女神の白刃

玉椿 沢

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第5章「大公家秘記」

第77話「ライオンと一角獣が王冠をめぐって戦った」

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 筋力の2割を減衰させたとしても、首に腕を巻き付けて密着し、全体重を掛けたパトリシアを弾き飛ばすような真似は、メーヘレンには不可能だった。

 呼吸の阻害そがいは感覚の消失、すなわち立てなくなる事は、戦いにいては敗北となる。

「勝者、赤方!」

 審判は声を張り上げるのだが、この声に張りはなかった。この場にいる誰もが拍子抜けする、子どものケンカのような決着なのだから。

 それとは裏腹に、大公の気持ちは盛り上がっていた。

 ――精剣の格だけで勝負が決まらぬか。

 4人の勝者よりも、敗者に意識が向くからだ。

 ――相手をあなどるから敗れる。成る程。

 戦乱の世を直接、知らない大公であるが、大帝家の男子としての教育は受けている。精剣が出現する以前の事であるから、多くの貴族が忘れていったものであるが、大公は覚えていた。

 ――敵の事、自分の事、その双方を知って尚、必勝は有り得ない。自身の事を知っていれば、敵の事を知らずとも一勝一敗できる。しかし敵も己も知らなければ必ず敗れる。

 勝敗を分けたのは勝因ではなく敗因――ムンやミョンに敗れる原因があったからだ、と感じるセンスが大公にはある。

 ――自分の力を知らず、また相手の力も侮って分析もしないが故に敗れた。

 大公は興味深いと感じる事ばかりだが、陪観ばいかんしている貴族には、それをどう感じているかといえば――、

「期待した程の剣士は、集まらなかったのですな」

 審判の声に張りがなかった理由と同じ。

 精剣を手にした剣士が対峙するとなれば、もっと派手に、大規模なスキルの応酬があると思っていた。現実には、ムンやファル・ジャルが思っていたように、大規模、高火力のスキルは貴族たちを巻き込むため使えないのだが、そんな事は念頭にない。

「あのように血だるまになり、最後は子供のケンカのような首絞めなど……」

 それは貴人が好まぬ姿だ。


 貴族たちにとって、パトリシアやインフゥは無様・・、そんな4人に敗れた剣士は弱小・・――そんな印象のみ。


「……」

 そんな貴族たちに、大公が何を思っているかを窺い知る事はできない。

 ――ヴィーがそばで説明してくれればよかったな。

 大公が思うのは、ヴィーならば失われつつある御流儀ごりゅうぎの剣技の知識を用いて、誰が何を考えているのかを解説できただろうに、という事。

 だが、それがあったとしても、貴族達が退屈に感じなかったかどうかははなはだ怪しいものであるが。

「次が最後と相成あいなります」

 審判の声に意識を向ける貴族は減っていた。待ちに待った最終戦ではなく、やっと終わってくれるという想いすらある。

「赤方、ファン・スーチン・ビゼン」

 だがファンの名前は、多少、興味を引いてくれた。

「ビゼン家? ドュフテフルスの?」

 大帝家の遠縁に当たる名家だ。

「しかし、赤方といったか?」

 今まで黒方が先に呼ばれていたのに、最終戦のみ赤方が先に呼ばれた事に気付いた者もいる。

 ファンが陣幕をくぐり、エルが続く。二人も赤方が先に呼ばれた事を若干、気にしているようではあった。

 だがハッキリと顔に出すような事はなく、大公と貴族へ一礼し、所定の位置へ着く。ユージンやパトリシアの様子を見るに、ここで行われているのは演舞の延長にあるようなものではない。

 ファンの緊張感が増す中、審判役が告げる。

「黒方」

 その名は――、


「セーウン・ヴィー・ゲクラン!」


 陣幕を潜って現れるのは兄弟弟子の姿。

「ヴィー?」

 ファンが驚きに目を見開く。ヴィーは精剣を持っていなかったはずだからだ。

 ヴィーに続いて入ってくるのは、見慣れない女だった。不機嫌そうな顔をしているのは、粗末な服を着ているからだと分かる程。

「あの方……」

 エルが覚えていた。

「パトリシアさんが仕えていた女領主……?」

 呟く程の声であったが、ファンが聞き逃すはずがない。

「馬鹿な。ヴィーが斬ったんじゃないのか?」

 そういった直後、ファンは女領主の死体を見ていない事に気付いた。

 ――ヴィーが持っていった? Lレアに惹かれるような奴じゃないだろう。

 幼なじみであり兄弟弟子でもあるヴィーの印象と、Lレアを宿している女領主を連れていくという行動が、どうしてもファンの中で重ならない。

 だが現実だ。

 ヴィーはLレアを持ち、ファンの前へと現れた。

「赤方、ファン・スーチン・ビゼン! 黒方、セーウン・ヴィー・ゲクラン!」

 審判役が改めて名を継げ、始めと大声で告げた。

「抜剣」

 ヴィーの声に応え、精剣が顕現する。

 旋回する虹色の輝きと、それを切り裂く白銀の閃光。

 現れ出でるLレアの精剣。

「ヴァラー・オブ・ドラゴン」
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