元カノと復縁する方法

なとみ

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2.失ったもの

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「ただい・・ま」

あ、やった。

声を出してから、やってしまったと思った。よく、ドラマとかであるやつ。ただいまって、言っちゃうやつな。
心の中で自分と会話しながら、ひんやりとした玄関を進む。パチン、パチン、と電気をつけて、リビング、寝室を意味も無くまわる。

そうだよな、いないよな。
昼間を思い出す。

「瀬戸口くん、これ。」

社内で渡されたファイルの硬い感触と何か伝えようとする旭のアイコンタクトに気付き、周りに見えないように中身を確認した。コロン、と鍵が掌の上に落ちる。

俺の部屋の鍵。

朝起きたら、旭はいなかった。いつも颯よりも早く家を出るが、颯が起きる時間にはまだ洗面所にいることが多い。でも、そこにも姿は無かった。
朝一、荷物を自分の部屋に持っていったのだろうか。
そんなに急がなくても、夜、一緒についてってやったのに。

目が合うと、旭は小さく頷いた。

ぎゅ、と鍵を握りしめる。
何で、何をそんなに急ぐのか、颯には分からなかった。
旭の気持ちと行動についていけていない。

鍵は営業鞄にポイと適当に放り込み、そのまま旭の方は見ずに外に出た。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

二人から一人になっただけで、こんなに空気が変わるものか。颯は小さくため息をついた。

学生時代から一人暮らしをしている颯にとっては、二人暮らしよりも一人の生活の方が断然長い。
それでも、誰かがいる安心感、おかえり、という柔らかい笑顔が消えてしまったこの部屋には、拒絶されている気さえする。

「あー。夕飯・・」

適当に何か作るか、と冷蔵庫を開けた。旭が買い足してくれていた肉や野菜があるが、何も作る気になれず、バタンと閉めた。

結局、カップラーメンを啜り、さっさと布団に潜り込んだ。


しんとした部屋で、仰向けになって目も開けたまま、また考える。

そんなに、結婚したかったのか、旭は。

颯も旭も地元は東京ではない。どちらも、都会というより長閑な田舎に実家がある。中学の同級生はほぼ結婚して子どもがいるような。
お互いの親からも、帰省の際には100%結婚はまだかと聞かれていた。

実は、結構焦ってたのか?

旭の高校や大学の同級生になると、半分くらいはまだ結婚もしていなかったはずだ。颯も同じで、東京に出てきてからは、30になってから考えようとしている所があった。


広々と使えるはずのベットはやけに冷たく感じて、何度も寝返りを打ち、最終的には芋虫のように布団に包まって眠りに落ちた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

よく、眠れなかった・・

一方向へ進む人々に押し流されるように歩きながら、あくびを噛み殺した。結局昨日は何度も目が覚め、隣にぬくもりが無いことを確認していまい、十分に睡眠がとれなかった。

ビルに向かう道は軍隊のように歩くビジネスマンで一杯だ。ぼぅっとする頭で、それでも目は誰かを探してしまう。
今日は、いつもよりも早く出てきてしまった。この時間なら、多分・・

エレベーターの隙間を埋めるように乗り込む。
すると、サラリとした栗色の髪が目に入った。

あ。

旭が颯には気付かず、同じエレベーターに乗った。くるん、と揺れる髪に目が奪われる。
胸辺りまで伸ばした髪は、ストレートに見えて先だけがくるんとしている。パーマをあてているのでもコテで巻いているのではなく、これは癖っ毛。
旭は外見に気を遣っているように見えて、めんどくさがり屋だ。前髪を長く伸ばし真ん中で分けているのも、定期的に切る必要がないから。

朝も寝癖を直してブローするくらいで、颯よりも早く髪のセットが終わってしまう。

エレベーターが各階に止まり、降りる人を避けるたびに、そのくるんが揺れる。
あー。なんかやけに今日は可愛く見えるな。あのくるん。

少し視線を下にずらす。

ブラウスに、少しタイトめなニットのフレアスカート。くびれから下のラインがはっきりわかる。

あぁ。

何とも言えない気持ちになって、目を逸らし、はぁ、とため息をついた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「え!?別れた?」

外出が同じタイミングだったその機会を逃すまいと、俺は同じチームのメンバー、水瀬蓮みなせ れんをランチに誘った。
蓮は3年前に中途採用で入社してきた30歳。俺や旭の一つ上に当たる。柔らかい人柄ですぐに職場に馴染む器用さと、年下のメンバーにも決して偉そぶらない態度で、すぐに打ち解けた。
社歴は俺の方が長いが、チームの兄的存在で、旭とも相談の上、半年ほど前に蓮には付き合っていることを打ち明けていた。

「お前、・・いいの?」

二言目に出されたその言葉に、眉を寄せる。
真顔で見てくるその視線に耐えきれず、目を逸らし、定食のサバの身を外す。
この定食屋は、この辺りのビルに入っているビジネスマン御用達だ。年配の夫婦が営んでいる店で、定食の価格は東京では破格の700円。おかずにご飯と味噌汁、漬物と、小鉢が一つ、ついてくる。蓮も俺も、昼食にはここを利用することが多い。

「良くは、ない。」

蓮の前では、いつも安心して正直な気持ちが出せるような気がする。
言葉に出してみて思った。そう。良くは、ない。

「まー、二人の事だし、俺が口出しすることじゃないけどなぁ」

蓮は俺の答えに少し呆れたような顔をしながら、頼んだ生姜焼き定食を美味そうに食べている。

「まだ、俺も気持ちが整理できてないんだよ・・」

そう答えた俺に、真面目なお前らしいけど、と言ってから、箸を動かす手を止めて、ぼそっと落とした。

「動くとしたら、橘と、主任かな。」

それを聞いて、同じくピタリと手が止まる。
何が、とは聞かなくても、分かった。そう、旭がフリーだと分かれば、もう遠慮する必要はなくなる。そうなれば、動く奴らが出てくる。

分かってる、と小さく言って、颯は箸を持っていない手を額に置いた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

その日から一週間。
颯は、今更ながら実感していた。

旭と、こんなに話してなかったっけ?

もちろん仕事の会話は毎日のようにしている。1-3月に比べると繁忙期では無いものの、大口である颯のクライアントが大規模な移転を予定している為、クライアントだけでなくデザイン部とのやり取りも佳境を迎えている。

「レイアウト図、上がってきてる?」

「来てるよ。あとこれ、向こうの総務から追加要望きてたから、今、デザイン部に確認中。」

まじか、と旭の手から差し出されたレイアウト図を受け取る。

仕事中、距離で言えば1メートルも開かない距離にいるのに、プライベートな会話が全くできないまま時間が過ぎてしまった。
携帯でメッセージを送るにしても、毎日顔を合わせているのに「元気?」と送ることも出来ず、食事に誘おうにも、自分の中で何を伝えればいいかも纏まってない。家に帰った後、メッセージの画面を開いては閉じ、打っては消し、を繰り返していた。

「っやば!俺、配線関係連絡してない!」

珍しく慌てる蓮に旭が返す。

「やっときました!詳細メール送ってるので確認お願いします。」
「まじで!!榛名さん!!」

まじありがとう!蓮が旭を拝むようにパンッと両手を合わせる。
調整先が多岐に渡るため、細やかな旭のサポートはめちゃくちゃ有難い。初めの頃の慣れない姿を想像させないくらい、先回りで仕事を捌く姿が、輝いて見えた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ちょっともう、俺だめです・・息抜き行きません?」

19時頃、そんな声をあげたのは橘だった。

「あー。いいよ、行く?」

蓮がそれに応える。主任が先週から海外出張のため、今颯たちのシマにいるのは3人のみだ。
二人は?と目で聞かれ、旭の方を見る。

「私も、行きたいです。お酒、飲みたい。」

さすがの旭も、今日の忙しさに、椅子にもたれ掛かってぐでん、となっている。

じゃあ決まりー!と嬉しそうに言う橘に苦笑しながら、残りの業務を終わらせるために全員が前のめりにパソコンに向かった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「「おつかれー!!」」

ガチャン、とジョッキを合わせる。
旭の隣には「俺榛名さんの隣でもいいっすか!」と橘がさっさと座り、ちら、と俺の方を見て蓮が橘の正面に座った。
旭と俺が向かい合わせになる。

久しぶりに正面から旭を見た。毎日こうやって向かい合って食事をしていたのが遠い昔のようだ。

食いもん食いもん、とメニューを開き、適当にいくつか頼む。他、何かいる?と蓮と橘に向けてメニューを開いたところで、目を訝しげに細めて橘がこちらを見ているのに気付いた。

「・・何だよ。」

「瀬戸口さんって、いっつも榛名さんに何も聞かずに頼みますよね。」

ぎく、となり、気付く。旭が好きなだし巻きとエイヒレをもれなく頼んでしまっている事にも。

「いや、同期だから。同期飲みとかでも、こいつ、いっつも同じもの頼むし。」

「そうそう、もう今更聞かれることもなくなっちゃってー」

旭もフォローに入るが、ふーん、と橘が疑い深い目でじろりとこちらを見ている。

おら、もういいだろ、と言った所で、掘り炬燵の下で、足の先につん、と何かが当たった。



それに気付いたとき、ぐわっと何かが上がってくるように身体が熱くなった。旭が、俺のミスを咎めるように、つま先で足をつついたのだ。

こいつ、と思うが足をどける気になれず、そのままの位置に置いておく。
身体が熱くなるのを誤魔化すように、ビールを煽る。周りに隠したやり取りに、心臓がバクバク跳ねていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

このメンバーは酒が強い。

ビールの杯を次々と重ね、いい感じに酒が回ってくる。
仕事の愚痴も程々に、橘が酔った勢いに任せて旭に尋ねた。

「旭さんって、彼氏さんと順調なんですかー?」

呼び方もいつの間にか、旭、だ。

おい。名前で呼ぶな。名字で呼べ。心の中で突っ込む。

んー、と反応する旭も、ふわふわと酔っているようだ。

「んーん。別れたんだー。」

「え」

そう短く返した目が、鋭く光った。ように俺には見えた。

じゃぁ今フリーですか!?更に絡む橘へのあしらい方も、日中に比べると弱い。蓮が、ほら、酔いすぎだよ、と優しく声をかけ橘を止める。ありがたい、と思った。

その後も橘は旭さん、旭さん、となにかにつけ嬉しそうにじゃれついている(ように見える)。イラ、イラ、と怒りが蓄積されてきたところで、我慢できず、足を伸ばして旭の膝にコン、と触れた。

反応は無い。

焦れったくなり、そのまま足首を触れ合わせる。逃げる気配がないことにいい気になり、すり、と動かしたところで、旭が声を出した。

「木曜日だし、そろそろお開きにしません?」

テーブルの下のやり取りなど感じさせない笑顔。

「はい!今日は、俺が旭さん送っていきます!」

即座に手を上げる橘に舌打ちが出そうになる。

「いや、お前路線違うだろ。俺が・・」

「えー!そう言っていつも瀬戸口さんじゃないですか!ずるいです!」

お前じゃ送り狼になるだろ、と口には出さずに言い、更に言葉を返そうとしたところで、声を出したのは旭だった。

「じゃぁ、橘くんに、お願いしようかな。」

その瞬間、怒りと嫉妬を混ぜた感情が爆発しそうに駆け巡る。

こんなこと、無かった。
俺が一緒にいるのに、他の奴と帰るなんて、付き合う前ですら。

会計を済ませ、呆然と立ち二人を見送る俺の肩に、蓮はぽん、と手を置いた。
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