女神の白刃

玉椿 沢

文字の大きさ
7 / 114
第1章「遺跡を臨む地」

第7話「今日の思い出を、忘れずに」

しおりを挟む
 プロミネンスを持っていた剣士がたおされた事、フミが討たれた事で、残されていた近衛兵は文字通り蜘蛛の子を散らす様に逃散した。精剣せいけんがあれば何とかなると思ったかも知れないが、ファンが睨んでいるのでは精剣を確保したまま逃げる事もできなかった。

「ここにいるのは、全て村の人だろうが」

 連れていくというのならば略取として扱うといわれれば、どんな未来が待っているか想像するのは易い。

「ありがとうございます」

 人の姿に戻れた村の女たちが、夫や子供たちと共に頭を下げれば、ファンは吊り上げていた目を垂れさせる。

「偶然ッス。偶然。自分、たまたま通りかかっただけッス」

 食堂でラッパを吹いていた時と同じ顔だ。戦ったのは行き掛かりの事であって、この村を救う、領主を討つという密命でも受けてやって来た訳ではない。

「それより、これからが大変ッスよ」

 そういう状況にしてしまった方が申し訳ないと思うファンが、どうしたものかと思案顔になると、エルが口を挟む。

「子爵様へ一筆、送られては? 代官を派遣していただき、遺跡の封印と領民の保護をお願いしないと」

 エルの提案に、ファンは「そうッスね」と自分たちが乗ってきた馬車に向き直った。子爵家とは伯爵家の家督を継ぐ権利を有する一族であるから、遠縁には公爵家、そして大帝家がある。非常に……とまではいえないが名門・・なのだ。

「でも基本的には、自分たちの事は、自分たちで守る事になりますよ」

 エルは女たちを取り戻した男たちへ目を向けていた。精剣を宿した女がいるのだから問題ない、とはいえない。彼女たちにとって、精剣は歓迎できるものではないのだから。男たちも、愛する者を剣として扱うなど気分が悪い。

 それでも精剣を抜かなければならない時が来るはずだというのは、エルもハッキリとした言葉にはできない。

「まぁ、まぁ、伯父様へ手紙を出すッスよ」

 ファンは苦笑いしつつ、文机のある馬車の扉を開ける。

「あの!」

 しかし階段に足をかけたファンへ、酒場で出会った少年の声が飛んできた。

「はいぃ?」

 間延びした返事をするファンだったが、少年は目をキラキラさせていて、

「兄ちゃん、本当は剣士だったんだね。ありがとう!」

 その一言は、ファンは否定したくなる。

「身分を隠して、俺たちの村みたいなところを回ってるんだろ?」

 世を忍ぶ仮の姿が旅芸人なんだと思っているらしいが……、

「自分は旅芸人ッスよ。旅芸人。曲芸をやって、ラッパを吹いて、エルに歌ってもらう」

 ファン自身は、フミを斬った時の姿こそ、世を忍ぶ仮の姿だと思っている。

「剣士なんてのは、戦争が終わったら、ただの穀潰しになっちまうもんッスよ」

 しかしファンが斬った剣士たちがいい例だといわれても、少年は納得しがたい。男の子というのは強い存在に憧れるものだ。

「本当に強いのは、この村にいる人たちッスよ。戦争で赤茶けた土を畑や町にしたのは、ここにいる人たちの力ッス」

 胸を張ってくれというファンの言葉は、昨夜、夕食を食べながらいったものと同じだ。

「そして、煤けた顔を笑顔にするのに必要なのは、おいしいご飯!」

 食堂の店主や、また両親が揃った家族を指差す。

「何より、元気な子供たちッス!」

 そして広げた手の中からは、花びらがさっと舞う。

「自分は旅芸人ッス。一日、働き疲れて帰ってた人が、また家事の合間の人が、子供たちが、明日も頑張るぞって気持ちになるのを手伝う、自分の大好きな仕事ッス」

 笑ってくれと戯けると、皆が笑ってくれた。

「これ、遠いけれど、ドュフテフルスに届けて下さい」

 ファンが書いた封書を、エルが村長へと手渡した。

 それは別れを意味する。

「まぁ、今は分かんないと思うッスけどね、いずれ分かってほしいッス」

 御者の席に座りながら帽子を被り直すファンは、

「自分なんかより、お父さんやお母さんの方が、負けちゃいけない生活って戦いを生き抜いてる、強い人だって」

 上手くいえない事に苦笑いさせられそうになるが、その顔は無理矢理にでも引っ込める。曖昧な顔こそ、芸人が最もしてはならない顔だ。旅芸人こそが自分の本業だといったファンに、笑いも驚きもされない顔は厳禁だ。

 そんなファンへと、キャビンへ乗り込むエルが、いつものファンの口調を真似て茶化す。

「練習が足りないッスなァ」

 ファンは「全く全く」と頭を掻いた。咄嗟に機転を利かせられないのは道化としては致命的だ。

「いや、自分が本当に得意なのラッパなんスよ」

「はいはい、言い訳しない」

「いや、これは――」

「口答えはもっとしない」

 その話術は、及第点だろうか。村人が笑ってくれた。

 しかしファンが道化になって笑わせるのは、名残惜しい事の裏返しでもある。

 それは剣士よりも旅芸人でいる方がいいし、村の生活を守っていく事の方が素晴らしいといわれた少年も同様だ。

「もう……行くの?」

 まだここにいてほしいと思っているが、話せる言葉は出てこない。

「……」

 ファンはフッと笑うと、ピンッと帽子の鍔を指先で弾くようにして跳ね上げ、

「旅芸人は、グルグルと方々ほうぼうを回ってるッスよ」

 今生の別れではないのだ。

「また来ます。今度は、もっといっぱい歌も演奏もして、ファンが曲芸もします」

「するッスよ。自分、一番、得意なのは曲芸と軽業ッス」

「ラッパが得意っていったところでしょ」

「いや、本当に得意なのはラッパだっていったんス。一番、得意なのは曲げ――」

「はい、言い訳しない。どう考えても、話術が得意って思われてるから」

 エルの言葉に、また大きく笑い声が上がった。

「全く、全く」

 ファンも笑いながら、大きく手を振る。

 その手に誘われて舞い散るのは、色とりどりの花だ。

 タイミングを心得たファンであるから、その花の舞いによって皆に笑顔を溢れさせ、そんな中で馬車を発車させた。

「また来るッスよ!」

 ろくな芸を見せられた訳ではないが、ファンとエルへは歓声が向けられたのだった。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

異世界に降り立った刀匠の孫─真打─

リゥル
ファンタジー
 異世界に降り立った刀匠の孫─影打─が読みやすく修正され戻ってきました。ストーリーの続きも連載されます、是非お楽しみに!  主人公、帯刀奏。彼は刀鍛冶の人間国宝である、帯刀響の孫である。  亡くなった祖父の刀を握り泣いていると、突然異世界へと召喚されてしまう。  召喚されたものの、周囲の人々の期待とは裏腹に、彼の能力が期待していたものと違い、かけ離れて脆弱だったことを知る。  そして失敗と罵られ、彼の祖父が打った形見の刀まで侮辱された。  それに怒りを覚えたカナデは、形見の刀を抜刀。  過去に、勇者が使っていたと言われる聖剣に切りかかる。 ――この物語は、冒険や物作り、によって成長していく少年たちを描く物語。  カナデは、人々と触れ合い、世界を知り、祖父を超える一振りを打つことが出来るのだろうか……。

科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一
ファンタジー
「魔法ってのは……要はエネルギーの制御だろ?」 高校生にして超人的な科学知識を持つ天才・九条迅は、ある日、異世界アルセイア王国に「勇者」として召喚された。 だが、魔王軍との戦争に駆り出されると思いきや—— 「お前、本当に勇者か? 剣も魔法も、まともに使えないのか……?」 「科学的に考えれば、魔法ってのはもっと進化できるはずだ!」 剣も魔法も素人の迅だったが、「魔法を科学的に解析し、進化させる」という異端の方法で異世界の常識を根底から覆し始める! 魔法の密度を最適化した「魔力収束砲」 魔法と人体の関係を解明し、魔力を増大させる「魔力循環トレーニング」 神経伝達を強化し、攻撃を見切る「神経加速《ニューロ・ブースト》」 次々と編み出される新技術に、世界は驚愕! やがて、魔王軍の知将《黒の賢者》アーク・ゲオルグも迅の存在に興味を持ち始め—— 「科学 vs 魔法」「知能 vs 知能」 最強の頭脳戦が今、幕を開ける——! これは、「魔法を科学で進化させる勇者」が、異世界を変革していく物語! ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~

shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて 無名の英雄 愛を知らぬ商人 気狂いの賢者など 様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。 それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま 幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

【完結】竜騎士の私は竜の番になりました!

胡蝶花れん
ファンタジー
ここは、アルス・アーツ大陸。  主に5大国家から成り立つ大陸である。  この世界は、人間、亜人(獣に変身することができる。)、エルフ、ドワーフ、魔獣、魔女、魔人、竜などの、いろんな種族がおり、また魔法が当たり前のように使える世界でもあった。  この物語の舞台はその5大国家の内の一つ、竜騎士発祥の地となるフェリス王国から始まる、王国初の女竜騎士の物語となる。 かくして、竜に番(つがい)認定されてしまった『氷の人形』と呼ばれる初の女竜騎士と竜の恋模様はこれいかに?! 竜の番の意味とは?恋愛要素含むファンタジーモノです。 ※毎日更新(平日)しています!(年末年始はお休みです!) ※1話当たり、1200~2000文字前後です。

【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。 大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。 そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。 しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。 戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。 「面白いじゃん?」 アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。

魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン
ファンタジー
完結しました! 魔法使いの国に生まれた少年には、魔法を扱う才能がなかった。 無能と蔑まれ、両親にも愛されず、優秀な兄を頼りに何年も引きこもっていた。 そんなある日、国が魔物の襲撃を受け、少年の魔物を操る能力も目覚める。 能力に呼応し現れた狼は少年だけを助けた。狼は少年を息子のように愛し、少年も狼を母のように慕った。 滅びた故郷を去り、一人と一匹は様々な国を渡り歩く。 悪魔の家畜として扱われる人間、退廃的な生活を送る天使、人との共存を望む悪魔、地の底に封印された堕天使──残酷な呪いを知り、凄惨な日常を知り、少年は自らの能力を平和のために使うと決意する。 悪魔との契約や邪神との接触により少年は人間から離れていく。対価のように精神がすり減り、壊れかけた少年に狼は寄り添い続けた。次第に一人と一匹の絆は親子のようなものから夫婦のようなものに変化する。 狂いかけた少年の精神は狼によって繋ぎ止められる。 やがて少年は数多の天使を取り込んで上位存在へと変転し、出生も狼との出会いもこれまでの旅路も……全てを仕組んだ邪神と対決する。

処理中です...