56 / 114
第5章「大公家秘記」
第56話「粘土と木とで作ろうよ 綺麗な綺麗なお姫様」
しおりを挟む
シュティレンヒューゲルを通り越し、更に東へ向かった先、ゴッテスフルスにその三世大帝と大公の姉が住まう教会は存在する。帝都に程近く、かといって中央ではない、そんな場所である所に大帝家の苦悩が窺える。
しかし教会の敷地と外を隔てている門を見て、ファンが抱く感想は……、
「厳つい門ッスねェ」
馬車の御者席に座っているファンは、それなりに高い場所にいるにも関わらず見上げなければならない程の惣門に感嘆の吐息を漏らした。
隣に座り、同じく見上げているヴィーも、この門だけを見るならば、ここが女しかいない聖域であるとは思えない。
「移築されたものだからね」
「移築ですか?」
エルの声はキャビンから。
「ええ」
ヴィーは頷き、
「シュティレンヒューゲルから」
その一言には、ファンとエルの視線を門から外させる力があった。
「惣門に神殿、客殿に至るまで、シュティレンヒューゲルから御殿を引いて移してきた」
御殿といわれても、これ程の門を持つ御殿など国中を探しても少数だ。
大公以外に有り得ず、エルの口からも出て来た。
「大公殿下ですか」
「そう。大公殿下の、姉君へのお気持ち」
大公が移築させた御殿とは、大帝家が大帝位を確立する前から維持してきたものであり、三世大帝と大公、その姉にとっても生家である。
荘園も持つ教会であるが、軟禁同然に過ごす不自由に対し、大公がせめてもの慰めにと考えての事だった。
「開門を願います」
門外にて来訪を告げるヴィーも、気持ち、恭しい態度を深めていた。
「セーウン・ヴィー・ゲクランにございます」
前もって書面を往復させて確認を取ってはいるが、大帝家の息女と面会するというのは緊張する。大帝家にとっては厄介者に違いない事が、この場合は更に重い。
「はい」
侍従はにっこりと笑って掃除道具を片手に纏めて持ち替えた。その態度が若干、ヴィーの重圧を軽くした。
当然、待つ事になる。教会の敷地面積は100タント――畑にすれば100人が1年間、食べられるだけの穀物を栽培できるくらい広いのだから、その時間も長い。
「……静かなところですね……」
口を開けたのは、姉君の立場に必要以上の緊張を覚えないインフゥだった。
「そりゃ、教会ッスからね」
騒がしい環境にしていい場所ではない、と周囲を見回すファンは、惣門と壁に阻まれた教会の敷地は殆ど見えないが、それでも雰囲気を感じ取る事はできる。大公が自身の御殿を移築させただけでなく、父親である二世大帝や、弟である三世大帝も様々な援助をしたのだろうという事が窺えた。
――木ひとつしても、考えて植えられてる。
ファンは庭園や邸宅の建築は門外漢であるが、それでも分かる。
華美になれば、また豪華すぎれば、大帝家を支える譜代臣からの反発もあるが、この教会全体から感じるのは慈しみの心だ。
「姉君……テンジュ様が、二代宰相の元へ、お家の政略で嫁いだのは7歳の頃だったんです」
エルはインフゥの傍に腰を下ろし、スッと惣門を指差した。
そこにある紋章は大帝家のものではなく、宰相家のものが掲げられている。
教会は徹底的に滅ぼされた宰相家に対する鎮魂の意味を持つといわれている。だから大公や三世大帝が援助しているのは、不遇の死を遂げた宰相の祟りを避けるため、という大義名分によるものとできる。
「7歳……」
インフゥも驚く。インフゥには自分が特に幼いという意識はないのだが、年下は幼いと思ってしまう。
「そのまま、宰相家が滅んだのは19歳の時。皇都に程近い宰相の居城落城の定めにあうも、危ういところで炎の中から救出された方ですよ」
何という運命であろうか、とエルも思う。ビゼン子爵家に仕えるメイドに過ぎないエルには、想像しかできない世界だ。
「……」
その存在、運命は、インフゥの想像力も刺激し、ファンやヴィー以上の緊張を強いていく。
――どんな人なんだろう?
当時、この国最高の権力を握った宰相家へと嫁いだのだから、その容姿に一点の曇りがない事は想像し易い。
だがこの運命に立ち向かう強さは、ただ優しく美しい人を想像させなかった。
「!」
そんな緊張感の中、惣門が開かれる。
ザッと教会の方から風が吹いたかと思うと、そこに立つ人影は侍従だけではなかった。
数名の侍従が並び、その一歩前に質素な印象を受けるものの、決して粗末ではない法衣を纏う女が一人。
「ようこそ――」
その透き通る声が、ファン一座へと向けられた。
「テンジュにございます」
大帝の姉君自らが、旅芸人という賤しい身分の者達の前へ足を運んだのだ。
「は、ははッ」
驚いて止まってしまっていたファンは、慌てて膝を着くしかなかった。
しかし教会の敷地と外を隔てている門を見て、ファンが抱く感想は……、
「厳つい門ッスねェ」
馬車の御者席に座っているファンは、それなりに高い場所にいるにも関わらず見上げなければならない程の惣門に感嘆の吐息を漏らした。
隣に座り、同じく見上げているヴィーも、この門だけを見るならば、ここが女しかいない聖域であるとは思えない。
「移築されたものだからね」
「移築ですか?」
エルの声はキャビンから。
「ええ」
ヴィーは頷き、
「シュティレンヒューゲルから」
その一言には、ファンとエルの視線を門から外させる力があった。
「惣門に神殿、客殿に至るまで、シュティレンヒューゲルから御殿を引いて移してきた」
御殿といわれても、これ程の門を持つ御殿など国中を探しても少数だ。
大公以外に有り得ず、エルの口からも出て来た。
「大公殿下ですか」
「そう。大公殿下の、姉君へのお気持ち」
大公が移築させた御殿とは、大帝家が大帝位を確立する前から維持してきたものであり、三世大帝と大公、その姉にとっても生家である。
荘園も持つ教会であるが、軟禁同然に過ごす不自由に対し、大公がせめてもの慰めにと考えての事だった。
「開門を願います」
門外にて来訪を告げるヴィーも、気持ち、恭しい態度を深めていた。
「セーウン・ヴィー・ゲクランにございます」
前もって書面を往復させて確認を取ってはいるが、大帝家の息女と面会するというのは緊張する。大帝家にとっては厄介者に違いない事が、この場合は更に重い。
「はい」
侍従はにっこりと笑って掃除道具を片手に纏めて持ち替えた。その態度が若干、ヴィーの重圧を軽くした。
当然、待つ事になる。教会の敷地面積は100タント――畑にすれば100人が1年間、食べられるだけの穀物を栽培できるくらい広いのだから、その時間も長い。
「……静かなところですね……」
口を開けたのは、姉君の立場に必要以上の緊張を覚えないインフゥだった。
「そりゃ、教会ッスからね」
騒がしい環境にしていい場所ではない、と周囲を見回すファンは、惣門と壁に阻まれた教会の敷地は殆ど見えないが、それでも雰囲気を感じ取る事はできる。大公が自身の御殿を移築させただけでなく、父親である二世大帝や、弟である三世大帝も様々な援助をしたのだろうという事が窺えた。
――木ひとつしても、考えて植えられてる。
ファンは庭園や邸宅の建築は門外漢であるが、それでも分かる。
華美になれば、また豪華すぎれば、大帝家を支える譜代臣からの反発もあるが、この教会全体から感じるのは慈しみの心だ。
「姉君……テンジュ様が、二代宰相の元へ、お家の政略で嫁いだのは7歳の頃だったんです」
エルはインフゥの傍に腰を下ろし、スッと惣門を指差した。
そこにある紋章は大帝家のものではなく、宰相家のものが掲げられている。
教会は徹底的に滅ぼされた宰相家に対する鎮魂の意味を持つといわれている。だから大公や三世大帝が援助しているのは、不遇の死を遂げた宰相の祟りを避けるため、という大義名分によるものとできる。
「7歳……」
インフゥも驚く。インフゥには自分が特に幼いという意識はないのだが、年下は幼いと思ってしまう。
「そのまま、宰相家が滅んだのは19歳の時。皇都に程近い宰相の居城落城の定めにあうも、危ういところで炎の中から救出された方ですよ」
何という運命であろうか、とエルも思う。ビゼン子爵家に仕えるメイドに過ぎないエルには、想像しかできない世界だ。
「……」
その存在、運命は、インフゥの想像力も刺激し、ファンやヴィー以上の緊張を強いていく。
――どんな人なんだろう?
当時、この国最高の権力を握った宰相家へと嫁いだのだから、その容姿に一点の曇りがない事は想像し易い。
だがこの運命に立ち向かう強さは、ただ優しく美しい人を想像させなかった。
「!」
そんな緊張感の中、惣門が開かれる。
ザッと教会の方から風が吹いたかと思うと、そこに立つ人影は侍従だけではなかった。
数名の侍従が並び、その一歩前に質素な印象を受けるものの、決して粗末ではない法衣を纏う女が一人。
「ようこそ――」
その透き通る声が、ファン一座へと向けられた。
「テンジュにございます」
大帝の姉君自らが、旅芸人という賤しい身分の者達の前へ足を運んだのだ。
「は、ははッ」
驚いて止まってしまっていたファンは、慌てて膝を着くしかなかった。
10
あなたにおすすめの小説
ダンジョン美食倶楽部
双葉 鳴
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。
身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。
配信で明るみになる、洋一の隠された技能。
素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。
一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。
※カクヨム様で先行公開中!
※2024年3月21で第一部完!
異世界に降り立った刀匠の孫─真打─
リゥル
ファンタジー
異世界に降り立った刀匠の孫─影打─が読みやすく修正され戻ってきました。ストーリーの続きも連載されます、是非お楽しみに!
主人公、帯刀奏。彼は刀鍛冶の人間国宝である、帯刀響の孫である。
亡くなった祖父の刀を握り泣いていると、突然異世界へと召喚されてしまう。
召喚されたものの、周囲の人々の期待とは裏腹に、彼の能力が期待していたものと違い、かけ離れて脆弱だったことを知る。
そして失敗と罵られ、彼の祖父が打った形見の刀まで侮辱された。
それに怒りを覚えたカナデは、形見の刀を抜刀。
過去に、勇者が使っていたと言われる聖剣に切りかかる。
――この物語は、冒険や物作り、によって成長していく少年たちを描く物語。
カナデは、人々と触れ合い、世界を知り、祖父を超える一振りを打つことが出来るのだろうか……。
科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜
難波一
ファンタジー
「魔法ってのは……要はエネルギーの制御だろ?」
高校生にして超人的な科学知識を持つ天才・九条迅は、ある日、異世界アルセイア王国に「勇者」として召喚された。
だが、魔王軍との戦争に駆り出されると思いきや——
「お前、本当に勇者か? 剣も魔法も、まともに使えないのか……?」
「科学的に考えれば、魔法ってのはもっと進化できるはずだ!」
剣も魔法も素人の迅だったが、「魔法を科学的に解析し、進化させる」という異端の方法で異世界の常識を根底から覆し始める!
魔法の密度を最適化した「魔力収束砲」
魔法と人体の関係を解明し、魔力を増大させる「魔力循環トレーニング」
神経伝達を強化し、攻撃を見切る「神経加速《ニューロ・ブースト》」
次々と編み出される新技術に、世界は驚愕!
やがて、魔王軍の知将《黒の賢者》アーク・ゲオルグも迅の存在に興味を持ち始め——
「科学 vs 魔法」「知能 vs 知能」
最強の頭脳戦が今、幕を開ける——!
これは、「魔法を科学で進化させる勇者」が、異世界を変革していく物語!
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~
shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて
無名の英雄
愛を知らぬ商人
気狂いの賢者など
様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。
それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま
幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。
『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』
KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。
日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。
アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。
「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。
貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。
集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。
そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。
これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。
今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう?
※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは
似て非なる物として見て下さい
【完結】竜騎士の私は竜の番になりました!
胡蝶花れん
ファンタジー
ここは、アルス・アーツ大陸。
主に5大国家から成り立つ大陸である。
この世界は、人間、亜人(獣に変身することができる。)、エルフ、ドワーフ、魔獣、魔女、魔人、竜などの、いろんな種族がおり、また魔法が当たり前のように使える世界でもあった。
この物語の舞台はその5大国家の内の一つ、竜騎士発祥の地となるフェリス王国から始まる、王国初の女竜騎士の物語となる。
かくして、竜に番(つがい)認定されてしまった『氷の人形』と呼ばれる初の女竜騎士と竜の恋模様はこれいかに?! 竜の番の意味とは?恋愛要素含むファンタジーモノです。
※毎日更新(平日)しています!(年末年始はお休みです!)
※1話当たり、1200~2000文字前後です。
【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。
大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。
そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。
しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。
戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。
「面白いじゃん?」
アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。
魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る
ムーン
ファンタジー
完結しました!
魔法使いの国に生まれた少年には、魔法を扱う才能がなかった。
無能と蔑まれ、両親にも愛されず、優秀な兄を頼りに何年も引きこもっていた。
そんなある日、国が魔物の襲撃を受け、少年の魔物を操る能力も目覚める。
能力に呼応し現れた狼は少年だけを助けた。狼は少年を息子のように愛し、少年も狼を母のように慕った。
滅びた故郷を去り、一人と一匹は様々な国を渡り歩く。
悪魔の家畜として扱われる人間、退廃的な生活を送る天使、人との共存を望む悪魔、地の底に封印された堕天使──残酷な呪いを知り、凄惨な日常を知り、少年は自らの能力を平和のために使うと決意する。
悪魔との契約や邪神との接触により少年は人間から離れていく。対価のように精神がすり減り、壊れかけた少年に狼は寄り添い続けた。次第に一人と一匹の絆は親子のようなものから夫婦のようなものに変化する。
狂いかけた少年の精神は狼によって繋ぎ止められる。
やがて少年は数多の天使を取り込んで上位存在へと変転し、出生も狼との出会いもこれまでの旅路も……全てを仕組んだ邪神と対決する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる