女神の白刃

玉椿 沢

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第6章「讃洲旺院非時陰歌」

第87話「そーっと覗いてみてみると」

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 意味としては「ノーマルにあらず」なのだから、アブノーマルという名称は間違ってはいない。

 間違ってはいないのだが――、

「冗談みたいな名前ッスねェ」

 思わず芸人の顔が出てしまうくらいだから、ファンは冗談だと思っている。

 正確に言うならば、アブノーマルとは異常・・を意味するのだから。

「いやいや、笑いやすがね、あるんですよ、コレか」

 コボルトが手をプラプラと振り、笑いながら話すも のだから、それこそ寸劇のネタにしかなっていないように思える。

「ンな方法があったら、態々わざわざ、遺跡にコインやメダルを持っていかないッスよ」

 そういう相手と実際に戦ってきたファンであるから、仮にアブノーマルという変化の方法あるとしても、そのアブノーマル自体はHレアやSレアに比べれば格が低いに違いないと見ていた。

「強ければ取り合いになるっしょ、普通は」

 そんな話はファンとて聞いた事がない。

「材料にしたら有効っていうのなら、もっと広まってるッスよ」

 コインを使えばいくらでも出てくるのがノーマルなのだから、それこそオーク牧場を持っていたインフゥの村など、アブノーマルにできる精剣はいくらでもあったはずだ。

 強い訳ではなく、また格の高い精剣の強化で有利になる訳でもない、と判断するのが順当だ。

 ――寧ろ価値がないくらい?

 そこまで思うのだが、流石のファンも口にはしない。

「あるんですよぅ、本当に」

 だがコボルトは続けようとしたが、一瞬、言いよどむ。。

「えっと……」

 コボルトがファンに手を向けるのは、互いに名前も名乗っていないからだった。

「あァ、ごめんッス。自分、ファンって名前ッス。旅芸人なんスけど、たまたま里帰りして来たところでして。こっち、エル。相方ッス」

「遅くなってしまいまして」

 エルが一礼すると、コボルトの方はファンへ向けていた手を引き寄せて顎を撫で、

「ははぁ、ビゼン子爵家のお二人でやしたか」

 顔こそ覚えていなかったが、ドュフテフルスで旅芸人をしている剣士で、ファンとエルのコンビならば有名だ。

「剣士は副業、本業は旅芸人っていう話、有名でやすよ。いや皮肉とか嫌味とか、そんなんじゃないでやすよ。ただね――」

 コボルトはへへっと薄笑いするが、そこに誤魔化しや世辞がない事は明白である。

「ファン様――」

「呼び捨てでいいッスよ。自分が偉い訳じゃねェですし。それより、コボルトさん、名前は?」

「あたしゃムゥチっていいやす」

 ムゥチはわざとらしい程、深々と頭を下げた。

 そして下げたまま、奥に座っているエルフを手で示すのだが、

「あっちのハーフエルフは――」

「ハーフエルフさんには、ないっていってませんでしたか?」

 エルが不思議そうに首を傾げると、ムゥチは「ありますよぅ」と少し困ったような顔をした。

「ネーんでさぁ……って……」

 ファンもエルと同じように目を瞬かせていたが、自分でいって、やっと気が付いた。


「ネーが名前か!」


 こういう口調のムゥチであるから、「ない」を「ねェ」と発音しているのかと思っていたが、「ネー」というのが彼女の名前なのだ。

「でも、ネーって古いエルフの言葉で、否定を意味する単語ですよね?」

 ムゥチが着けたのだとしたら酷いセンスだというエルであるが、無論、ムゥチがつけた訳ではない。

「違いますよぅ。この子は、あの戦乱の時期に、持て余し気味だったウッドエルフにも見捨てられちまったんでさ」

 エルフの閉鎖的な環境は、他種族とのハーフの存在を許容しにくい。それが被差別階級に落とされてしまったのでは、ハーフエルフをかくまう余裕などなくなって当然といえる。

「何て呼べばいいッスか?」

 ファンも迷ってしまうのだが、ハーフエルフが顔を上げると、

「ネーで大丈夫です」

 ただ目は伏せたままで、思わずムゥチが割り込んでくる。

「小さくなっちまうのは、勘弁くだせェや。エルフとなると、精剣を宿すのは最適ってんで……」

 長命のエルフは、母から娘へ精剣を引き継いでいく必要が薄い。被差別階級でもあり、容姿の美しさで奴隷として売り買いされている状況も手伝い、ネーの境遇は酷いの一言では表しきれない程の筈だ。

 今、人の目をまともに見るない事など、その最たるもの。

「精剣の所有者になる方法っていうのは、分かり易いので二つありやす」

 ムゥチが二本指を立てて見せた。

「ファンとエルみたいに、夫婦か姉弟かってくらい強い信頼関係があるか、もしくは……」

 ムゥチも、次に出す言葉は声を潜ませる。


「……隷属でやすね……」


 そういう関係にある剣士と女を、ファンも掃いて捨てる程、見てきた。フミの領地にいたプロミネンスを持った剣士や上覧試合のミョンやムンなど、まさにそれだった。

「へへへ……嫌な世の中でやしょう?」

 ムゥチとネーがヘンドをしている理由は、食っていくすべが余りにも限られすぎているからである。

 そこでムゥチは手を鳴らし、「この話はお終い!」と明るい声を出した。

「で、そのアブノーマルでやすが、アブノーマルに変化させようとすると、剣士も女も、信頼関係を維持できるかどうか分からねェんでやす。変化ですから、二人の心情にも変化が起きるんでやすね」

 それにはエルが思案顔になる。

「変化……ですか」

「どうも、相手の欠点を我慢できなくなるらしいんでやす。今だと、問題になってない、しょうがないなぁ、くらいで済ませられる事が済ませられなくなったりでやす。これが信頼関係を維持しづらくするんでやす。そして逆に、隷属となると……」

「いや、想像つくッス」

 ムゥチが声を潜めた事で、ファンも察した。隷属してる主人の欠点が我慢できなくなれば、未来は絶望にしか繋がっていない。

 絶望――即ち、自死じしだ。

「そんなでやすから、一般的になりようがねェんでさ」

 知らない人が多いのも無理はないというのは、ムゥチの説明だけで十分だろう。

「けど、あたしゃ思うんでやすよ。ファンとエルなら、そんなのも乗り越えられるかも知れない……ってね」

 だからこんな話をしてしまったのだ、といったムゥチは、沈黙が訪れようとする寸前、口を押さえて大仰に仰け反った。

「あ痛たたたたたたた……」

「どうしました?」

 エルが慌てるが、ムゥチはひょろりと戯けた顔に変わると、

「ヘンドのくせに、真面目な事をいっちまいやしたから、舌をっちまいやしてね」

「舌は攣らないッスよ!」

 ペシッとムゥチの背を叩くファンだったが、間髪入れずにエルがファンの後頭部を平手打ちした。

「ファン、それは私の立ち位置ですよ」

 話術に於いては、ファンがボケ、エルがツッコミだったはずだ。

「ふふふ」

 そんな遣り取りを見て、ネーも笑った。
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