ。なんで?」
「だって昨日も泊まったし、二日もとかうざいかなって…」
「まさか。毎日来てくれたっていい。いつかは一緒に暮らしたいって思ってるし」
「えっ!」
それは思ってもみない言葉だったので、香澄は一層戸惑いを隠せなかった。
こうして側にいるだけでも十分幸せなのに、一緒に暮らすなんて想像もできない。
何より、そんなことになったら幸せを通り越してバチが当たってしまいそうだ。
「あれ、いや?」
「そんなことは…でもまだ付き合いはじめてそんなに経ってないし…その、お互いのこと知りきれてないっていうか…幻滅したりとか、あるかもって…」
不安が顕著化して、語尾が小さくなった。
実際、香澄だってまだ本当の自分をすべて見せたわけではない。
趣味や生活習慣だったり、まだまだ知らないお互いのことがあるだろう。
その全てを少しずつ見せ合いつつ乗り越えた先に同棲というものがあるのだと思っていたのだ。
だが永瀬はそんな香澄の不安を払拭するように頬に手を伸ばすと、その顔を覗き込んだ。
「俺はそんな心配してないけど、香澄が不安に思うのも理解できる。だからこれからもっと二人の時間を増やしていこう。その中で俺と暮らすことも考えてみてほしい。もちろん、すぐにとは言わないから」
香澄を見下ろす彼の眼差しは優しさと愛に満ちている。
今までそうだったように、彼は香澄の気持ちを見守り、待ってくれるだろう。
そのことを知っているから――何も怖がることなんてないと、彼女は思う。
少しの間を置いてこくりと頷いた香澄に、永瀬が微笑んだ。
彼女を抱き寄せる腕にぐっと力がこもれば、それに応えるように香澄も彼を抱きしめる。
二人は暫し見つめ合うと、それからもう一度キスをした。
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香澄が目を覚ますと、隣には永瀬の寝顔があった。
カーテンの隙間からは白い陽射しが差し込んでいる。
穏やかな時間の中で、香澄はその無防備な横顔に見惚れた。
規則的な寝息を立てている彼は、一体どんな夢を見ているのだろう。
筋の通った鼻に凛々しい眉。こうして見るとまつ毛が長いことに気付く。
少し顔を覗かせる無精髭すら愛しく思えるのは、惚れた欲目なのか。
偽りない気持ちを伝え、想いを確かめ合って、ついに彼と結ばれたのは昨夜のこと。
結局昨日は勢いに押されて3回も身体を重ねてしまった。
特に3回目はお互いの気持ちを再確認した後だったこともあって、乱れに乱れた。
お互いの身体が馴染んで遠慮がなくなったせいもあるかもしれないが、最後の方は時々記憶が飛んでしまったほど長くて濃厚で、幸せな時間だった。
「好き…」
愛しさが溢れて、香澄は呟きながら永瀬の頬に唇を寄せた。起こさないように、そっと。
――こうして彼の隣で朝を迎えられることを嬉しく思う。
ずっと憧れていた人だったのだ。
決して手が届かないと思っていたのに、こんな自分を好きだと言ってくれた。
孤独から救い出して、抱きしめてくれた。
そんな人と心を通わせることができて、これ以上何を望むというのだろう。
できればもう少し長くこうしていたいが、活動を始めた体は正直だ。トイレに行きたくなって、香澄は静かに身体を起こした。
眠る彼を起こさないよう、慎重にベッドを降りようとしたのだが――突然ぐっと腕を引かれ、背後から抱き寄せられる形で香澄はベッドに逆戻りした。
「もうおしまい?もっとしてよ」
耳元で響く明瞭な声。香澄は驚きのあまり声すら出せないまま固まった。
しかもその言葉から察するに、さっきの自分の行動に気付いているのかもしれない。だとしたら、恥ずかしさで死ねる。
「い、いつの間に起きて…!?」
「今のキスで起きた。最高の目覚めをありがとう。おはよ」
やはり香澄の予想は当たっていたらしい。
嬉しそうな永瀬とは対照的に、香澄は目を見ることすらできないまま、赤面している。
「おはようございます…」
「”ございます”?」
咎めるような声音に、香澄ははっとした。
敬語を止めて名前を呼び捨てするよう、昨夜から本格的に求められていることを思い出したからだ。
「お、おはよう…」
「俺の名前は?」
「…紘司」
「よくできました」
髪を撫でられながら、頬にキスが降ってくる。
目を閉じてされるがまま受け入れていると、最後は振り向かせるように彼の手が伸びてきて、そのまま唇が重なった。
朝から甘い時間を過ごしたあと、昨日コンビニで買った食パンや冷蔵庫の残り物を使って、香澄が朝食を作ることになった。
キッチン道具も調味料もひととおり揃っているので、永瀬も料理をするのだろう。
果たして彼の舌を満足させられるものが自分に作れるだろうかと不安になりながら包丁を手に取った香澄だが、暫くすると困ったように永瀬を見遣った。
実はさっきから、キッチンカウンターに肘をついてずっと彼がこちらを見ているのだ。
「…あの…?」
「ん?」
「なんでずっとそこに…」
「香澄が料理してる姿、目に焼き付けたいなって」
満面の笑みで告げられた言葉に、香澄は顔を引きつらせた。
ただでさえ緊張しているというのに、ずっと見られているなんてやりにくいったらない。
「だ、だめ!作れないから、あっちに行っててっ」
「えー…残念。分かったよ、ソファで待ってる」
軽くねめつけたら、永瀬はあっさり観念した。肩をすくめ、リビングのソファへと渋々退散していく。
その背中を見送って香澄は料理を再開したが、まだコンロの火をつけてもいないというのに、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。
卵とハム、チーズを挟んだホットサンドと、具沢山の野菜スープ。それから、旬の果物。
悩んだ末、香澄は最近自分の中で定番化しつつある朝食メニューを作った。
本当はもっとお洒落で映えるようなものが作れたらよかったのだが、変に見栄を張って失敗したら目も当てられない。
作り慣れたものなら、初めて触るキッチンでもそういったことがないだろうと思ったのだ。
出来上がった朝食を皿に盛りつけてセンターテーブルに並べると、永瀬が「おー美味しそう」と顔を綻ばせた。
「お口に合うといいのですが…」
「絶対合うと思う、いただきます」
香澄の不安をよそに、永瀬は両手を合わせると早速スプーンを手に取った。
野菜スープを一口、続いてハーフカットのホットサンドを一口。
彼の口へと消えていくそれらを、香澄は祈るような気持ちで眺めた。
なるべく意識しないようにしたもののやはり気になって、自分の分を食べるのも忘れて彼の反応を待つ。
「ん、ホットサンドめっちゃ美味い。チーズとろとろ、最高」
言いながら、永瀬はぱくぱくと食べている。どうやら美味しいと言ったその言葉はお世辞ではなさそうだ。香澄はほっと胸を撫でおろすと、小さく息を吐いた。
「良かったです。すみません、もっと見栄えのいいものが作れたらよかったんですけど」
「いや十分すごい、いつも朝はシリアルとコーヒーだけだから贅沢な朝食に感動してる。本当美味しい、料理上手いんだね」
「上手かどうかは分かりませんが…基本的に自炊してるので、慣れてはいます。でも疲れて気力がないときは迷わずお惣菜とかお弁当に頼りま…いや、その、頼る、けど」
途中、彼のもの言いたげな視線に気付いて、香澄は慌てて言いなおした。
途端にぎこちない言い方になって永瀬に笑われたが、昨日までずっとこの話し方だったわけで、そう簡単に切り替えることなどできない。
――実を言うと、有言実行の彼は昨夜も情事の最中、香澄が敬語をこぼす度に彼女の体に赤い華を残した。
しかも最初は服を着れば見えないところだったのが、最後のほうは鎖骨ギリギリにつけられて、しばらくは服を選ばなければ危うい状態だ。できればもうこれ以上増やしたくないのが本音である。
「でも不器用なので難しいのは全然作れなくて…普通?ひと通り?レトルトや冷凍食品もよく使…うし」
「いいんじゃない?レトルトも冷凍も企業努力の結晶でしょ。時短なうえ味も保証されてるわけだし、俺もよく使うな」
「永…ひ、紘司も、自炊を?」
「できる時はね。今は休日とか気が向いた時に作るくらいかな。平日はもっぱら外食に生かされてる。おかげでうち周辺の飲食店はほぼ制覇した」
「なるほど」
苦笑する永瀬に、香澄は心得たと言わんばかりに頷いた。
確かに彼はこの辺の飲食店に詳しい。こっちの店はこれが美味しいとか、あの料理を食べるならその店がいいとか。
奥まったところにある小さな店もその例外ではないので、良く知ってるなあといつも感心していたのだが、平日夕飯を食べる度に開拓している故なのだしたらそれも納得だ。
「ここは近くにお店もたくさんあって飽きないからいいですよね」
「ん?」
「わあっ、ち、ちがう、今のは、独り言!」
「独り言でそんな言い方する?普通」
永瀬は笑いながら香澄を横から抱き寄せると、小さな耳に甘く噛みついた。
反射的にびくりと震えた彼女が顔を背けたら、それを責めるかのように今度は鎖骨に唇を寄せてくる。
まずい、と香澄は身構えたが、時すでに遅く、あっという間にキスマークがまた一つ増やされてしまった。
「おしおき」
意地悪な笑顔でイジワルなセリフを吐いた彼は、香澄の口から文句が出る前に唇を奪う。重なった瞬間から深くて、すぐに息が乱れた。
「ふ、んん…っ」
彼のキスはあまりに巧すぎて、香澄は受け止めることで精いっぱいだ。それでも一度囚われてしまったら抵抗なんてできないし、そのうち夢中になる。
永遠に醒めたくない夢を見ているような――そんな心地よさ。
「…んっ」
キスのかたわら、彼の手が服の中に潜りこんでくる。
腰をたどって背中をなぞられたら甘ったるい声が漏れて、香澄は自分の口を押さえた。
体は昨日の情事を覚えていて、ただ触れられただけで体の奥が痺れてしまうのを止められない。
こんな自分が恥ずかしくて、でもどうしようもなくて――もっと触ってほしい。
「…そんな期待した顔されると、止められなくなる」
まるで心の中を読まれたような気がして、香澄は咄嗟に視線を逸らして抵抗した。
「期待してない、もんっ」
本当に?と意地悪な永瀬に、彼女は不満気だ。まるで香澄が誘ったんじゃないかと言いたげだが、そればかりは納得できない。
「ま、今のところはそういうことにしておいてあげる。そのかわり、今夜もうちに泊まって」
「えっ…いいの?」
驚いて見上げたら、怪訝な瞳とぶつかった。
「いいよ、勿論。香澄さえ良ければ。なんで?」
「だって昨日も泊まったし、二日もとかうざいかなって…」
「まさか。毎日来てくれたっていい。いつかは一緒に暮らしたいって思ってるし」
「えっ!」
それは思ってもみない言葉だったので、香澄は一層戸惑いを隠せなかった。
こうして側にいるだけでも十分幸せなのに、一緒に暮らすなんて想像もできない。
何より、そんなことになったら幸せを通り越してバチが当たってしまいそうだ。
「あれ、いや?」
「そんなことは…でもまだ付き合いはじめてそんなに経ってないし…その、お互いのこと知りきれてないっていうか…幻滅したりとか、あるかもって…」
不安が顕著化して、語尾が小さくなった。
実際、香澄だってまだ本当の自分をすべて見せたわけではない。
趣味や生活習慣だったり、まだまだ知らないお互いのことがあるだろう。
その全てを少しずつ見せ合いつつ乗り越えた先に同棲というものがあるのだと思っていたのだ。
だが永瀬はそんな香澄の不安を払拭するように頬に手を伸ばすと、その顔を覗き込んだ。
「俺はそんな心配してないけど、香澄が不安に思うのも理解できる。だからこれからもっと二人の時間を増やしていこう。その中で俺と暮らすことも考えてみてほしい。もちろん、すぐにとは言わないから」
香澄を見下ろす彼の眼差しは優しさと愛に満ちている。
今までそうだったように、彼は香澄の気持ちを見守り、待ってくれるだろう。
そのことを知っているから――何も怖がることなんてないと、彼女は思う。
少しの間を置いてこくりと頷いた香澄に、永瀬が微笑んだ。
彼女を抱き寄せる腕にぐっと力がこもれば、それに応えるように香澄も彼を抱きしめる。
二人は暫し見つめ合うと、それからもう一度キスをした。
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