3 / 10
3.遅れた自覚
しおりを挟む
ぼんやりと電車に揺られながら、颯は思い出していた。
旭と付き合った日のこと。いや、正確には付き合う前日のこと。
旭は仕事に対して一生懸命な姿勢は今と変わらないが、以前から今のように仕事を捌けていた訳ではない。
連絡漏れがあったり、誤ったレイアウト依頼を出してしまい一緒にクライアントに謝罪に行くことになったり、涙ぐんで席を外した姿も見たことがある。
でも、諦めずに食らいついてくる姿に、一緒に仕事をしているメンバーは誰も文句を言わなかった。何も言わなくても、自分と戦っている奴だと思ったから。
榛名さんに甘すぎる、チヤホヤされている、と他部署の女性に言われたこともあるが、颯がそう思ったことはなかった。
あの日。
だいぶミスも減ってきた頃、チームだけではなく営業部全体の飲み会があった日だった。どちらかと言うと人見知りの旭は、いつもは座らない俺の横に座って、いつも通りビールを煽っていた。普段からお互いに穏やかな笑顔を見せながら、「猫かぶり」「腹黒」と潜めた声で言い合うこともあった俺達が、酒が入った状態で近くに座ることは滅多に無かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「飲み過ぎ」
じろりとこちらを睨む旭に言う。
「榛名、クールぶってる仮面がボロボロ剥がれてんぞ。」
正面に視線を戻し、旭は淡々と答える。
「うるさいな」
「瀬戸口にバレたって痛くも痒くもない。」
ぐいっとビールを煽る。自分で言うのもあれだが、俺は、それなりにモテる方だと思う。学生時代から彼女は途切れず出来てきたし、社会人になってからも、後輩に告白されたり、食堂に行ったときにはきゃぁきゃぁとこちらを見て女性陣が騒ぐ姿を見たこともある。
旭の事も、フォローしてやったり、泣いている姿を見つけたときはコーヒーを淹れてやったり。決して見返りを求めてやっている訳ではないが、痛くも痒くもないと言われると若干プライドが傷つく。
「榛名さぁ。お前、どんな男だったらいいの?」
えぇ?と笑いながら返す旭に続ける。
旭は、人気がある。営業部の中でも俺が知る限り片手の数くらいは、「榛名さんいいわぁ」と言っていた奴らに心当たりがあった。食事に誘われているのも見たことがあるが、なびかない、なびかない。
「もしかして、経験無いとか?」
コソッと話す俺に、「あーりーまーすー」と憎らしい顔をして返す。あーあー、あんまりそんな顔見せないほうが。
「へー。あるんだ。」
声のトーンを変えず答えたが、そんなやりとりをしてしまったため、旭が乱れる姿を想像してしまったのは事実。
ベロベロになった旭を同じ路線の俺が送っていくことはよくあったが、俺の肩に頭を乗せて眠る顔を見ながら、その日、旭の家の最寄駅を通り過ぎるのを半ば意図的に見送った。
自分の最寄駅についた時に、慌てた振りをして旭を起こしたのも、事実。
酔って足元が覚束ない旭に「なぁ、・・試す?」と言ったとき、目に浮かんだ欲情の色にどうしようも無く興奮してしまい、その後はもう、お互い、止めることが出来なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
玄関で夢中でキスしながら靴を脱ぐ、なんて、映画とかドラマの世界だけだと思っていた。
思い出して顔が熱くなり、両手で覆う。
会社で見ている姿とのギャップはでかかった。旭は欲望に忠実で奔放で、何が一番厄介かって、決して素直ではなかった。挑発的な言動にカチンと来て、身体を抑えつけて若干力任せに事を運んだ。
が、身体の相性は、めちゃくちゃ良かった。
結局、夢中になって1回、落ち着いてもう1回、朝方目覚めてもう1回。止まらない、と思った。
土曜日の昼近く、次に目が覚めて見たのは服を着て帰ろうとしている旭の姿で・・
それを見たとき、強く思った。
逃がすかよ。
そう、逃がしたくないと思った。逃してはいけなかった。
自分の愚かさに俯く。
あまりにも簡単に手に入ってしまった。あまりにも側にいるのが普通になってしまっていた。
馬鹿か、俺は。
感情むき出しにしてでも、俺の側にいて欲しいと、伝えるべきだったんだ。
旭と付き合った日のこと。いや、正確には付き合う前日のこと。
旭は仕事に対して一生懸命な姿勢は今と変わらないが、以前から今のように仕事を捌けていた訳ではない。
連絡漏れがあったり、誤ったレイアウト依頼を出してしまい一緒にクライアントに謝罪に行くことになったり、涙ぐんで席を外した姿も見たことがある。
でも、諦めずに食らいついてくる姿に、一緒に仕事をしているメンバーは誰も文句を言わなかった。何も言わなくても、自分と戦っている奴だと思ったから。
榛名さんに甘すぎる、チヤホヤされている、と他部署の女性に言われたこともあるが、颯がそう思ったことはなかった。
あの日。
だいぶミスも減ってきた頃、チームだけではなく営業部全体の飲み会があった日だった。どちらかと言うと人見知りの旭は、いつもは座らない俺の横に座って、いつも通りビールを煽っていた。普段からお互いに穏やかな笑顔を見せながら、「猫かぶり」「腹黒」と潜めた声で言い合うこともあった俺達が、酒が入った状態で近くに座ることは滅多に無かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「飲み過ぎ」
じろりとこちらを睨む旭に言う。
「榛名、クールぶってる仮面がボロボロ剥がれてんぞ。」
正面に視線を戻し、旭は淡々と答える。
「うるさいな」
「瀬戸口にバレたって痛くも痒くもない。」
ぐいっとビールを煽る。自分で言うのもあれだが、俺は、それなりにモテる方だと思う。学生時代から彼女は途切れず出来てきたし、社会人になってからも、後輩に告白されたり、食堂に行ったときにはきゃぁきゃぁとこちらを見て女性陣が騒ぐ姿を見たこともある。
旭の事も、フォローしてやったり、泣いている姿を見つけたときはコーヒーを淹れてやったり。決して見返りを求めてやっている訳ではないが、痛くも痒くもないと言われると若干プライドが傷つく。
「榛名さぁ。お前、どんな男だったらいいの?」
えぇ?と笑いながら返す旭に続ける。
旭は、人気がある。営業部の中でも俺が知る限り片手の数くらいは、「榛名さんいいわぁ」と言っていた奴らに心当たりがあった。食事に誘われているのも見たことがあるが、なびかない、なびかない。
「もしかして、経験無いとか?」
コソッと話す俺に、「あーりーまーすー」と憎らしい顔をして返す。あーあー、あんまりそんな顔見せないほうが。
「へー。あるんだ。」
声のトーンを変えず答えたが、そんなやりとりをしてしまったため、旭が乱れる姿を想像してしまったのは事実。
ベロベロになった旭を同じ路線の俺が送っていくことはよくあったが、俺の肩に頭を乗せて眠る顔を見ながら、その日、旭の家の最寄駅を通り過ぎるのを半ば意図的に見送った。
自分の最寄駅についた時に、慌てた振りをして旭を起こしたのも、事実。
酔って足元が覚束ない旭に「なぁ、・・試す?」と言ったとき、目に浮かんだ欲情の色にどうしようも無く興奮してしまい、その後はもう、お互い、止めることが出来なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
玄関で夢中でキスしながら靴を脱ぐ、なんて、映画とかドラマの世界だけだと思っていた。
思い出して顔が熱くなり、両手で覆う。
会社で見ている姿とのギャップはでかかった。旭は欲望に忠実で奔放で、何が一番厄介かって、決して素直ではなかった。挑発的な言動にカチンと来て、身体を抑えつけて若干力任せに事を運んだ。
が、身体の相性は、めちゃくちゃ良かった。
結局、夢中になって1回、落ち着いてもう1回、朝方目覚めてもう1回。止まらない、と思った。
土曜日の昼近く、次に目が覚めて見たのは服を着て帰ろうとしている旭の姿で・・
それを見たとき、強く思った。
逃がすかよ。
そう、逃がしたくないと思った。逃してはいけなかった。
自分の愚かさに俯く。
あまりにも簡単に手に入ってしまった。あまりにも側にいるのが普通になってしまっていた。
馬鹿か、俺は。
感情むき出しにしてでも、俺の側にいて欲しいと、伝えるべきだったんだ。
10
あなたにおすすめの小説
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる