悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――

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12.因果応報

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・因果応報(いんがおうほう)
 行為の善悪に応じて、その報いがあること




 目覚めたとき、見上げた天井はヒルシュフェルト様の屋敷のそれではなかった。背中には柔らかな感触。ベッドに寝かせられているようだ。
 あの後、ヒルシュフェルト様の屋敷に踏み込んできたハイドフェルト様は、俺の様子を見るや否や目を刃のように鋭くし、ヒルシュフェルト様へ掴みかかった。事情なんて聞く耳を持たず、「覚悟しておけ」と彼へ吐き捨てる様は、理想の騎士からは程遠い顔をしていた。
 ひとまず、俺をハイドフェルト家の屋敷へと連れ帰り、客室へと放り込んだ後、ハイドフェルト様はまたすぐにどこかへと出掛けていった。
 いないのは好都合。備え付けのバスルームに飛び込んで、昂って仕方がないナニをひたすらに慰めて……で、気付いたらここにいた訳だが。

「気付いたか?」

 呆れた様子のハイドフェルト様が、俺の顔を覗き込んでくる。「バスルームで気を失っていたから移動させた」と、別に訊いてもいないことを教えてくれた。ああそうかよ。

「……ご面倒をおかけしました」
「引導を渡した相手を利用するとは、大した面の皮だ」

 ああ、そっちか。流石に返す言葉もねえし、甘んじて受けるさ。気怠い身体をなんとか起こし、ハイドフェルト様へと向き直った。
 片や貴族、片や一介の使用人。俺は個人的感情よりも、立場と礼儀を優先できる使用人なので。

「言い訳をお許しいただければ、ヒルシュフェルト様が関わっていると知った以上、対抗するにはハイドフェルト様を引きずり出す以外に手はありませんでした」
「……確かに、疑惑の目が高まっているコースフェルト家だけでは、ヒルシュフェルトを相手取るのは難しかっただろうな」

 お分かりいただけて何よりだよ。しかも、賭けは俺の勝ちに終わった。俺も恥を忍んでハイドフェルト様を利用した甲斐があったってもんだ。

「……コースフェルトの為ならば、恥すらも呑み込んで、自分の身の危険も顧みないのか」
「何か勘違いされているようですが、私は仕事を果たしたまでです」
「大嫌いな貴族の為に、そこまでするのが仕事か?」
「どんな言葉を望んでいるかは知りませんが、恩義などはありませんよ。主義主張と責務は別物でしょう?」

 以前もこんな話をしたかもしれないが、少なくとも俺はそう思っている。感情を優先する余り、仕事の出来を左右させるような人間を信用できるか? 答えは、否だ。
 そういや、あの後どうなったんだか。ヒルシュフェルト様を追い詰めることは出来たし、ハイドフェルト様を引っ張り出せたものの、コースフェルト家の安寧を確約できた訳ではない。
 尋ねたところで答えてくれるだろうか。ハイドフェルト様をちらりとうかがったとき、その碧眼に仄暗い光が瞬いているのを見て、何故だか背筋に悪寒が走った。

「……一度、コースフェルトに戻ります。謝意は後程改めて」
「不要だ。謝意はもちろん、コースフェルトに戻る必要もない」
「は?」

 こいつは、何を言っている? いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。本能に突き動かされるままベッドを飛び降りようとして、出来なかった。俺の両肩を掴んだハイドフェルト様が情け容赦なく、ベッドへと押し付けたからだ。
 俺だっていくらか鍛えちゃいるが、鍛えに鍛えた騎士様を相手に太刀打ちできるほどではない。なんとか隙を見付けたいところだが、次に発したハイドフェルト様の言葉に、そんなことを考える余裕は吹き飛んでしまった。

「俺とおまえが揃って捕まれば、どうなるだろうな」

 俺と、ハイドフェルト様が捕まる? 俺はともかくとして、どうしてハイドフェルト様が捕まる?
 訝しむ俺をせせら笑いながら、ハイドフェルト様がひとつひとつ明かしていく。ぞっとするような仕掛けを。

「ヒルシュフェルトから、捏造済みの証拠は譲り受けている。俺とおまえが共犯だったという筋書きに変えた、な」
「ッ、自分が何をしてんのか、分かってるのか!?」
「言われるまでもない」

 もし、仮にハイドフェルト様が捕まったら、当然ながらリチャード殿下の護衛騎士の地位は剥奪される。今日まで鍛え上げてきた剣の腕も、騎士としての理想も全て、リチャード殿下に捧げた忠誠も何もかも、棒に振るようなものだ。
 そして、事はハイドフェルト様だけの問題ではない。民を守る騎士、ハイドフェルト家の信用は地に落ちるだろう。
 その上、ハイドフェルト公爵の直系男児はこの人一人なのだ。代わりの嫡男を傍系から引き取るにしても、次期公爵として次期護衛騎士として育て上げるには、どれほどの時間がかかるか。
 それを全て、ハイドフェルト様は本当に理解しているのか。理解していて尚、そんなことを仕出かしたのならば────狂ってる。

「ずっと考えていた。おまえを手に入れる為の方法をな」

 つい零れ落ちたような声だった。とても静かで、だからこそ必死に何かを抑えているようにも聞こえて、ぞっとした。

「俺がみっともないほど愛を囁いたところで、おまえは信じないし受け取らない。おまえは、目に見えるものしか信じないだろう?」
「……だから、なんだ」
「裏を返せば、目に見えるものならば信じるのだろう。ならば、と目に見えるものを賭けることにした」
「目に見えるもの、だと」
「そうだ。俺の地位も名誉も理想も、俺が持っているすべてを引き換えにすることにした」

 ハイドフェルト様が、嗤う。俺の頬を撫でながら、その手はゆっくりと俺の首へとかかった。ほんの少し力を込めるだけで、気道は潰されて程なく息絶えるだろう。
 幸か不幸か、急所を握られている恐怖は余りない。それよりも、目の前の男の口から飛び出す言葉の方がずっとおぞましくて、吐き気がした。

「っ、愛しているとでも囁けば、それで満足か?」
「まさか。おまえの言葉を鵜呑みにするほど、愚かなつもりはない。故に、手は既に打っている」

 手、だと? 困惑する俺に、ハイドフェルト様は何でもないように言った。「父にはすべて話した」と。

「悪巧みよりも時に効果を発揮するものがある。覆しようがないほどの、事実だ」
「事実、だと……?」
「俺には、エリアーシュを愛する余り陵辱した前科がある。今回に至っては、監禁までしているのだからな」
「なっ!」
「当然、俺のような危険人物のもとに、貴族の令嬢を嫁がせる訳にはいかない。誰よりも高潔な父ならば、そう考える」

 ハイドフェルト公爵は、清廉潔白が服を着て歩いているような御仁だ。ハイドフェルト様に比べれば清濁を併せ呑める方だが、少なくとも国益を優先して、貴族の令嬢を性犯罪者に嫁がせるような真似はできない。
 確かに、コーレイン辺境伯令嬢との婚約を水泡に帰すならば、それだけの事情を用意する必要があった。ハイドフェルト様の手は効果的だが、同時に自身をも傷付ける諸刃の刃だ。
 たとえ、捏造された証拠をなんとかできても、ハイドフェルト公爵の息子への信用は地に落ちている。どちらにせよ、ハイドフェルト家の次期後継者はいなくなる。
 ……待て。権力にも守られていない今のこの人が、コースフェルト公爵家の使用人を監禁できるものか?

「おまえの想像通りだ、エリアーシュ。俺は変わらず、ハイドフェルト家の嫡男のままだ」
「コースフェルト公爵も、引き込んだのか」
「ああ、そうだとも。善良な父ならば、俺を廃嫡なさるだろう。だが、あのコースフェルト公爵が、俺の廃嫡を望むと思うか?」

 俺という使用人とハイドフェルト家次期嫡男を秤にかけて、どちらを選ぶかなど考えるまでもない。ただの使用人一人で、次のハイドフェルト公爵を利用できるのであれば、旦那様は俺を切り捨てるくらいする人だ。

「……業腹であることは否定しない。この方法で、おまえの心が手に入るとも思っていない。元より、長期戦の覚悟だ」

 俺の首に添えられたハイドフェルト様の手に、微かに力が込められたような気がした。
 確かに俺は、愛情なんざクソ喰らえだと言ったさ。愛や友情不確かなものをせせら笑い、より確実な利益と効率を優先するような、性根が歪んでいるクソ野郎だ。
 いつかろくな目に合わねえだろうな、と思っていた。思っちゃいたが、こんなことになると誰が予想できた?

「────さあ、エリアーシュ。俺と諸共に堕ちる覚悟はあるか?」

 そう言って、もはや清廉潔白とは程遠い一人の男が、噛みつくように口付けてきた。


 ◇


「っ、んッ、あ、も、イきたく、な……!」
「止める、ものか」
「やめっ、あ、んんッ、こわれ、ひっ!」

 いっそ壊れてしまえば良い、と思った。理想を捨てた。目標も将来も、家族や友でさえ捨て、これまでのすべてを賭けたのだ。エリアーシュも同じくらい堕ちてもらわなければ割りに合わない。

「っ、出すぞ」
「あッ! や、う、ぐッ……!」

 何度目か分からない吐精だった。奥へと叩き付けてやれば、はらは嬉しそうにシルヴェリオの雄を甘く締め付けた。
 ふと、エリアーシュの手が緩んだ。顔を覗き込めば、どうやら意識を失ったらしい。無理もないか、とシルヴェリオはゆっくりと雄を抜いた。

「ん……」

 意識をなくしていると言うのに、エリアーシュは甘い声を溢した。
 今日だけで、エリアーシュは後ろだけで快楽を拾えるようになったらしい。才能があったのか、或いは他の男にでも抱かれたのか。ぱちんっと黒い炎が腹の奥で爆ぜた。
 妬ましくはあるが、エリアーシュをこの先抱けるのは己だけだ。まずは、エリアーシュの身体に自分を覚え込ませる。唇を、肌を、熱を、かたちを。想いを注ぐのはその後だ。

「……どうしようもなく、おまえが好きなんだ」

 手の甲についた三日月型の傷に、そっと唇を落とす。エリアーシュが付けた傷だった。
 誰が抱いているのかを見せつけるべく、正面から抱いていた。意地でもすがりつくものかとシーツを握り締めていた手を無理やり剥がして手を絡ませたら、憎らしいと言わんばかりに爪を立ててきた。おかげで、手の甲には血が滲んでいるが、エリアーシュが付けたと思えば不思議と愛おしい。

「俺のことが嫌いなくせに、俺の剣を心から褒めてくれたことがあったろう」

 エリアーシュの本性を知ってから、何度も何度も諦めようとした。彼の言葉は確かに正しい面もあるが、彼の在り方は決して善良ではない。頭では理解していても、心はどうにも止められなかった。それは、エリアーシュの所為でもある。彼がどうしようもないほどの悪人であればどれほど良かったか。

 ────あなたには剣の才がある。けれど、あなたは才能に胡座をかくことなく、努力を重ねている。剣の才以上に、努力できる才能こそを誇るべきかと。ハイドフェルトの名だけ見て妬んでいる人間の言葉に耳を傾けるのは、時間と精神の浪費ですよ。

 親の権力で成り上がったのだろうと陰口を叩く相手に苛立ちを覚えていたシルヴェリオに向かって、エリアーシュはそう言った。
 エリアーシュの在り方は、人として歪んでいる。決して善良な人間ではない。
 けれど、エリアーシュは相手が誰だろうと、目に見えるものを素直に認め、称賛する正しさを有していた。

「おまえが、俺のことを肯定してくれたことも、俺の努力を見ていてくれたことも、堪らなく嬉しかった。そのとき、俺はまたおまえに恋をした」

 エリアーシュは、自分の主義主張よりも国益を優先する男だろう。どうしようもないほどに性悪で、自分の利益の為に手段を選ばない男だが、見ず知らずの誰かの不幸を望めない甘さがある。
 そこを、突いた。自分が、こんなにも愚かな男に成り果てるとは思いもしなかった。一心不乱に剣を振っていた幼い己が、今の姿を見たらきっと斬り殺そうとするだろう。

「……それでも、おまえを諦めたくなかったんだ」
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