19 / 30
第19話
しおりを挟む
最後の一曲は緩やかに流れていく。
まばらになった中で、ひときわ注目を集めるアーノルドと詳細不明の令嬢。
強気な見た目だけあって、彼女はアーノルドのステップについていっている。ここまで転んでないのがいい証拠だろう。
このままダンスを終える……そんな気がミリアは全くしていなかった。
「どうしたんだ?」
真剣に二人を見つめるミリアに、ルッツは訝し気に声を掛ける。
「気になって…」
「…そうだな。アーノルド様とまともに踊れる女性がいるとは驚きだ」
「そういうことじゃなくてね?」
「…なら、何が―」
ルッツの言葉を遮るように悲鳴と、そして誰かが倒れる音。
その光景にミリアもルッツも唖然とした。
なにせ、倒れているのは……アーノルドだから。
そして、そんなアーノルドを一緒に踊っていた令嬢が見下ろしている。その口元は口角が上がり、弧を描いている。彼女は…笑っていた。
「貴様、何のつもりだ!」
場を考えず、アーノルドの怒声が響く。
その怒声に身を縮こませる令嬢がいる中、対峙している令嬢は平然としている。
「転ばされた女性たちの気持ちはいかが?」
「貴様のはわざとだろう!女どもが俺についてこれないのが悪い!」
「そんなことは関係ございません。転ばせた貴方が悪いのです」
「何だと!」
一触即発。
今にも掴みかかりそうなアーノルドの前に男性が現れた。
彼はアーノルドをなだめようとしているが、アーノルドは収まらない。
そこに……父が現れた。
「アーノルド、お前にはしばらく夜会への出席は禁止する」
「…ええ、そうさせてもらいましょう。このような恥知らずの女どもがいる夜会など出る価値は無い」
アーノルドが夜会を後にする。
父は主催であるフェリンツ伯爵の元へと向かった。騒動についてだろう。
「お父様も大変ね」
「そうだな」
さすがにこういった場面ではミリアの出る幕はない。いや、むしろミリアが出てくると余計に拗れそうだ。
帰りの馬車の中、ミリアはルッツに肩にもたれかかっていた。
体力の限界なのだろう、瞼はとろんと落ち、今にも夢の世界へと旅立ちそうだ。
「まだしばらくかかる。眠ってもいいぞ?」
「…ダメ…よ。おそ……われちゃう……じゃない」
とぎれとぎれに呟く言葉が、今にも落ちそうだと物語っている。
二人きりの馬車の中。御者がロード家の者である以上、口止めするのも容易い。
とはいえ、ミリアはそんなことを本気で心配していない。それこそ軽口の一種だ。
ルッツがミリアの了承もなく、そういったことをすると思っていない。
「大丈夫だ。まだしない」
「まだ……だな…んて……こわ……」
そうして言葉は途切れ、完全にミリアは寝入ってしまった。
そんな愛しい人の寝顔を、ルッツは優しい笑みで見つめた。
安堵しきったその表情は、ルッツを完全に信頼している証拠だ。
その表情を前に、不埒なことなど起こすことなどない。
ルッツは狩人だ。しかしそれは、物陰からチャンスをうかがい、狙うタイプではない。正面から、獲物にまっすぐに向かう獅子だ。こんな無防備な姿をさらされたからといってそれを理由に襲うなどあり得ない。
結い上げられた髪を一房手に取り、指を通す。くすぐったそうにするミリアが、たまらなく愛おしい。肩にかかるミリアの体温が、これ以上ない幸せを与えてくれる。
「愛している、ミリア…」
呟いた言葉はミリアには届いたのだろうか。
わずかな身じろぎと、さらに深くもたれかかったのは偶然か。
***
「ひどい方ですわね」
いつもの食堂での風景。
フィーネが開口一番にそう切り出した。
「誰?」
「あなたのお兄様ですわ」
正面切って自身の兄を非難されたが、ミリアは他人事のように憂いを見せた。
実際、初体面からまだ数日。それも出会えば悉く自分を非難してくる者を、どうやって自身の兄だと思えようか。立場がそうだといえど、そこに家族の、兄妹としての絆は無い。なので、どんなにフィーネがアーノルドを非難しようと、ミリアはどこ吹く風だ。
「聞きしに勝る方でしたわね」
「フィーネは今まで会ったことがなかったんだね?」
隣に座るデウスがフィーネに尋ねる。
「デウス様はご存じでしたの?」
「そりゃあね。あそこまでやらかしてくれる人はそういないから」
「あんな人大勢いてたまりますか!」
どうやら相当ご立腹なようだ。カツンと音を立てた皿がフィーネの代わりに抗議の声を上げている。
「それにしても、アーノルド様をあのようになさるなんて…さすがヴィオーネ様、素敵でしたわ」
うっとりとつぶやくように言った言葉にミリアは首をかしげる。
「フィーネ様はあの方をご存じで?」
「もちろん知っていますわ。ヴィオーネ・フェリンツ。この学園に通う女生徒たちから絶大な人気を誇る、素晴らしく頼りがいのある方ですわ」
「へぇ…」
フィーネがそこまで言うのだから相当なのだろう。もちろん、ミリアは知らない。
「ご存じなかったので?」
「ええ」
「一度お会いしてみてはいかが?とても気さくな方でもありましてよ」
「…大丈夫かしらね」
心配げなミリアに今度はフィーネが首をかしげる。
「何かご不安でも?」
「そりゃあ、あるだろうね。なにせヴィオーネ嬢はアーノルドを毛嫌いしている。その妹であるミリアには…どうだろう」
「…ヴィオーネ様はちゃんと相手を見てくださる方ですわ。あの方の妹というだけで拒絶なさることは無いと…思います」
言葉尻が小さくなっていくのは、フィーネもそう断言しきれないからだろう。
(…まぁでも、会ってはみたいわね)
令嬢でありながら令息に恥をかかせたその丹力は素晴らしいものがある。
そんな単純な興味からミリアは会ってみたかった。
***
チャンスというものは思いがけず向こうからやってくる。
それをミリアは実感していた。
「今、よろしいかしら?」
放課後。さて帰ろうかという矢先に現れたのは件のヴィオーネ・フェリンツ。
背が幾分ミリアより高いせいか、その気の強さが伺える目つきの鋭さと相まって見下ろされると威圧感がすごい。
しかしヴィオーネの姿を確認したほかの女生徒から黄色い悲鳴が上がるあたり、その人気も窺える。
「ええ、構いませんわ」
「ではこちらへ」
二人連れ立って、ルーミアは一歩分後ろに下がって付いてくる。
連れていかれたのは人気のない食堂。簡単な軽食も提供されるので、放課後時間を持て余す生徒たちがたまにいたりする。今はだれもいない。
席についた二人の前に紅茶が置かれる。それをヴィオーネは一口含み、喉を湿らせる。
「話というのはほかでもございません、あなたの……お兄様についてですわ」
「……でしょうね」
やはり…という思いである。というかそれ以外にヴィオーネが話しかける理由が思いつかない。
「先日は失礼いたしました」
そう言い、ヴィオーネは頭を下げた。
これにはミリアが慌てた。
「ヴィオーネ様!?」
「侯爵家の令息への無礼なふるまい、お許しいただきたい」
そう言われ、ミリアは頭が冷えていく。
あの件については、ミリアは直接の関係者ではない。
血縁関係なれど、兄の振る舞いを聞いていたミリアはヴィオーネにされたことは因果応報だと思っている。けれど、その謝罪の相手にミリアを選ぶのはお門違いだ。
はっきり言えば、何の意味もない。
そもそも何のための謝罪なのだろうか。それがミリアには分からない。
ミリアに何らかの被害があったうえでの謝罪ならともかく、今回の件でミリアに被害は無い。この件でルッツがミリアと距離を置くようならともかく、そんなことはない。ゆえに、ミリアに謝罪を受け入れる理由が無い。
「謝罪は結構ですわ」
「えっ?」
ミリアの言葉にヴィオーネは唖然とする。
ミリアは一口紅茶を飲み、言葉を続ける。
「お兄様への謝罪なのでしたらお兄様になさってください。私への謝罪など無用です」
「…ですが、私はカースタ家の嫡男に…」
「私はあの件で何一つ迷惑をこうむった事実はございません。謝罪される謂れはございませんわ」
「………」
ありえない、とばかりにヴィオーネは目を剥く。
嫡男であり、兄が恥をかかされたというのにそれを迷惑でないと断ずるその妹。
その前例のない態度にヴィオーネは困惑するばかりだ。
「…では、私にアーノルド様へ謝罪せよと…?」
「私が決めることではございませんね」
ヴィオーネの言葉を頭から断ずる。
その様子に、ルーミアが後ろで喝采の拍手を上げている。
「むしろ、ざまぁみろと思っておりますわ」
「はっ?」
ミリアの思いがけない言葉に今度こそヴィオーネはぽかんとした。
その様子を面白がるようにミリアは口角を上げる。
「実を言えば私も家ではお兄様に疎まれておりまして。屑だなんだと呼ばれる始末で、あんな目にあっていただき、逆にすっきりしたくらいですわ」
晴れ晴れとした表情で言い放つミリアに、ヴィオーネのぽかん顔は直らない。
後ろでルーミアがミリアに喝采の拍手を上げるなら、ミリアはヴィオーネに拍手を送りたかった。
「……ふっ、あはははは」
しばらく沈黙した後、ヴィオーネは突然笑い出した。
つられてミリアも笑みをこぼす。
「…ふふっ、失礼しました。そうだったのですね」
「ええ。ですので、私はむしろお礼を言いたいくらいですわ。ありがとうございます」
ミリアがお礼のために頭を下げれば「やめてちょうだい」とヴィオーネは震える声で止めに入った。
「実の妹相手でも変わらない方ですのね」
「ええ。あれではカースタ家の将来が心配ですわ」
まるで他人事のように言うミリアに、ヴィオーネはクスクスと笑う。
「あなたが継げばよろしいのでは?」
「……それは、ちょっと」
その言葉に頭に浮かんだのはルッツだ。
ルッツはロード家の一人息子だ。当然、ロード家は彼が継ぐ。となれば、彼に婿に行くという選択肢は無い。ならば、そこには嫁に行くしかなく…
「ああ、失礼しました。ロード家はご子息がおひとりしかおりませんでしたね」
「…ええ、まぁ…」
当然という感じでヴィオーネは言い放ち、それにミリアは頬を染めた。
ルッツとミリアの仲はとうに学園に知れ渡っている。彼女が知っていてもなんら不思議ではない。
しかし、恋人ですらなければ婚約者でもないのに、もう嫁ぎ先として決まっている。
そう周囲が思い込むほどに二人の仲は睦まじい。
が、それを改めて周囲から認識させられると、さすがのミリアにも照れというものがある。
「…羨ましいですわ。そのような殿方とご一緒になられて」
「あの……私はまだルッツとは何も…」
「時間の問題でしょう?」
「……」
そう言われれば何も言えない。事実、自分でも「まだ」とか言ったりするあたり、いずれはという思いでいる。
「…とにかく、謝罪なさるならお兄様に直接していただきたいですわ」
強引に話を戻すミリア。これ以上この話を深堀されるとそれこそ墓穴を掘ってしまいかねなかった。
「ええ、そうさせていただきます。その気になったら」
にっこりと、ミリアには謝罪してもアーノルドにはできない、と言外に言い放つ彼女。
彼女としては相当にアーノルドのことを許せないのだろう。
その気の強さが、逆におもしろい。
「ええ、そうなさってください。そのときはまた話の続きをしましょう」
絶対に彼女は謝罪をしない。それを分かったうえで、あえて自分の弱い話の続きをしようと言うミリア。それに気づいたヴィオーネはジト目をミリアに向けた。
「…あなたが一時、デウス様に求婚されていた理由が分かりましたわ」
「あら、そう?」
小首を傾げ、わからないと思わせながら顔は微笑んでいる。
「大変ですわね、ルッツ様も」
「そうでもないな」
ヴィオーネの言葉を継ぐようにこの場にいないはずの声。
ミリアが振り返ればそこにはルッツがいた。
「ルッツ」
「面白い組み合わせが見えたんでな。俺の話か?」
「ええ。ミリア様があなたにべたぼれっていう話を」
「…そんな話はしていません」
べたぼれが事実だけに、否定の言葉も弱い。
それにルッツが調子づく。
「へぇ、それは興味深いな。俺のどこに惚れたって?」
「あら、私がいつ惚れたって?」
調子づかせてはならないとミリアもいつもの調子で返す。
「俺はいつでも君に惚れたままだ。今も、な」
見下ろすその瞳に宿る熱が、ミリアの鼓動を跳ね上げる。
平時ならともかく、あの瞳に見られると途端にミリアは弱くなる。
「そう、勝手になさい」
らしくもなく強引に話を打ち切り、紅茶を呑む。
それが照れ隠しだと気づいているルッツは、それをニヤニヤと見つめている。
「ほんと、ごちそうさまですわ…」
呆れたようにヴィオーネは呟いた。
まばらになった中で、ひときわ注目を集めるアーノルドと詳細不明の令嬢。
強気な見た目だけあって、彼女はアーノルドのステップについていっている。ここまで転んでないのがいい証拠だろう。
このままダンスを終える……そんな気がミリアは全くしていなかった。
「どうしたんだ?」
真剣に二人を見つめるミリアに、ルッツは訝し気に声を掛ける。
「気になって…」
「…そうだな。アーノルド様とまともに踊れる女性がいるとは驚きだ」
「そういうことじゃなくてね?」
「…なら、何が―」
ルッツの言葉を遮るように悲鳴と、そして誰かが倒れる音。
その光景にミリアもルッツも唖然とした。
なにせ、倒れているのは……アーノルドだから。
そして、そんなアーノルドを一緒に踊っていた令嬢が見下ろしている。その口元は口角が上がり、弧を描いている。彼女は…笑っていた。
「貴様、何のつもりだ!」
場を考えず、アーノルドの怒声が響く。
その怒声に身を縮こませる令嬢がいる中、対峙している令嬢は平然としている。
「転ばされた女性たちの気持ちはいかが?」
「貴様のはわざとだろう!女どもが俺についてこれないのが悪い!」
「そんなことは関係ございません。転ばせた貴方が悪いのです」
「何だと!」
一触即発。
今にも掴みかかりそうなアーノルドの前に男性が現れた。
彼はアーノルドをなだめようとしているが、アーノルドは収まらない。
そこに……父が現れた。
「アーノルド、お前にはしばらく夜会への出席は禁止する」
「…ええ、そうさせてもらいましょう。このような恥知らずの女どもがいる夜会など出る価値は無い」
アーノルドが夜会を後にする。
父は主催であるフェリンツ伯爵の元へと向かった。騒動についてだろう。
「お父様も大変ね」
「そうだな」
さすがにこういった場面ではミリアの出る幕はない。いや、むしろミリアが出てくると余計に拗れそうだ。
帰りの馬車の中、ミリアはルッツに肩にもたれかかっていた。
体力の限界なのだろう、瞼はとろんと落ち、今にも夢の世界へと旅立ちそうだ。
「まだしばらくかかる。眠ってもいいぞ?」
「…ダメ…よ。おそ……われちゃう……じゃない」
とぎれとぎれに呟く言葉が、今にも落ちそうだと物語っている。
二人きりの馬車の中。御者がロード家の者である以上、口止めするのも容易い。
とはいえ、ミリアはそんなことを本気で心配していない。それこそ軽口の一種だ。
ルッツがミリアの了承もなく、そういったことをすると思っていない。
「大丈夫だ。まだしない」
「まだ……だな…んて……こわ……」
そうして言葉は途切れ、完全にミリアは寝入ってしまった。
そんな愛しい人の寝顔を、ルッツは優しい笑みで見つめた。
安堵しきったその表情は、ルッツを完全に信頼している証拠だ。
その表情を前に、不埒なことなど起こすことなどない。
ルッツは狩人だ。しかしそれは、物陰からチャンスをうかがい、狙うタイプではない。正面から、獲物にまっすぐに向かう獅子だ。こんな無防備な姿をさらされたからといってそれを理由に襲うなどあり得ない。
結い上げられた髪を一房手に取り、指を通す。くすぐったそうにするミリアが、たまらなく愛おしい。肩にかかるミリアの体温が、これ以上ない幸せを与えてくれる。
「愛している、ミリア…」
呟いた言葉はミリアには届いたのだろうか。
わずかな身じろぎと、さらに深くもたれかかったのは偶然か。
***
「ひどい方ですわね」
いつもの食堂での風景。
フィーネが開口一番にそう切り出した。
「誰?」
「あなたのお兄様ですわ」
正面切って自身の兄を非難されたが、ミリアは他人事のように憂いを見せた。
実際、初体面からまだ数日。それも出会えば悉く自分を非難してくる者を、どうやって自身の兄だと思えようか。立場がそうだといえど、そこに家族の、兄妹としての絆は無い。なので、どんなにフィーネがアーノルドを非難しようと、ミリアはどこ吹く風だ。
「聞きしに勝る方でしたわね」
「フィーネは今まで会ったことがなかったんだね?」
隣に座るデウスがフィーネに尋ねる。
「デウス様はご存じでしたの?」
「そりゃあね。あそこまでやらかしてくれる人はそういないから」
「あんな人大勢いてたまりますか!」
どうやら相当ご立腹なようだ。カツンと音を立てた皿がフィーネの代わりに抗議の声を上げている。
「それにしても、アーノルド様をあのようになさるなんて…さすがヴィオーネ様、素敵でしたわ」
うっとりとつぶやくように言った言葉にミリアは首をかしげる。
「フィーネ様はあの方をご存じで?」
「もちろん知っていますわ。ヴィオーネ・フェリンツ。この学園に通う女生徒たちから絶大な人気を誇る、素晴らしく頼りがいのある方ですわ」
「へぇ…」
フィーネがそこまで言うのだから相当なのだろう。もちろん、ミリアは知らない。
「ご存じなかったので?」
「ええ」
「一度お会いしてみてはいかが?とても気さくな方でもありましてよ」
「…大丈夫かしらね」
心配げなミリアに今度はフィーネが首をかしげる。
「何かご不安でも?」
「そりゃあ、あるだろうね。なにせヴィオーネ嬢はアーノルドを毛嫌いしている。その妹であるミリアには…どうだろう」
「…ヴィオーネ様はちゃんと相手を見てくださる方ですわ。あの方の妹というだけで拒絶なさることは無いと…思います」
言葉尻が小さくなっていくのは、フィーネもそう断言しきれないからだろう。
(…まぁでも、会ってはみたいわね)
令嬢でありながら令息に恥をかかせたその丹力は素晴らしいものがある。
そんな単純な興味からミリアは会ってみたかった。
***
チャンスというものは思いがけず向こうからやってくる。
それをミリアは実感していた。
「今、よろしいかしら?」
放課後。さて帰ろうかという矢先に現れたのは件のヴィオーネ・フェリンツ。
背が幾分ミリアより高いせいか、その気の強さが伺える目つきの鋭さと相まって見下ろされると威圧感がすごい。
しかしヴィオーネの姿を確認したほかの女生徒から黄色い悲鳴が上がるあたり、その人気も窺える。
「ええ、構いませんわ」
「ではこちらへ」
二人連れ立って、ルーミアは一歩分後ろに下がって付いてくる。
連れていかれたのは人気のない食堂。簡単な軽食も提供されるので、放課後時間を持て余す生徒たちがたまにいたりする。今はだれもいない。
席についた二人の前に紅茶が置かれる。それをヴィオーネは一口含み、喉を湿らせる。
「話というのはほかでもございません、あなたの……お兄様についてですわ」
「……でしょうね」
やはり…という思いである。というかそれ以外にヴィオーネが話しかける理由が思いつかない。
「先日は失礼いたしました」
そう言い、ヴィオーネは頭を下げた。
これにはミリアが慌てた。
「ヴィオーネ様!?」
「侯爵家の令息への無礼なふるまい、お許しいただきたい」
そう言われ、ミリアは頭が冷えていく。
あの件については、ミリアは直接の関係者ではない。
血縁関係なれど、兄の振る舞いを聞いていたミリアはヴィオーネにされたことは因果応報だと思っている。けれど、その謝罪の相手にミリアを選ぶのはお門違いだ。
はっきり言えば、何の意味もない。
そもそも何のための謝罪なのだろうか。それがミリアには分からない。
ミリアに何らかの被害があったうえでの謝罪ならともかく、今回の件でミリアに被害は無い。この件でルッツがミリアと距離を置くようならともかく、そんなことはない。ゆえに、ミリアに謝罪を受け入れる理由が無い。
「謝罪は結構ですわ」
「えっ?」
ミリアの言葉にヴィオーネは唖然とする。
ミリアは一口紅茶を飲み、言葉を続ける。
「お兄様への謝罪なのでしたらお兄様になさってください。私への謝罪など無用です」
「…ですが、私はカースタ家の嫡男に…」
「私はあの件で何一つ迷惑をこうむった事実はございません。謝罪される謂れはございませんわ」
「………」
ありえない、とばかりにヴィオーネは目を剥く。
嫡男であり、兄が恥をかかされたというのにそれを迷惑でないと断ずるその妹。
その前例のない態度にヴィオーネは困惑するばかりだ。
「…では、私にアーノルド様へ謝罪せよと…?」
「私が決めることではございませんね」
ヴィオーネの言葉を頭から断ずる。
その様子に、ルーミアが後ろで喝采の拍手を上げている。
「むしろ、ざまぁみろと思っておりますわ」
「はっ?」
ミリアの思いがけない言葉に今度こそヴィオーネはぽかんとした。
その様子を面白がるようにミリアは口角を上げる。
「実を言えば私も家ではお兄様に疎まれておりまして。屑だなんだと呼ばれる始末で、あんな目にあっていただき、逆にすっきりしたくらいですわ」
晴れ晴れとした表情で言い放つミリアに、ヴィオーネのぽかん顔は直らない。
後ろでルーミアがミリアに喝采の拍手を上げるなら、ミリアはヴィオーネに拍手を送りたかった。
「……ふっ、あはははは」
しばらく沈黙した後、ヴィオーネは突然笑い出した。
つられてミリアも笑みをこぼす。
「…ふふっ、失礼しました。そうだったのですね」
「ええ。ですので、私はむしろお礼を言いたいくらいですわ。ありがとうございます」
ミリアがお礼のために頭を下げれば「やめてちょうだい」とヴィオーネは震える声で止めに入った。
「実の妹相手でも変わらない方ですのね」
「ええ。あれではカースタ家の将来が心配ですわ」
まるで他人事のように言うミリアに、ヴィオーネはクスクスと笑う。
「あなたが継げばよろしいのでは?」
「……それは、ちょっと」
その言葉に頭に浮かんだのはルッツだ。
ルッツはロード家の一人息子だ。当然、ロード家は彼が継ぐ。となれば、彼に婿に行くという選択肢は無い。ならば、そこには嫁に行くしかなく…
「ああ、失礼しました。ロード家はご子息がおひとりしかおりませんでしたね」
「…ええ、まぁ…」
当然という感じでヴィオーネは言い放ち、それにミリアは頬を染めた。
ルッツとミリアの仲はとうに学園に知れ渡っている。彼女が知っていてもなんら不思議ではない。
しかし、恋人ですらなければ婚約者でもないのに、もう嫁ぎ先として決まっている。
そう周囲が思い込むほどに二人の仲は睦まじい。
が、それを改めて周囲から認識させられると、さすがのミリアにも照れというものがある。
「…羨ましいですわ。そのような殿方とご一緒になられて」
「あの……私はまだルッツとは何も…」
「時間の問題でしょう?」
「……」
そう言われれば何も言えない。事実、自分でも「まだ」とか言ったりするあたり、いずれはという思いでいる。
「…とにかく、謝罪なさるならお兄様に直接していただきたいですわ」
強引に話を戻すミリア。これ以上この話を深堀されるとそれこそ墓穴を掘ってしまいかねなかった。
「ええ、そうさせていただきます。その気になったら」
にっこりと、ミリアには謝罪してもアーノルドにはできない、と言外に言い放つ彼女。
彼女としては相当にアーノルドのことを許せないのだろう。
その気の強さが、逆におもしろい。
「ええ、そうなさってください。そのときはまた話の続きをしましょう」
絶対に彼女は謝罪をしない。それを分かったうえで、あえて自分の弱い話の続きをしようと言うミリア。それに気づいたヴィオーネはジト目をミリアに向けた。
「…あなたが一時、デウス様に求婚されていた理由が分かりましたわ」
「あら、そう?」
小首を傾げ、わからないと思わせながら顔は微笑んでいる。
「大変ですわね、ルッツ様も」
「そうでもないな」
ヴィオーネの言葉を継ぐようにこの場にいないはずの声。
ミリアが振り返ればそこにはルッツがいた。
「ルッツ」
「面白い組み合わせが見えたんでな。俺の話か?」
「ええ。ミリア様があなたにべたぼれっていう話を」
「…そんな話はしていません」
べたぼれが事実だけに、否定の言葉も弱い。
それにルッツが調子づく。
「へぇ、それは興味深いな。俺のどこに惚れたって?」
「あら、私がいつ惚れたって?」
調子づかせてはならないとミリアもいつもの調子で返す。
「俺はいつでも君に惚れたままだ。今も、な」
見下ろすその瞳に宿る熱が、ミリアの鼓動を跳ね上げる。
平時ならともかく、あの瞳に見られると途端にミリアは弱くなる。
「そう、勝手になさい」
らしくもなく強引に話を打ち切り、紅茶を呑む。
それが照れ隠しだと気づいているルッツは、それをニヤニヤと見つめている。
「ほんと、ごちそうさまですわ…」
呆れたようにヴィオーネは呟いた。
509
あなたにおすすめの小説
大事なことなので、もう一度言います。メインヒロインはあちらにいるのでこっちに来ないでください!!
もち
恋愛
「ニコ、一緒にマギア学園に入ろうね!約束」
「うん、約束!破ったらダメだよリリィ!」
「ニコもだよ!」
あ〜今日もリリィは可愛いな〜優しいしリリィと友達になれて良かった!!
ん?リリィ、?どこかで聞いたことあるような名前だな?
この可愛い笑顔もどこかでみたことが
う〜ん、、、あっ、、わかった
「恋の魔法を君に」っていうゲームだ
画面越しにずっと見て名前を呼んでいたこのゲームのメインヒロイン
リリィ・スカーレットだ
そこで、一気に昔の記憶が蘇ってきた。
確かリリィは、学園に入るといろんな攻略対象たちから恋愛感情を向けられるはず、、、
ってことは私は幼少期から一緒にいるメインヒロインの友達モブ
ゲームストーリーにはいなかったよね?
王妃ですが都からの追放を言い渡されたので、田舎暮らしを楽しみます!
藤野ひま
ファンタジー
わたくし王妃の身でありながら、夫から婚姻破棄と王都から出て行く事を言い渡されました。
初めての田舎暮らしは……楽しいのですが?!
夫や、かの女性は王城でお元気かしら?
わたくしは元気にしておりますので、ご心配御無用です!
〔『仮面の王と風吹く国の姫君』の続編となります。できるだけこちらだけでわかるようにしています。が、気になったら前作にも立ち寄っていただけると嬉しいです〕〔ただ、ネタバレ的要素がありますのでご了承ください〕
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
うわさの行方
下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。
すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。
戦場から帰るまでは。
三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。
ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。
愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。
人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。
それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。
嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。
二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。
するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー
「出来損ないの妖精姫」と侮辱され続けた私。〜「一生お護りします」と誓った専属護衛騎士は、後悔する〜
高瀬船
恋愛
「出来損ないの妖精姫と、どうして俺は……」そんな悲痛な声が、部屋の中から聞こえた。
「愚かな過去の自分を呪いたい」そう呟くのは、自分の専属護衛騎士で、最も信頼し、最も愛していた人。
かつては愛おしげに細められていた目は、今は私を蔑むように細められ、かつては甘やかな声で私の名前を呼んでいてくれた声は、今は侮辱を込めて私の事を「妖精姫」と呼ぶ。
でも、かつては信頼し合い、契約を結んだ人だから。
私は、自分の専属護衛騎士を最後まで信じたい。
だけど、四年に一度開催される祭典の日。
その日、私は専属護衛騎士のフォスターに完全に見限られてしまう。
18歳にもなって、成長しない子供のような見た目、衰えていく魔力と魔法の腕。
もう、うんざりだ、と言われてフォスターは私の義妹、エルローディアの専属護衛騎士になりたい、と口にした。
絶望の淵に立たされた私に、幼馴染の彼が救いの手を伸ばしてくれた。
「ウェンディ・ホプリエル嬢。俺と専属護衛騎士の契約を結んで欲しい」
かつては、私を信頼し、私を愛してくれていた前専属護衛騎士。
その彼、フォスターは幼馴染と契約を結び直した私が起こす数々の奇跡に、深く後悔をしたのだった。
【誤字報告ありがとうございます!大変助かります(´;ω;`)】
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる