悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――

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6.清濁併呑

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・清濁併呑(せいだくへいどん)
 澄んで清らかなものも濁っているものもかまわず一緒に呑み込むこと




 アリシア・プリムローズ元伯爵令嬢の一件から、二週間が経過しようとしている。
 ご禁制の“コルデー”を学園に持ち込んだ事実は、学園関係者と王家にそれはそれは衝撃を与えたらしく、学園は一時的に閉鎖された。
 調査報告ならびに再発防止策を在籍している生徒たちの親、またの名を多額の寄付金と学費を払ってくれる金蔓共に提出する為にな。
 因みに、俺ことエリアーシュ・メルカダンテは、事件の当事者ということもあって、事情聴取とやらに協力する羽目になった。一応、その間も給金は発生しているんだが、毎日毎日登城するなんざ面倒なことこの上ない。────何より。

「エリアーシュ」

 この男、シルヴェリオ・ハイドフェルトと会うのが、めっちゃくちゃ憂鬱だった。何が憂鬱って、二回に一回は顔を見せに来んだよ、この男。
 仕事はどうした、仕事は。国民の血税で生きてる御貴族様が、こんなところで遊んでんじゃねえよ。
 もっとも、俺は出来る従者なので、表情には出さないが。そろそろ昇給を期待する。

「……メルカダンテとお呼びください、ハイドフェルト様」
「エリアーシュ、話がある」

 これだよ、これ。俺の話を聞きやしねえ。つーか、どの面下げて俺に話しかけてんだ、この強姦魔。ハイドフェルト様が、ここまで厚顔無恥だとは思わなかった。
 別に、肛門性交が初めてだとは言わねえが、コースフェルト家に雇われてからはご無沙汰だった。その上、ハイドフェルト様は知ったこっちゃねえだろうが、心底嫌いな相手にぶち犯され、中に出された衝撃たるや。
 余りのおぞましさに吐き気さえ覚えたほどだ。煽ったのは俺だが、あれは半ば強姦だろう。
 そんな相手とも笑顔で応対する俺、マジで使用人の鑑。

「話とは?」
「場所を変えるぞ」
「……何故、私が付いて行くとお思いで?」
「俺はここで話しても構わんが、後悔するのはおまえだろうな」

 そんなやべえ話を、誰に聞かれるとも知れない王城でしようってか、このクソッタレ。
 言いかけた文句を必死に飲み込んで、さっさと歩き出すハイドフェルト様に付いて行く。
 辿り着いたのは、王城の中庭の外れ。否応なしにいつかを思い出す場所で、ついつい渇いた笑いがこぼれた。
 愛情や優しさなんざクソ喰らえだとわざわざ突き付けてやった場所で、どんな話をしようって?

「……妙だとは思ったのですよ。聴取が終わったら、何故か王太子殿下が待ち構えていて、毒にも薬にもならない雑談に付き合わされました」

 本題に入る前に一言二言、言わせてもらっても罰は当たらないだろう。
 悲しいかな、俺の刺々しい声音など知ったことかと、ハイドフェルト様が涼しげな顔を崩すことはなかった。

「ああ。殿下に、おまえの足止めを頼んだ」

 それどころか、自分の行いを悪びれることなく頷いたもんだから、こちらの方が呆れた。開いた口が塞がらなかった。
 実の主を、他でもないこの国の次期王を、私情で顎で使ったのか。王家の盾たる誉れ高きハイドフェルト公爵家の人間がすることじゃねえだろ。

「……私が言うのもどうかと思いますが、主人を私情で利用したのですか?」

 俺の問いに、ハイドフェルト様は「本当にな」と冷ややかに笑い、そして頷いた。
 こいつもこいつだが、殿下も殿下だ。どんな事情があったとしても、顎で使われてんじゃねえよ。
 つーか、なんて言って協力を仰いだんだ、こいつ。

「『エリアーシュを愛しているから、手を貸していただきたい』と頼んだら、リチャードは快諾してくれたぞ」
「気でも狂ったか?」

 思わず、従者の面も吹っ飛んだ。この主従、揃いもそろって頭がおかしいんじゃないか?
 貴き血筋の公爵家嫡男が、男に、よりにもよって使用人風情に懸想していると、主人に明かした?
 主人は主人で、従者の恋を応援するって?
 ハイドフェルト様は、自分の仕出かした事の重大さを理解しているのかいないのか──まあ前者だろうが──、相変わらずどこ吹く風といった調子だ。

「そうだな。とうの昔に狂ったかもしれん。他でもない、おまえの所為で」
「……言ってくれるじゃねえか」

 ひくり、と口の端が引き攣った。
 法が許してたら、今、この瞬間に、見目麗しい顔に膝をぶちこんでたところだ。法と理性と知性を尊ぶ俺の感性に感謝しろ。

「……道理で、殿下の態度が、以前と何も変わらねえ訳だ」

 王太子殿下は、良心的な考え方をする人間だ。被害者と加害者を会わせる筈がない。少なくとも、学園が始まるまでは。実際、事件直後は気を遣ってもらっていたような気がする。
 だが、登城するようになってからと言うもの、何度となくハイドフェルト様と顔を合わせている。たまに言葉を交わす殿下の態度も、常と何も変わらなかった。
 まあ、ぶっちゃけ俺も「あのときのことを思い出して辛いんですくすん」というようなタイプではない。
 ハイドフェルト様を罰し、護衛騎士の任を解くことによって生じる不利益を思えば、俺の尻がぶち犯されたことなど些末な問題だろう。どの面下げて話しかけてんだ? とは思ったが、さほど気にしてはいなかった。
 それが間違いだった訳だ。普段とあまりにも変わりがない点には、警戒しておくべきだった。
 殿下は、決して甘い人間ではない。アリシア・プリムローズ元伯爵令嬢の件が、良い例だろう。
 愛があるのならば、地獄のような王妃教育も、婚約者を奪い取ったという世間の厳しい目も耐えられるよね? と伏魔殿に引きずり込もうと企む人だ。
 そんな御方が、シルヴェリオ・ハイドフェルトという駒を、最大効率で重用する為に俺という道具を利用しよう、と考えたとしてもおかしな話ではない。

「つまり、殿下は俺がハイドフェルト様の下で、喘ぎ善がることをお望みで?」
「……そうは言っていない。リチャードは『信頼する二人が結ばれるなら、これほど嬉しいことはないよ』と言っていた」
「なるほど、何も違わないことが分かりました」

 ほわほわ微笑む殿下の顔が、ちらりと脳裏を過った。
 まあ、殿下のお考えは正しい。最小の労力で、最大の効果が発揮される餌を、無視する方がどうかしてる。
 否定はしない。だが、納得もしていない。舐められたもんだな、と舌を打ちたい気持ちを堪え、小首を傾げる。

「私が、絆されるとでも?」
「おまえが絆されなくとも、今はまだ構わない。それよりも、逃げ出される前に外堀を埋める方が重要だからな。おまえを口説くのは、その後だ」
「……ハイドフェルト様も、冗談が巧みでいらっしゃいますねえ。ええ、グリニコフ先輩と良い勝負です」

 ハイドフェルト様の端正な顔が、僅かに歪む。この男に、こういう顔をさせられるのは気分が良い。やり返せたようだから尚更だ。

「ヴェンツェル・グリニコフの名前を、おまえの口から聞きたくない」
「存じております」
「……相変わらず、性根が歪んでいる」
「恐れ入ります」

 本当に気が狂っているとしか思えない。誇り高き騎士の一門、ハイドフェルト家の嫡男が、よりにもよって俺に懸想しているなんて。自分で言うのもなんだが、俺に惹かれるようなところがあるか?
 まあ、恋というものは理屈ではない。考えても詮無いことか。そんなことよりも、こんなところまで連れ出した理由だ。

「それで、話とは?」
「ああ……コースフェルト家について、妙な噂が出回っている」
「妙な噂?」
「ああ。貴族ともなれば、大なり小なり瑕を抱えている。ハイドフェルト家とて、否定はしないが……」
「前置きも気遣いも結構ですよ、ハイドフェルト様」

 ハイドフェルト様が言うように、我が国の貴族は多かれ少なかれ後ろ暗いものを抱えている。
 法の番人たるコースフェルト、宰相家のヒルシュフェルト、そして護衛騎士のハイドフェルト家とて、例外ではない。
 私腹を肥やす悪事から、国を守る為の必要悪まで。意味合いこそ違えど、悪は悪。踏み躙られる側に、何の違いもありはしない。
 故に、ハイドフェルト様の気遣いは無意味でしかなく、早く本題に入ってくれと促した。
 ハイドフェルト様は、言いにくそうに唇を開き、問う。

「コースフェルト家が、人身売買に手を染めているのは本当か」
「ああ、本当ですよ」

 瞬間、ハイドフェルト様の手が伸びた。胸倉を鷲掴みにされ、ぐっと息が詰まる。
 怒りに燃え滾った瞳は、たとえ相手が俺であろうと、否、俺だからこそ許さないと言わんばかりだ。
 しかし、ハイドフェルト様の怒りは瞬く間に萎んでいった。俺が、表情一つ、眉一つ動かさなかったならだろう。
 に気付いていただけて何よりだよ、くそったれ。

「話の続きをしても?」

 ハイドフェルト様は、申し訳なさそうに眉を下げ、胸倉から手を外した。
 日常的に剣を振るっている男の握力で掴まれた服は、見るも無惨な有り様になっている。公爵家の使用人にあるまじき格好だ。
 ハイドフェルト様が「……すまなかった」と頭を下げてくれたが、どんなにかちんと来ても、ただの使用人に返せる言葉など限られている。

「使用人風情に頭を下げる必要はございません」
「使用人に、ではない」
「左様でございますか」

 物申したい点は多々あるが、いちいち食い付いていたら話が進みやしねえ。
 人身売買の件ですが、と前置きをしてから、コースフェルト家のやり方について話し始める。

「正確には、人材斡旋です」
「斡旋?」
「はい。公爵領の孤児にしかるべき教育を施し、適切な就労先に斡旋しております。見方によれば、人身売買と見えなくもないでしょうが」
「双方ともに納得しての事、だな?」
「はい。ただ、あえて人身売買という言い方で噂を流していますので、ハイドフェルト様のように誤解する方も少なくはありません」

 意図的に歪めた噂を流すことで、世間の心象を把握────操作していると言っても過言ではない。
 “”に食らい付く輩は、凡そ二種類に分けられる。
 正義感から、事の真偽を確かめようとする者。足を引いてやろう、或いは甘い蜜を啜ろうと、コースフェルト家の転覆を狙う者だ。
 前者の場合、事情を話せば素直に引き下がる。それだけでなく、一度抱いた疑いを解消されたことで、再び疑念の目を向けることは少ない。
 後者の場合、もっと単純だ。コースフェルトの敵を炙り出し、目を光らせておけば良い。
 無論、事はそう簡単な話ではないが、身を守る盾が多いに越したことはないだろう、とは旦那様とウチの家令の弁だ。

「……ただ妙ですね」
「妙?」
「人身売買の噂は、今に始まったことではありませんから。何故、今になってハイドフェルト様のお耳に入ったのでしょう?」
「偶然ではない、と?」
「さて。プリムローズ元伯爵の一件は、コースフェルトにとって余りにも都合が良い結末でした。陰口を叩きたがる貴族がいても、おかしな話ではないですが」

 おかしな話ではないのだが、妙だとも思う。根も葉もない噂なら掃いて捨てるほどあるのに、どうして否定可能な人身売買の噂だったのか。
 この、後ろ髪を引かれるような感覚を、つい最近も味わった気がしてならない。
 どこだったか。そう、あのときも確かハイドフェルト様と向き合っていて────と、靄がかたちになりかけるも、突如として差し出されたによって、虚しく遠退いていった。
 後少しだったのにという腹立たしさと、相手の不可解さに、つい眉を寄せてしまう。

「……それは?」
「吸うのだろう?」

 銀製のシガレットケースと、中にはリアの花煙草。およそ、ハイドフェルト様には似つかわしくないものだ。

「……ハイドフェルト様も、煙草を嗜まれるようになったので?」
「まさか。これは、おまえに贈る為に手に入れたものだ」
「…………真意を図りかねています。説明願えますか」

 俺に贈る為だけに、吸いもしない花煙草を手に入れたのか? この俺が、花煙草ごときで、ハイドフェルト様に絆されるとでも?
 いや、いくらハイドフェルト様も、そこまでお目出度い頭はしていないだろう。
 俺の胡乱な目を受け、ハイドフェルト様は酷薄な──どう考えても、恋しく思う相手に向けるものではない──微笑を浮かべた。

「愛を囁いたところでおまえが信じるとは思っていないし、通じると思い込むほど夢見がちではない」
「素晴らしい見解ですね。諦めたらいかがでしょうか?」
「まさか。むしろ、おまえの好さを知った今となっては、知らなかった頃に戻れる筈がない。必ず俺だけのモノにする、と腹を括ったほどだ」

 ハイドフェルト様の目は、さながらけだものの如く。なるほど。メスに貢ぎ物を贈る様など、獣らしいと言えば、
 誇り高い騎士とは思えないとせせら笑ってやれば、「業腹であることは否定しないが」と返ってきた。

「私が、例えば国や世界を望んだら、貢いでくださるので?」
「それで、おまえが信じるのであればな」
「冗談です」

 さすがのハイドフェルト様も国や世界などを貢ぐとは思えないが、騎士の位を放り投げるくらいはやりかねない。
 嘆息をひとつこぼし、話が他にないなら、とその場で別れることにした。背中に突き刺さる視線が消えた頃、ぽつりと独り言つ。

「……お綺麗なだけの騎士様だとは、もう思わねえが」

 美しいだけの刃に意味はなく、血と脂を吸ってこそ、初めて真価を発揮するように。
 シルヴェリオ・ハイドフェルトという男は、もはやお飾りの剣ではなくなった。清濁を見極める目を得たことで、王家の剣として相応しい騎士に変貌しつつある。
 一国民としては喜ばしいが、俺個人としては何とも複雑な気分だ。
 何せ、慇懃無礼が肉を得たような俺に執心する余り、汚濁のような感情と実情を理解した結果なのだから。
 とはいえ、お綺麗なだけの騎士という見解を改めたが、ハイドフェルト様へ向ける感情まで改められるものではない。
 清濁を理解したところで、ハイドフェルト様の感性は、やはりどこまでも真っ当だ。

「……俺を相手に、搦め手よりも正攻法を用いるおまえは、やっぱり十分に夢見がちだろうよ、ハイドフェルト」
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