女神の白刃

玉椿 沢

文字の大きさ
43 / 114
第4章「母であり、姉であり、相棒であり……」

第43話「夜半の月 変わらぬ光 誰がためぞ」

しおりを挟む
 ふとファンは夢を見た。


 精剣せいけんの出現で弟子が激減した道場の夢だ。


 学生もおらず、弟子と呼べるのはファンとヴィーだけの道場で、師は二人にあらゆる事を叩き込んだ。今、インフゥがやっているような反復練習など、まだ刺激がある部類に入る。

 ――肩伸けんしん、始め!

 肩伸などと大層な名前がついているが、これは柔軟体操のようなもので、必要なのかどうかが理解できるまで、ファンもヴィーも苦労させられた。

 柔軟体操と走る事ばかりで、実際に剣を触っている時間は少なかったように思えていた頃、ファンはよく感じていた事がある。

 今日、ファンがエルにいった不条理だ。

 果たして精剣のスキルに対し、この剣技がどれだけの役に立つのか、と。

「……」

 その疑問に対する答えならば、既に手に入れていると思った所でファンは目が覚めた。顔に差し掛かる月明かりで、まだ寝ていてもいい時間である事は分かったが、いつも朝まで目が覚めないファンは違和感と共に身体を起こす事になる。

 ファンの目を覚まさせた違和感とは――、

「へェ……」

 ファンが思わず声を上げてしまったのは、インフゥが今も剣を振るっていたからだ。一日やそこらで何が掴めるというものでもないが、今のインフゥは反復練習をファンからいわれた通り、正確な姿勢で行っていた。

「ふぅ……ふぅ……」

 肩で息をし、額には玉の汗が浮かんでいるのだから、夜中に目が覚めたから続けているというのではないのだろう。

 それはファンがすぐそばに来ているのに気付かないくらいだったのだから。

「おい」

 ファンに声を掛けられ、やっとインフゥは顔を上げられた。

「あ、ファンさん。すみません。集中していて、気が付かなくって」

 本来ならば、それは悪い事ではないのかも知れない。

「次から周囲にも気を配れ」

 だがファンは、良い事ではないと断じた。

「はい……」

 恐縮するインフゥに対し、ファンは首を傾げるように木人形を見遣り、

「本当に、これで精剣に対抗できると思うか?」

 ファンがそんな事を訊ねたのは、自分の修業時代の夢を見たからかもしれない。

 爪先で踏み切らないのだから走る事に向かないあしで、切っ先が届く範囲は攻撃系のスキルよりも圧倒的に狭いのだから、剣士がこの修練を見ていだく感想は「ただの的」だと想像できてしまう。

「できると思ってます」

 だがインフゥは言い切った。

「本当に?」

 世辞かとファンはインフゥへ視線を戻したが、世辞をいっている雰囲気ではなかった。

「早く動く方法があって、それはコツ……骨子こっしがないとできないから、今、姿勢を整えさせてるんでしょ? あと、今、周りにも目を配れっていっていたのは、相手の一カ所だけ睨んでたらダメな理由があるから」

 インフゥの言葉にファンは軽い驚きを覚えた。

「だから全部、できるようになったら、勝てないかも知れないけど、負けない」

 その完成した姿がファンであるから、インフゥの言葉は正解である――となると、ファンも意外そうに目を見開き、続いて苦笑いと共に言葉を紡ぐ。

「人間の身体は、動こうする時に兆しを見せてしまう。まず視線が動く。次に踏み込むための重心移動が起きて、脚が動いて踏み込む――それを察知できれば、意外と避けるのは難しくない」

 だから踏み切る動作は禁物であり、視線を集中させるのではなく、視野を広くする必要がある。

「そして精剣を持ってる剣士がスキルを使う際にも、それはある。精剣を振りかぶる、精剣を持っていない方の手で指差す、そういうのがなくても、こっちを見てくる、などなどなど。それが分かれば、回避できる」

 余程の大規模攻撃ならば無理だが、今までファンが相手にしてきた剣士は、大きいといっても精々、大型肉食獣くらいを想定している攻撃しかなかった。

「そして、防御の基本はそれ。攻撃にも、それを応用する」

 ファンが木剣を取る。

「突く動作だったら、的を見る、荷重移動させて前へ出る、切っ先を突き出す……と簡単にいうと、これくらいの動作が必要だ。だがわざと、この動作を抜いて・・・やると――」

「!?」

 今度はインフゥが驚かされた。


 ファンの身体が瞬間移動したかと思う程のスピードで的に指を突き立てていたからだ。


 それは敵が皆、驚愕していたファンの動きだ。

「予兆として現れる連続動作の一部を、意図的に抜く・・。そうなると、目の前で起きている事と、予想した動きがずれてしまうから、こっちが異様な速さで動いてるように見える」

「……」

 圧倒されているインフゥにファンの言葉が届いているかどうかは分からないが、こればかりは分かり易く説明する事がファンにもできない。ファンが教えられ、骨子こっし要諦ようていを掴んだのが、この言葉だったのだから。この説明ができるかどうかが、伝教でんきょうの資格を得られているかどうかの違いだ。

 しかしインフゥは、感じ取った。

「できるようになれば、俺も……」

 諦めるのではなく、活路を見つけたと確信したのだから。

「攻撃、回避、防御……そんな動作を同時に行えば、相手の3倍、速く動ける」

 ファンは言葉の終わりに、深く息を吐き出した。それは溜息ではなく、深呼吸だ。

「ついてこられるかどうかは分からないが、ついてこい」

「はい」

 インフゥは頷くと、また木人形に対し、木剣を構えた。

「ただ、夜は寝ろ。動くなら昼間だ。人間は、お日様と一緒に起きて、お日様が沈んでから寝る」

「……はい」

 そこは不承不承ふしょうぶしょうのインフゥであったのだが、ファンは楽をしろとはいっていない。

「寝てる間も、俺がいった事を頭の中で繰り返して、身体に叩き込め。夜は、それが修練だ」

 それだけで、ファンはインフゥの返事は待たなかった。

 ――この分なら、早い内に村に戻れるッスかね?

 ファンの頭には、インフゥを村に戻す算段を立てる方に向いていたのだ。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。 ふとした事でスキルが発動。  使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。 ⭐︎注意⭐︎ 女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。

処理中です...