6 / 15
6 英雄には心当たりがない(2)
しおりを挟むけれど、やはりわからないのは、彼がそこまで自分を疎む理由だ。
侯爵家での夜会でリネットに声をかけるより前から、彼はルディウスを睨んでいたのだ。
(男が趣味、なんだとしても、話したことない俺を恨むのはマジでなんなんだよ)
そして男が趣味ならなんでリネットに声をかけたのだ。女王と結婚することから考えても、彼も両刀なのだろうか。――で、なんで女王と接点のないルディウスを睨むのだ。思考は堂々巡りして進まない。
「……なぁハワード」
「なに?」
「俺カイル殿に何かした?」
「……鏡見たら、思い出せると思うけど」
いやそうじゃなくてよ、と言っても、相手はもう客室の出入り口へ向かうところだった。
「じゃ、僕先に行くけど。くれぐれも時間空けてから出てよね」
「わぁってるよ。……あと、おまえんとこの屋敷の、この前の部屋。カーテンちゃんと閉めきれてるか確認しとけよ。覗き穴とかの有無も」
「は? もしかして敵国のスパイとかいる感じ?」
怪訝な顔の友人を適当にはぐらかして煙草を灰皿に押しつけると、ルディウスは風にあおられたカーテンを手でおさえ、窓を閉めた。
捨てるに惜しい今ではあるが、覚悟はできている。もとより激戦地帰り。とっくに死んでいたかもしれない命なのだ。
王配も公爵も何を恐れるに足るだろう。
それに、いざってときは向こうも道連れだ。
*
膠着状態だった隣国との戦争に、決着がついたのはほんのひと月前のこと。
国境地帯でのにらみ合いにしびれを切らし、打って出てきた敵方を囲い込んで叩き、戦線を押し戻し、果ては相手の国境の内側まで、第二師団が完全に押し切ったところで和平交渉が始まった。和平条約はすんなり締結。かねてから隣国との軋轢の種だった国境は確定され、戦争は終わった。
国の中枢が戦後処理に素早く切り替わったのに対し、貴族を含めた民衆は新聞が華々しく称揚した第二師団の活躍に拍手喝采だった。
最前線で相手の猛攻を抑え込み、銃弾を肩に受けても反撃の手を緩めなかった指揮官、ルディウス・フェリルの名は、英雄として一躍有名なものとなった。
――その英雄は、王宮からほど近い軍の訓練所に寮から出勤するなり上司に呼び出され、重い息を吐いた。文字通り死に物狂いで働いた自分たちの予算が削られることはもう知っていたからだ。
「来月から徐々に第二師団の残留部隊を引き揚げる。隣国とも取り決めた通り、これからは復興補助に長けた第三師団が入れ違いに入っていって、向こうの軍と協力して戦後処理にあたることになる」
「……わかりました」
まぁ。
勝つのが仕事の自分たちの、当面の出番が終わったのは確かだが。
「だからこの予算計画ってわけだが、納得いってない顔だな少佐」
「……次が起きたら、もう勝てなくなりますよ。負傷兵は使い捨てですか」
「殺気を収めろ、ここは東方戦線じゃない」
渡された書類を睨むルディウスに苦笑して、執務机の向こうの上司は背もたれに上体を預けた。
「東との関係の再構築に人員も予算も割きたいのだ、陛下は。一度爆ぜた場所で、今後煙すらも立たないように」
「陛下が、ですか」
ほんとかよ。
「なんだ、ハウゼル補佐官の差し金だと思ってるのか」
痣のあとがうっすら残るルディウスの目元を見て、上司は片頬を上げていた。ますますルディウスの機嫌は下降する。
たった数日で、自分たちは犬猿の仲だという噂が世間に広まった。新聞はこぞって揉め事の真相を知りたがり、大貴族の屋敷にひきこもるカイルではなくルディウスに付きまとい、沈黙をいいことに好き勝手な憶測を書きたてている。散々だ。
そして、事の発端ともいえるリネットには当然のように泣かれた。カイルの暴挙にではない。本人に断りもなく話をつけに行き、カイルを殴った兄に対してだ。
『お兄様の馬鹿! 脳筋! 世界で一番凶暴なゴリラ!』
すれ違う人間の多くが二度見した顔の痣も、妹にだけは見えなかったらしい。本当に散々だ。
「……違うとお思いですか。彼は軍にあまりいい感情をお持ちでない」
「まあ、あの人は、大学でのことがあるからな。しかし今さら、分別のあるお前が何でハウゼル補佐官とやり合ったのか疑問だったが、この通達が来て儂も腑に落ちた。……だがおまえ、一体どこでこの情報を知った?」
上司はルディウスが予算のことでカイルと揉めたと勘違いしているらしい。多少はそれもあるが。
これは新聞でも同じように書かれるだろうなと思うと憂鬱だったが、あえて否定はしないでおいた。
「本人がおっしゃられましたよ。聞いてもないのに」
「手負いの、しかも訓練所上がりの軍人にそれはいけないな。黙っていればいいものを、補佐官も妙なところでバランス感覚が鈍い。その様子だと、いい話の方は聞いてないんだろう」
書面を冷たく流し読みしていたルディウスは、その言葉で視線をあげた。
213
あなたにおすすめの小説
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる