女神の白刃

玉椿 沢

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第3章「星を追った。ツキはなかった。花は咲いた」

第32話「お受け申して鬼退治」

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 ――凄い部屋だ。

 案内された客室を見回し、セーウンは口笛を吹いた。居室と寝室が別になっていて、その広さは40リーベを超える。民家一軒分を優に超える広さだ。

 ベッドルームだけで25というのだから、一人では持て余す。

 そのベッドも粗末な寝台で寝ている者にとっては、羽のような柔らかさだ。寧ろ寝具を外し、それに包まって床で寝ても十分、柔らかい。

 しかも客室という事は、領主の居室はもっと広く、調度品も格調のあるものなのだろう、と容易に想像がつく。

 ――つまり行政的な手腕がある?

 確かに街道に面した都市で剣士を多数、抱えているのだから、この時代、復興は早いのだが、租税検地が徹底しているだけでは、ここまでのものはできまい。

 即ち、それは――、


苛斂誅求かれんちゅうきゅう……」


 そんな言葉を口にしてしまうが、セーウンは慌てて口元を押さえた。どこで誰が聞き耳を立てているかも分からない。素性のハッキリしない者を通した客室だ。監視の目もあるはずだ。

 税をむごく厳しく取り立てるなど、どう受け取ろうとも良い意味にはならない。

 だがドンといささか大きく音を立てさせて壁に背を突くと、

「一体、誰が相手になってくれるのでしょう」

 鼻を鳴らして挑発的な事をいうのは、腕試しの相手も聞き耳を立てていると感じての事だった。

 それが予想に反しているか、それとも予想通りであるかは――それぞれの考え方だろう。

***

 人狩りと呼ばれる行為が始まるのは早かった。

「抑えて下さい」

 身を隠しながらエルはパトリシアの腕を掴んでいた。隠れている者まで引きずり出そうとはしないものの、領主が放った衛兵たちは村人を引っ立て、檻のついた馬車へと放り込んでいく。

 怒声と怒号が耳につき、何人でも切り捨ててやろうかと思うパトリシアであるが、精剣せいけんを片手に飛び出してしまっては、パトリシアとエリザベスだとバレてしまうだけだ。

「捕縛されたら、元も子もないッスよ」

 抑えてと繰り返すエルの他にも、ファンもパトリシアの腕を掴んでいた。

「そろそろ100人かァ~?」

 捕らえられていく村人の悲鳴とは対照的に、ノンビリした声が衛兵から聞こえてきた。その口調が、パトリシアの苛立ちを募らせる。

「怒声も、悲鳴も、聞き慣れたものだとでもいうのか……」

 歯噛みするパトリシアを横目で見ながら、ファンも眉間に皺を寄せていた。

 ――聞き慣れたんじゃないッスね。

 ファンは、もっとダメだと感じていた。

 衛兵は笑っている。


 それは慣れているのではなく、楽しんでいるからだ。


 ――いえないッスわ……。

 こんな事をいえば、まず間違いなくパトリシアは飛び出していってしまう。

「耐えてほしいッス」

 ファンとて気にくわない光景であるが、飛び出していって、この衛兵を全員斬るというだけでは、事態は大きく動いてくれない。

「この人狩りは、領主の元に志願者が現れた証拠です。耐えて、時期を待つしかありません」

 死人はいないという言葉で、エリザベスもパトリシアを抑えた。

 少々、殴りつけられたりはしているが、精々、怪我で済んでいる。衛兵も、殺してしまう、また五体満足ではなくしてしまったのでは、領主の求める条件を外してしまう。

 城までの道々みちみち、小突いたりはあるし、場合によっては酷い怪我をしている者ならば、その場で殺して、途中で補給するという非道もあるかも知れないが、それは黙る。可能性として存在しているとしても。

 そんな村人はいつも通り、領主がテラスから見下ろす広間に集められる。

「さぁ、セーウン。斬り捨てよ」

 テラスから見下ろす広間へ、領主が上機嫌で声を向けた。

「……」

 セーウンが見回す周囲には、おっかなびっくり武器を持った村人たち。

「悪い冗談ですか?」

 セーウンがテラスを見上げてくるが、領主はひらりひらりと手を振り、セーウンの訴えなど聞かない。

「訓練した兵士や、精剣を持った剣士では、怪我をさせられては勿体ない。何、心配する事はない」

 降っていた手で、冷えた酒杯を取る。

「鍛えた技や武器だけが強さではない。数は、それそのものが強さだ」

 酒杯を煽った口でいう言葉は――、


「遠慮せず斬り捨てろ。無傷で完勝できないようでは、Lレアの精剣など無用の長物よ!」


 その言葉に含まれているのは、先日、最後の一人まで追い詰めながら、後ろから刺されるという、領主の感覚からすれば腹立たしいにも程がある敗北を見たからか。

「……」

 セーウンが剣に手を掛ける。

 その動作だけで周囲を取り囲む村人の顔に緊張が走り、セーウンが剣を抜き放つと同時口にした言葉が、ひとつの契機となる。

「私は、セーウン・ヴィー・ゲクラン」

「?」

 名乗りに深い意味はないと思っている領主は、首を傾げさせられる。セーウンと名乗っていたが、ミドルネームはヴィーというのか、というくらいしか認識しない。

 だがヴィーの名は、村人の何人かに特別な意味を持つ。

 何よりセーウン――ヴィーの目が向けられている相手は、村人ではなく、領主なのだ。

「悪徳領主を成敗して回っている剣士様の仲間だ!」

 誰かがいった。

「折角の腕試しというのなら、領主、あなたの剣士を平らげましょう」

 ヴィーの声も、やはりよく通る。
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