31 / 114
第3章「星を追った。ツキはなかった。花は咲いた」
第31話「京へはるばるのぼりゆく 」
しおりを挟む
翌日、領主は奇妙な来客を迎えた。
「通して、いただけませんか?」
ニヤニヤと笑う男は、手にしたチラシを衛兵に掲げて見せる。
退色し、少しでも乱暴に扱えば砕けてしまいそうなチラシは、もう随分と前に領主がバラ撒いたもの。
最強の戦士を募るという内容が書かれていた。
「あん?」
衛兵が眉を顰めるばかりだったのは、その男が旅支度など、まるでしていないように見えたからだ。
ベージュの長衣は外套のように見えなくもないのだが、頭に被っているエスニックターバンは明らかに華美で、流れてきたという風には見えない。それもそのはず、そのエスニックターバンは女物だ。鞄の一つも持っていないのだから、旅人だといわれれば首をかしげさせられる。
だが領主がバラ撒いたチラシは本物で――、
「ゲクラン準男爵家の者です」
準男爵という名は、衛兵が無視できないものだった。
直接、門を守っている衛兵は、街をウロウロしている者とは格が違っていた事も関係している。
「しばらく待て!」
顔を見合わせ、どうするかと相談するが、手に余る。これが食い詰めた騎士であったなら、「帰れ帰れ」と門前払いでよかったのだが、準男爵家の者だといわれてしまえば迷ってしまう。貴族の序列でいえば最下位であり、戦費調達のため乱発された爵位であるから、全員を覚えている訳ではなく、衛兵には「ゲクラン準男爵」が存在しているのかどうか分からないが。
「伝手を頼ってきました。ご領主様にお目通り叶いませんでしょうか?」
その言葉遣いは、準男爵という爵位が嘘か誠か、また一層、迷わせた。明らかに違う。二重表現、また文法の違いなど、衛兵にもう少し頭があればよかったのかも知れないが、衛兵には、この程度の言葉遣いでも止ん事無い者と映るのだから始末が悪い。
そしてできた事といえば、領主へ伺いを立てる事だ。
***
領主とて準男爵の顔など見た事がない。
だが態々、昔、バラ撒いたチラシを持って現れたという事と、最強の戦士捜しが手詰まりに感じ始めていた事とか重なり、会える事となった。
「其方が?」
応接間に入ってきた領主は、ソファーから立ち上がった男の頭から爪先まで視線を滑らせるように運んだ。
「セーウン・ゲクランです。ゲクラン準男爵家の長男で、少々、腕に覚えがあります」
「ほぅほぅ」
一礼するセーウンだが、領主は挨拶など聞いていない。聞いていたのは精々、腕に覚えがあるという事だけ。
「腕に覚えがあると言う事だが、其方、精剣は?」
その疑問は尤もだ。準男爵家の長男というのであれば、手に入れようと思えばいれられるはずなのだから。
だがセーウンは苦笑いしつつ、
「持っていません。準男爵というのも、父が買い取ったものなのです。だから一握の領地もない商家です。少し大きいくらいなもので、吹けば飛ぶような。だから――」
上着を開けて武器を持っていない事を示そうとしたのだが、手が上着にかかった時点で領主は半歩、後ろへ下がり、近衛兵が精剣の切っ先をセーウンへと向ける。
領主の盾となる近衛兵は、切っ先越しに声を向けた。
「ゆっくりだ。ゆっくりと動け」
刺客だという疑いは消えていない。二人連れではないため剣士である可能性は低いのだが、皆無ではない。事実、パトリシアはエリザベスを佩いていくという方法で逐電した。
上着の下に精剣がある可能性は警戒して当然の事だ。
「持っていません」
セーウンは苦笑いしながら、ゆっくりと上着を開けた下にも、なにもない。
セーウンの剣は、手の届かない位置に置かれた一柄だけだ。
「時代後れでしょう? 精剣ではなく、こんなものしかない」
その剣に対し、領主は一瞥するのみ。
「剣の形はしていても、飾り同然ね」
流白銀の剣も、領主からみれば地金の価値しかない。刃はついていても武器ではないというのが、今の世の常識だ。
「こんなものでも、地金の価値はありますから」
セーウンも分かっていると肩を竦めた。
「世襲とはいえ、一握の領土もなく、一人の領民もいない、貴族とは名ばかりの家です。しかしながら、だからこそ磨いた腕です」
しかし次に出す言葉は、肩を竦める事も、苦笑いする事もない。
「腕には自信があります」
全て、そこに帰結する。
「ほう……」
領主は目を細めた。その目でもう一度、セーウンの姿を頭の先から爪先までも眺める。
細いという印象は、先だってやってきた大男とは真逆だが、その実、服の上からでも分かるほど、鍛えられた身体を領主はどう思ったか?
好意的であろうと、セーウンは言葉を紡ぐ。
「お望みであれば、5人であろうと10人であろうと」
「ははははは」
領主は笑った。
「5人でも10人でも、相手にして――」
勝てるというのか、という言葉は笑いの中に隠した。領主のいいたい事は、「勝てる」という一言では納められない。
「一人も残らず一振りずつで仕留められるか?」
それくらいの自信はあるのかと問うのは、挑発以外の意味もある。
Lレアの精剣を持つに足るのだと主張するならば、首を縦に振る男であってほしいからだ。
「無論」
セーウンの言葉に、領主はまた一層、大きく笑った。
「通して、いただけませんか?」
ニヤニヤと笑う男は、手にしたチラシを衛兵に掲げて見せる。
退色し、少しでも乱暴に扱えば砕けてしまいそうなチラシは、もう随分と前に領主がバラ撒いたもの。
最強の戦士を募るという内容が書かれていた。
「あん?」
衛兵が眉を顰めるばかりだったのは、その男が旅支度など、まるでしていないように見えたからだ。
ベージュの長衣は外套のように見えなくもないのだが、頭に被っているエスニックターバンは明らかに華美で、流れてきたという風には見えない。それもそのはず、そのエスニックターバンは女物だ。鞄の一つも持っていないのだから、旅人だといわれれば首をかしげさせられる。
だが領主がバラ撒いたチラシは本物で――、
「ゲクラン準男爵家の者です」
準男爵という名は、衛兵が無視できないものだった。
直接、門を守っている衛兵は、街をウロウロしている者とは格が違っていた事も関係している。
「しばらく待て!」
顔を見合わせ、どうするかと相談するが、手に余る。これが食い詰めた騎士であったなら、「帰れ帰れ」と門前払いでよかったのだが、準男爵家の者だといわれてしまえば迷ってしまう。貴族の序列でいえば最下位であり、戦費調達のため乱発された爵位であるから、全員を覚えている訳ではなく、衛兵には「ゲクラン準男爵」が存在しているのかどうか分からないが。
「伝手を頼ってきました。ご領主様にお目通り叶いませんでしょうか?」
その言葉遣いは、準男爵という爵位が嘘か誠か、また一層、迷わせた。明らかに違う。二重表現、また文法の違いなど、衛兵にもう少し頭があればよかったのかも知れないが、衛兵には、この程度の言葉遣いでも止ん事無い者と映るのだから始末が悪い。
そしてできた事といえば、領主へ伺いを立てる事だ。
***
領主とて準男爵の顔など見た事がない。
だが態々、昔、バラ撒いたチラシを持って現れたという事と、最強の戦士捜しが手詰まりに感じ始めていた事とか重なり、会える事となった。
「其方が?」
応接間に入ってきた領主は、ソファーから立ち上がった男の頭から爪先まで視線を滑らせるように運んだ。
「セーウン・ゲクランです。ゲクラン準男爵家の長男で、少々、腕に覚えがあります」
「ほぅほぅ」
一礼するセーウンだが、領主は挨拶など聞いていない。聞いていたのは精々、腕に覚えがあるという事だけ。
「腕に覚えがあると言う事だが、其方、精剣は?」
その疑問は尤もだ。準男爵家の長男というのであれば、手に入れようと思えばいれられるはずなのだから。
だがセーウンは苦笑いしつつ、
「持っていません。準男爵というのも、父が買い取ったものなのです。だから一握の領地もない商家です。少し大きいくらいなもので、吹けば飛ぶような。だから――」
上着を開けて武器を持っていない事を示そうとしたのだが、手が上着にかかった時点で領主は半歩、後ろへ下がり、近衛兵が精剣の切っ先をセーウンへと向ける。
領主の盾となる近衛兵は、切っ先越しに声を向けた。
「ゆっくりだ。ゆっくりと動け」
刺客だという疑いは消えていない。二人連れではないため剣士である可能性は低いのだが、皆無ではない。事実、パトリシアはエリザベスを佩いていくという方法で逐電した。
上着の下に精剣がある可能性は警戒して当然の事だ。
「持っていません」
セーウンは苦笑いしながら、ゆっくりと上着を開けた下にも、なにもない。
セーウンの剣は、手の届かない位置に置かれた一柄だけだ。
「時代後れでしょう? 精剣ではなく、こんなものしかない」
その剣に対し、領主は一瞥するのみ。
「剣の形はしていても、飾り同然ね」
流白銀の剣も、領主からみれば地金の価値しかない。刃はついていても武器ではないというのが、今の世の常識だ。
「こんなものでも、地金の価値はありますから」
セーウンも分かっていると肩を竦めた。
「世襲とはいえ、一握の領土もなく、一人の領民もいない、貴族とは名ばかりの家です。しかしながら、だからこそ磨いた腕です」
しかし次に出す言葉は、肩を竦める事も、苦笑いする事もない。
「腕には自信があります」
全て、そこに帰結する。
「ほう……」
領主は目を細めた。その目でもう一度、セーウンの姿を頭の先から爪先までも眺める。
細いという印象は、先だってやってきた大男とは真逆だが、その実、服の上からでも分かるほど、鍛えられた身体を領主はどう思ったか?
好意的であろうと、セーウンは言葉を紡ぐ。
「お望みであれば、5人であろうと10人であろうと」
「ははははは」
領主は笑った。
「5人でも10人でも、相手にして――」
勝てるというのか、という言葉は笑いの中に隠した。領主のいいたい事は、「勝てる」という一言では納められない。
「一人も残らず一振りずつで仕留められるか?」
それくらいの自信はあるのかと問うのは、挑発以外の意味もある。
Lレアの精剣を持つに足るのだと主張するならば、首を縦に振る男であってほしいからだ。
「無論」
セーウンの言葉に、領主はまた一層、大きく笑った。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
唯一平民の悪役令嬢は吸血鬼な従者がお気に入りなのである。
彩世幻夜
ファンタジー
※ 2019年ファンタジー小説大賞 148 位! 読者の皆様、ありがとうございました!
裕福な商家の生まれながら身分は平民の悪役令嬢に転生したアンリが、ユニークスキル「クリエイト」を駆使してシナリオ改変に挑む、恋と冒険から始まる成り上がりの物語。
※2019年10月23日 完結
新作
【あやかしたちのとまり木の日常】
連載開始しました
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる