女神の白刃

玉椿 沢

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第5章「大公家秘記」

第56話「粘土と木とで作ろうよ 綺麗な綺麗なお姫様」

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 シュティレンヒューゲルを通り越し、更に東へ向かった先、ゴッテスフルスにその三世大帝と大公の姉が住まう教会は存在する。帝都に程近く、かといって中央ではない、そんな場所である所に大帝家の苦悩が窺える。

 しかし教会の敷地と外を隔てている門を見て、ファンが抱く感想は……、

いかつい門ッスねェ」

 馬車の御者席に座っているファンは、それなりに高い場所にいるにも関わらず見上げなければならない程の惣門そうもんに感嘆の吐息を漏らした。

 隣に座り、同じく見上げているヴィーも、この門だけを見るならば、ここが女しかいない聖域であるとは思えない。

「移築されたものだからね」

「移築ですか?」

 エルの声はキャビンから。

「ええ」

 ヴィーは頷き、


「シュティレンヒューゲルから」


 その一言には、ファンとエルの視線を門から外させる力があった。

「惣門に神殿、客殿に至るまで、シュティレンヒューゲルから御殿を引いて移してきた」

 御殿といわれても、これ程の門を持つ御殿など国中を探しても少数だ。

 大公以外に有り得ず、エルの口からも出て来た。

「大公殿下ですか」

「そう。大公殿下の、姉君へのお気持ち」

 大公が移築させた御殿とは、大帝家が大帝位を確立する前から維持してきたものであり、三世大帝と大公、その姉にとっても生家である。

 荘園も持つ教会であるが、軟禁同然に過ごす不自由に対し、大公がせめてもの慰めにと考えての事だった。

「開門を願います」

 門外にて来訪を告げるヴィーも、気持ち、恭しい態度を深めていた。

「セーウン・ヴィー・ゲクランにございます」

 前もって書面を往復させて確認を取ってはいるが、大帝家の息女と面会するというのは緊張する。大帝家にとっては厄介者に違いない事が、この場合は更に重い。

「はい」

 侍従はにっこりと笑って掃除道具を片手にまとめて持ち替えた。その態度が若干、ヴィーの重圧を軽くした。

 当然、待つ事になる。教会の敷地面積は100タント――畑にすれば100人が1年間、食べられるだけの穀物を栽培できるくらい広いのだから、その時間も長い。

「……静かなところですね……」

 口を開けたのは、姉君の立場に必要以上の緊張を覚えないインフゥだった。

「そりゃ、教会ッスからね」

 騒がしい環境にしていい場所ではない、と周囲を見回すファンは、惣門と壁に阻まれた教会の敷地は殆ど見えないが、それでも雰囲気を感じ取る事はできる。大公が自身の御殿を移築させただけでなく、父親である二世大帝や、弟である三世大帝も様々な援助をしたのだろうという事がうかがえた。

 ――木ひとつしても、考えて植えられてる。

 ファンは庭園や邸宅の建築は門外漢であるが、それでも分かる。

 華美になれば、また豪華すぎれば、大帝家を支える譜代臣からの反発もあるが、この教会全体から感じるのは慈しみの心だ。

「姉君……テンジュ様が、二代宰相の元へ、お家の政略で嫁いだのは7歳の頃だったんです」

 エルはインフゥの傍に腰を下ろし、スッと惣門を指差した。


 そこにある紋章は大帝家のものではなく、宰相家のものが掲げられている。


 教会は徹底的に滅ぼされた宰相家に対する鎮魂の意味を持つといわれている。だから大公や三世大帝が援助しているのは、不遇の死を遂げた宰相の祟りを避けるため、という大義名分によるものとできる。

「7歳……」

 インフゥも驚く。インフゥには自分が特に幼いという意識はないのだが、年下は幼いと思ってしまう。

「そのまま、宰相家が滅んだのは19歳の時。皇都に程近い宰相の居城落城の定めにあうも、危ういところで炎の中から救出された方ですよ」

 何という運命であろうか、とエルも思う。ビゼン子爵家に仕えるメイドに過ぎないエルには、想像しかできない世界だ。

「……」

 その存在、運命は、インフゥの想像力も刺激し、ファンやヴィー以上の緊張を強いていく。

 ――どんな人なんだろう?

 当時、この国最高の権力を握った宰相家へと嫁いだのだから、その容姿に一点の曇りがない事は想像し易い。

 だがこの運命に立ち向かう強さは、ただ優しく美しい人を想像させなかった。

「!」

 そんな緊張感の中、惣門が開かれる。

 ザッと教会の方から風が吹いたかと思うと、そこに立つ人影は侍従だけではなかった。

 数名の侍従が並び、その一歩前に質素な印象を受けるものの、決して粗末ではない法衣を纏う女が一人。

「ようこそ――」

 その透き通る声が、ファン一座へと向けられた。

「テンジュにございます」


 大帝の姉君自らが、旅芸人といういやしい身分の者達の前へ足を運んだのだ。


「は、ははッ」

 驚いて止まってしまっていたファンは、慌てて膝を着くしかなかった。
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