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第20話
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「父上、本気ですか!?」
「ああ。本気だとも」
場所はカースタ家の屋敷、家長たる父が執務をこなす執務室にて。
いるのは当主たるカースタ侯爵、その息子アーノルド、娘ミリア、侯爵の補佐を務める執事長。
何事かと集められた息子と娘は、父の言葉に驚きを隠せなかった。
「私が長男ですよ!?なのにミリアに家督を継がせるなどどういうことですか!?」
そう、カースタ侯爵は家督をアーノルドではなくミリアに継がせると言い出したのだ。
これにはアーノルドどころか、ミリアも驚きだ。
「父上、お待ちください。私は女です。家督を継ぐなど…」
「そうだ!女が家督を継ぐなどあってはならない!」
アーノルドの言葉にミリアはムッとしてしまう。
自ら辞退する意思を示した手前、アーノルドの言葉は別に否定する気も無いが、だからといってこうまで否定されると感情が湧いてくるのは当然だ。
しかし、父は子供二人の意見を一蹴した。
「アーノルド、お前はいつ世継ぎができる?」
「それ…は…」
父の言葉にアーノルドは言葉を詰まらせ、苦悶の表情を浮かべる。
結婚どころか、婚約者も、親しい女性もいない。
未だ世継ぎのよの字もないアーノルドに答えられることではなかった。
「ミリアは確かに女だ。未だ体には不安なところもある。経験不足もあろう。だがそれはこれからでも十分挽回できる。法律において、女性は家督を継いではならない旨は無い」
「で、ですが…」
「ミリアはすでに将来を見越した相手がいる。それが無いアーノルドに家督を継ぐ権利は無い」
まさかの理由にミリアが絶句する。
これでは家督を継ぐ条件が伴侶がいるかどうかになってしまっている。
「そんなバカげた理由で…!」
「女性一人満足させられない、そんな未熟者が社交界で相手にしてもらえるとでも?」
「っ!!」
社交界において、独身の貴族は少ないが存在する。だが彼らは相手を選ぼうと思えばより取り見取りの優れた者たちが多い。相手がいないのではなく、彼らが満足できる女性がいないから結婚しない。そういった理由だ。
アーノルドの場合は、選ぼうにも相手から拒否されている。前者の場合とは天と地の違いがある。
「父上、私は……」
「分かっている。お前の相手のことも。だからこれは決定事項ではない。本当にそうなるとすれば、相手方とも話をせねばならんからな」
ミリアの相手は、言わずともルッツだと思っている。なんだかんだ言いつつも、父はルッツをミリアの結婚相手として認めている。だからこそこの話に繋がったわけだ。
しかし、ルッツはロード家の一人息子。大事な跡継ぎだ。
いくら位の高い侯爵家といえど、たった一人の世継ぎを婿に出せなどと簡単に言えるものではない。
「なら!」
アーノルドが父に詰め寄る。その形相は必死だ。
「私が伴侶を連れてくればいい!そういうことですね!?」
「そうだ。それができたならお前を跡継ぎ候補として認めよう」
「わかりました!」
言うや否やアーノルドは執務室を出ていってしまった。
残された父と娘は、そろってため息をついた。
「…すまないな、ミリア」
「…いえ。ああでも言わないとお兄様は動きそうにありませんしね」
薄々気づいたものの、やはり父の思惑はアーノルドを焚きつけることだったようだ。
その当て馬に、女であり彼が最も嫌うミリアを跡継ぎにするとアーノルドの前で宣言した。
当然彼はその挑発に乗り、自ら伴侶を探すことになった。
「大変ですわね、お父様も」
「何を言っている?アーノルドが見つけられなければお前に継いでもらうんだぞ?」
その言葉にミリアがガキリと固まる。
ギギギギとさび付いたロボットよろしく父へ振り向くと、その頬を一筋の汗が流れる。
「…あれは焚きつけるための嘘では?」
「何を言う?それで見つけてこれるならだれも苦労しない。お前もその覚悟をしておけ」
「ですが!私には…」
「言っているだろう。その時は相手の家とも話をすると」
「………」
ミリアへの言葉は嘘というか冗談だと思っていたら、父としては大真面目だったらしい。
まさかの事態にミリアは柄にもなく神に祈った。
(お兄様に伴侶を…誰でもいいので伴侶をお願いします神様!!)
ミリアの祈りが天に届いたかどうか、それはまだ誰にも分からない……
***
「それは…大変でございますわね」
学園での放課後。
フィーネとの茶会で、ミリアはつい先日の父の話について愚痴をこぼした。
「大変よ……お兄様が結婚できないと、本気で私に継がせる気なんですもの。何としてでもお兄様には結婚していただかないと」
ミリアの言葉にフィーネは複雑そうな表情を浮かべた。
あのアーノルドの結婚相手になりたい令嬢などいるはずもない。いるとすればアーノルドのことを知らない他国の令嬢が爵位と財産目当てで来るだけだろう。しかしその手の令嬢はアーノルドが最も忌み嫌う存在だ。結婚してももののひと月で離婚するのが目に見える。
「望みはあるんですの?」
あるわけがない、と思いつつもフィーネはミリアに尋ねた。
案の定、ミリアは首を落とし、落胆した様子だ。
「…お兄様が送ったものすべて即日お断りの返事ばかり。どれだけ嫌われてるのよ…」
それでアーノルドが発狂し、屋敷中に響く怒号を発するのだからたまったものではない。
挙句、「これだから女は!」などと逆切れしているのだから猶更だ。
「どんな女性ならあの方をなんとかできるんでしょう?」
「そんな女性いるわけ……あ」
思いついたようにミリアは声を上げた。
しかし次に瞬間には目を伏せてしまう。
「…いましたの?」
「…いたけれど、絶対に拒否されそうな気がします。どちらにも」
「? アーノルド様も断るんですの?」
フィーネが疑問符を浮かべてる。
跡継ぎのためという理由ではあるが、絶対に伴侶が欲しいアーノルドが相手がいるなら断るはずがない。なのにミリアは確信をもって頷く。
「ヴィオーネ様です」
「…………確かに」
ヴィオーネ・フェリンツ。令嬢たちの姉御役として、恥をかかされた令嬢たちに代わってアーノルドに恥をかかせた豪気な令嬢。
アーノルド相手に一歩も引かない彼女なら、もしや…と思ってしまった。
「ですが、ヴィオーネ様はもちろん、お兄様もヴィオーネ様を嫌っています。フェリンツ家には縁談の話を出していないはずですから」
「ヴィオーネ様は婚約者はおりませんでしたわね?」
「ええ、これといった話も無かったと思います」
婚約者がおらず、家柄も伯爵家、条件としては申し分ない。
しかし、そんなことは関係ないとばかりに…
「無理ですわね」
「無理ですわ」
「無理です」
アーノルド×ヴィオーネ。
絶対成り立たない構図にルーミアまでも賛成する。
「…今からでもルッツ様とご相談なさったほうがよろしいのでは?」
フィーネの提案にミリアは首を横にフルフルと振る。
「…おそらくルッツは、というかロード家は断れないわ。ロード家はカースタ家に借りがあるもの」
「そうなんですの?」
カースタ家がロード家に婚約の条件として援助していたのは当家同士しか知らない話だ。
それを表立たせれば、ロード家は一人息子を人質に出していたようなもの。外聞が悪すぎる。
「とにかく。それはあくまでも最終手段だわ。今は何としてもお兄様よ」
「そうですわね…」
力なく茶会は終了した。
屋敷に帰るミリアの足は重い。
(そろそろ怒声が聞こえてきそうね…)
屋敷が見えてくるころになると、アーノルドの怒声が鳴り響くのが常だった。
文官として城に勤めているが、仕事は優秀なのでいつも定時上がり。しかも寄り道などせずまっすぐに最速で帰宅してくるのでミリアよりも早く帰っている。
そして縁談の返事を確認し、怒り狂う…というもの。
しかし、今日は怒声が聞こえてこない。
(まだ帰っていないのかしら?)
そう思いつつ屋敷に到着すると、馬車を降り、玄関へと入る。
そこでミリアは来客の存在を知った。
「どなたが来ているの?」
「リュエル公爵家のご令嬢にございます」
自室に戻り、侍女に確認して戻ってきた返事にミリアは「えっ」と言葉を詰まらせる。
リュエル公爵家の令嬢。確か年はすでに30を超えている。行き遅れというレベルではない。公爵家の令嬢ならば引く手あまたのはずだが、その年まで結婚しなかった…できなかった理由。
「…ドアを通れたの?」
「…かろうじて」
件のご令嬢はとんでもない肥満体型だ。どうすればそこまで太れるのかと不思議なくらいに。
そのため、いくら付加要素が魅力的でも、夫婦になりたいと思う猛者はいなかった。そのうえとんでもない我儘で、仮面夫婦など絶対に嫌らしく、夜の営みも外さないと言っている(そのようなことを公言するのもどうかと思うけれども)。
結果、今に至るまで独身のまま。しかし、その令嬢が来ているということは…
「えっ、まさかお兄様、リュエル公爵家にまで…?」
そこまで節操なしに…というか危機感を募らせていたのかと思うと兄にも同情が湧く。
が、執事の返事は違った。
「いえ…どうやらアーノルド様が花嫁を探しているといううわさを聞きつけ、あちらから参られたのです。公爵家のご令嬢ですし、公爵ご本人も同行しておりまして断るに断れず…」
「ああ、そう…」
別の意味でミリアは兄に同情を抱いてしまった。
さすがにそこまで節操なしではなかったようだが、だからといってさすがに相手が相手だ。
そもそもアーノルドからすれば、自身の体型の維持ができない、つまり自己管理ができない人間は恥ずべきと断じている。ぶっちゃけ肥満の人間は大嫌いなのだ。
これが格下の家のものであれば怒声を響かせてさっさと帰らせているのだろうが、相手が相手だけにそうもいかず、大人しくしているのだろう。
すると、応接室のあたりからから女性の金切り声…にしては少し、というかかなり野太い叫び声が聞こえてきた。
「…今のは…?」
「おかしいですね。養豚場はこの近くにはございませんが」
辛辣なルーミアはいつも厳しい。間違っても本人には聞かせられない。
しかしそれを皮切りに、今度は男性の怒鳴り声が響く。こちらはアーノルドのものだろう。
「豚が二匹に増えました」
「やめなさい」
そのうち本人の前で言ってしまいそうなので今のうちに止めておく。
そんな豚二匹…もとい、男女の怒鳴り声が鳴り響くカースタ家の屋敷は、しばし騒然とした。
そのうち、女性の金切り声の方が今度は外から聞こえてくる。
好奇心に駆られ窓からのぞいてみたくなったミリアだが、間違って目が合ったりしたら厄介だと思い、そこをこらえる。
失礼な侍女は遠慮なく窓から見てるが。
「すごいですね。男性二人に引きずられてます」
「そうなの…」
「間違えました、三人です。公爵本人も引きずってます」
「………」
娘を引きずる父の気持ちとはいったい…
そう思いつつ、そう育てたのも公爵本人なればと思い直す。
「あ、馬車に押し込まれました。4頭立ての巨大な馬車ですね。家畜用の馬車でしょうか?」
「実況中継はやめて頂戴…」
そうはいいつつ、馬車に押し込まれたのならもう大丈夫だろうとミリアも窓に立つ。
門の外で走り出した、4頭立てのリュエル家の家紋が入った豪華な馬車。
あれだけで10人は乗れそうだ。
そうして離れていき、ようやく金切り声は聞こえなくなった。
「行ったわね…」
「次は精肉店でしょうか?」
「いい加減豚扱いはやめなさい」
ぺしっと失礼極まりない侍女の脳天に軽いチョップを入れておく。
すると、今度は屋敷の廊下をどたどたと歩く音。そしてその音がミリアの部屋の前で止まると…
「ミリア!貴様の学友を俺に紹介しろ!」
「………」
前触れも無ければノックも無しにドアを開け放つマナーのマの字も無い兄にミリアは絶句した。
いくらアーノルドがミリアを嫌いであろうと、ここは貴族の屋敷。その間には最低限の礼儀というものがあるのは当たり前だ。常に紳士。淑女たれ。
それをこうも無視するアーノルドに、ミリアはどうしようもないほどの憐みを感じていた。
「お兄様、女性の部屋を勝手に開けるなど…」
「五月蠅い!早く紹介しろと言っている!」
「……ルーミア」
「はい」
「おい!何を…ぐへっ!?」
プチっときたミリアがルーミアの名を呼んだだけでルーミアは察した。
主の意図を察し、無礼な訪問者を片手で廊下に投げ飛ばす。
例え相手が主の兄であろうと、主の命が絶対である。
そうして一時静かになるとすぐさまドアを閉め、しっかりカギをかける。
文官であるアーノルドは驚くほどひ弱だ。強気な態度と違い、肉体はまるで鍛えられていない。ミリアの護衛も兼ねるルーミアからすれば、枯れ枝を投げ放ったのと同感覚だ。
「よくやったわ」
「3件分で」
「…お父様に言っておくわ」
「ああ。本気だとも」
場所はカースタ家の屋敷、家長たる父が執務をこなす執務室にて。
いるのは当主たるカースタ侯爵、その息子アーノルド、娘ミリア、侯爵の補佐を務める執事長。
何事かと集められた息子と娘は、父の言葉に驚きを隠せなかった。
「私が長男ですよ!?なのにミリアに家督を継がせるなどどういうことですか!?」
そう、カースタ侯爵は家督をアーノルドではなくミリアに継がせると言い出したのだ。
これにはアーノルドどころか、ミリアも驚きだ。
「父上、お待ちください。私は女です。家督を継ぐなど…」
「そうだ!女が家督を継ぐなどあってはならない!」
アーノルドの言葉にミリアはムッとしてしまう。
自ら辞退する意思を示した手前、アーノルドの言葉は別に否定する気も無いが、だからといってこうまで否定されると感情が湧いてくるのは当然だ。
しかし、父は子供二人の意見を一蹴した。
「アーノルド、お前はいつ世継ぎができる?」
「それ…は…」
父の言葉にアーノルドは言葉を詰まらせ、苦悶の表情を浮かべる。
結婚どころか、婚約者も、親しい女性もいない。
未だ世継ぎのよの字もないアーノルドに答えられることではなかった。
「ミリアは確かに女だ。未だ体には不安なところもある。経験不足もあろう。だがそれはこれからでも十分挽回できる。法律において、女性は家督を継いではならない旨は無い」
「で、ですが…」
「ミリアはすでに将来を見越した相手がいる。それが無いアーノルドに家督を継ぐ権利は無い」
まさかの理由にミリアが絶句する。
これでは家督を継ぐ条件が伴侶がいるかどうかになってしまっている。
「そんなバカげた理由で…!」
「女性一人満足させられない、そんな未熟者が社交界で相手にしてもらえるとでも?」
「っ!!」
社交界において、独身の貴族は少ないが存在する。だが彼らは相手を選ぼうと思えばより取り見取りの優れた者たちが多い。相手がいないのではなく、彼らが満足できる女性がいないから結婚しない。そういった理由だ。
アーノルドの場合は、選ぼうにも相手から拒否されている。前者の場合とは天と地の違いがある。
「父上、私は……」
「分かっている。お前の相手のことも。だからこれは決定事項ではない。本当にそうなるとすれば、相手方とも話をせねばならんからな」
ミリアの相手は、言わずともルッツだと思っている。なんだかんだ言いつつも、父はルッツをミリアの結婚相手として認めている。だからこそこの話に繋がったわけだ。
しかし、ルッツはロード家の一人息子。大事な跡継ぎだ。
いくら位の高い侯爵家といえど、たった一人の世継ぎを婿に出せなどと簡単に言えるものではない。
「なら!」
アーノルドが父に詰め寄る。その形相は必死だ。
「私が伴侶を連れてくればいい!そういうことですね!?」
「そうだ。それができたならお前を跡継ぎ候補として認めよう」
「わかりました!」
言うや否やアーノルドは執務室を出ていってしまった。
残された父と娘は、そろってため息をついた。
「…すまないな、ミリア」
「…いえ。ああでも言わないとお兄様は動きそうにありませんしね」
薄々気づいたものの、やはり父の思惑はアーノルドを焚きつけることだったようだ。
その当て馬に、女であり彼が最も嫌うミリアを跡継ぎにするとアーノルドの前で宣言した。
当然彼はその挑発に乗り、自ら伴侶を探すことになった。
「大変ですわね、お父様も」
「何を言っている?アーノルドが見つけられなければお前に継いでもらうんだぞ?」
その言葉にミリアがガキリと固まる。
ギギギギとさび付いたロボットよろしく父へ振り向くと、その頬を一筋の汗が流れる。
「…あれは焚きつけるための嘘では?」
「何を言う?それで見つけてこれるならだれも苦労しない。お前もその覚悟をしておけ」
「ですが!私には…」
「言っているだろう。その時は相手の家とも話をすると」
「………」
ミリアへの言葉は嘘というか冗談だと思っていたら、父としては大真面目だったらしい。
まさかの事態にミリアは柄にもなく神に祈った。
(お兄様に伴侶を…誰でもいいので伴侶をお願いします神様!!)
ミリアの祈りが天に届いたかどうか、それはまだ誰にも分からない……
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「それは…大変でございますわね」
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フィーネとの茶会で、ミリアはつい先日の父の話について愚痴をこぼした。
「大変よ……お兄様が結婚できないと、本気で私に継がせる気なんですもの。何としてでもお兄様には結婚していただかないと」
ミリアの言葉にフィーネは複雑そうな表情を浮かべた。
あのアーノルドの結婚相手になりたい令嬢などいるはずもない。いるとすればアーノルドのことを知らない他国の令嬢が爵位と財産目当てで来るだけだろう。しかしその手の令嬢はアーノルドが最も忌み嫌う存在だ。結婚してももののひと月で離婚するのが目に見える。
「望みはあるんですの?」
あるわけがない、と思いつつもフィーネはミリアに尋ねた。
案の定、ミリアは首を落とし、落胆した様子だ。
「…お兄様が送ったものすべて即日お断りの返事ばかり。どれだけ嫌われてるのよ…」
それでアーノルドが発狂し、屋敷中に響く怒号を発するのだからたまったものではない。
挙句、「これだから女は!」などと逆切れしているのだから猶更だ。
「どんな女性ならあの方をなんとかできるんでしょう?」
「そんな女性いるわけ……あ」
思いついたようにミリアは声を上げた。
しかし次に瞬間には目を伏せてしまう。
「…いましたの?」
「…いたけれど、絶対に拒否されそうな気がします。どちらにも」
「? アーノルド様も断るんですの?」
フィーネが疑問符を浮かべてる。
跡継ぎのためという理由ではあるが、絶対に伴侶が欲しいアーノルドが相手がいるなら断るはずがない。なのにミリアは確信をもって頷く。
「ヴィオーネ様です」
「…………確かに」
ヴィオーネ・フェリンツ。令嬢たちの姉御役として、恥をかかされた令嬢たちに代わってアーノルドに恥をかかせた豪気な令嬢。
アーノルド相手に一歩も引かない彼女なら、もしや…と思ってしまった。
「ですが、ヴィオーネ様はもちろん、お兄様もヴィオーネ様を嫌っています。フェリンツ家には縁談の話を出していないはずですから」
「ヴィオーネ様は婚約者はおりませんでしたわね?」
「ええ、これといった話も無かったと思います」
婚約者がおらず、家柄も伯爵家、条件としては申し分ない。
しかし、そんなことは関係ないとばかりに…
「無理ですわね」
「無理ですわ」
「無理です」
アーノルド×ヴィオーネ。
絶対成り立たない構図にルーミアまでも賛成する。
「…今からでもルッツ様とご相談なさったほうがよろしいのでは?」
フィーネの提案にミリアは首を横にフルフルと振る。
「…おそらくルッツは、というかロード家は断れないわ。ロード家はカースタ家に借りがあるもの」
「そうなんですの?」
カースタ家がロード家に婚約の条件として援助していたのは当家同士しか知らない話だ。
それを表立たせれば、ロード家は一人息子を人質に出していたようなもの。外聞が悪すぎる。
「とにかく。それはあくまでも最終手段だわ。今は何としてもお兄様よ」
「そうですわね…」
力なく茶会は終了した。
屋敷に帰るミリアの足は重い。
(そろそろ怒声が聞こえてきそうね…)
屋敷が見えてくるころになると、アーノルドの怒声が鳴り響くのが常だった。
文官として城に勤めているが、仕事は優秀なのでいつも定時上がり。しかも寄り道などせずまっすぐに最速で帰宅してくるのでミリアよりも早く帰っている。
そして縁談の返事を確認し、怒り狂う…というもの。
しかし、今日は怒声が聞こえてこない。
(まだ帰っていないのかしら?)
そう思いつつ屋敷に到着すると、馬車を降り、玄関へと入る。
そこでミリアは来客の存在を知った。
「どなたが来ているの?」
「リュエル公爵家のご令嬢にございます」
自室に戻り、侍女に確認して戻ってきた返事にミリアは「えっ」と言葉を詰まらせる。
リュエル公爵家の令嬢。確か年はすでに30を超えている。行き遅れというレベルではない。公爵家の令嬢ならば引く手あまたのはずだが、その年まで結婚しなかった…できなかった理由。
「…ドアを通れたの?」
「…かろうじて」
件のご令嬢はとんでもない肥満体型だ。どうすればそこまで太れるのかと不思議なくらいに。
そのため、いくら付加要素が魅力的でも、夫婦になりたいと思う猛者はいなかった。そのうえとんでもない我儘で、仮面夫婦など絶対に嫌らしく、夜の営みも外さないと言っている(そのようなことを公言するのもどうかと思うけれども)。
結果、今に至るまで独身のまま。しかし、その令嬢が来ているということは…
「えっ、まさかお兄様、リュエル公爵家にまで…?」
そこまで節操なしに…というか危機感を募らせていたのかと思うと兄にも同情が湧く。
が、執事の返事は違った。
「いえ…どうやらアーノルド様が花嫁を探しているといううわさを聞きつけ、あちらから参られたのです。公爵家のご令嬢ですし、公爵ご本人も同行しておりまして断るに断れず…」
「ああ、そう…」
別の意味でミリアは兄に同情を抱いてしまった。
さすがにそこまで節操なしではなかったようだが、だからといってさすがに相手が相手だ。
そもそもアーノルドからすれば、自身の体型の維持ができない、つまり自己管理ができない人間は恥ずべきと断じている。ぶっちゃけ肥満の人間は大嫌いなのだ。
これが格下の家のものであれば怒声を響かせてさっさと帰らせているのだろうが、相手が相手だけにそうもいかず、大人しくしているのだろう。
すると、応接室のあたりからから女性の金切り声…にしては少し、というかかなり野太い叫び声が聞こえてきた。
「…今のは…?」
「おかしいですね。養豚場はこの近くにはございませんが」
辛辣なルーミアはいつも厳しい。間違っても本人には聞かせられない。
しかしそれを皮切りに、今度は男性の怒鳴り声が響く。こちらはアーノルドのものだろう。
「豚が二匹に増えました」
「やめなさい」
そのうち本人の前で言ってしまいそうなので今のうちに止めておく。
そんな豚二匹…もとい、男女の怒鳴り声が鳴り響くカースタ家の屋敷は、しばし騒然とした。
そのうち、女性の金切り声の方が今度は外から聞こえてくる。
好奇心に駆られ窓からのぞいてみたくなったミリアだが、間違って目が合ったりしたら厄介だと思い、そこをこらえる。
失礼な侍女は遠慮なく窓から見てるが。
「すごいですね。男性二人に引きずられてます」
「そうなの…」
「間違えました、三人です。公爵本人も引きずってます」
「………」
娘を引きずる父の気持ちとはいったい…
そう思いつつ、そう育てたのも公爵本人なればと思い直す。
「あ、馬車に押し込まれました。4頭立ての巨大な馬車ですね。家畜用の馬車でしょうか?」
「実況中継はやめて頂戴…」
そうはいいつつ、馬車に押し込まれたのならもう大丈夫だろうとミリアも窓に立つ。
門の外で走り出した、4頭立てのリュエル家の家紋が入った豪華な馬車。
あれだけで10人は乗れそうだ。
そうして離れていき、ようやく金切り声は聞こえなくなった。
「行ったわね…」
「次は精肉店でしょうか?」
「いい加減豚扱いはやめなさい」
ぺしっと失礼極まりない侍女の脳天に軽いチョップを入れておく。
すると、今度は屋敷の廊下をどたどたと歩く音。そしてその音がミリアの部屋の前で止まると…
「ミリア!貴様の学友を俺に紹介しろ!」
「………」
前触れも無ければノックも無しにドアを開け放つマナーのマの字も無い兄にミリアは絶句した。
いくらアーノルドがミリアを嫌いであろうと、ここは貴族の屋敷。その間には最低限の礼儀というものがあるのは当たり前だ。常に紳士。淑女たれ。
それをこうも無視するアーノルドに、ミリアはどうしようもないほどの憐みを感じていた。
「お兄様、女性の部屋を勝手に開けるなど…」
「五月蠅い!早く紹介しろと言っている!」
「……ルーミア」
「はい」
「おい!何を…ぐへっ!?」
プチっときたミリアがルーミアの名を呼んだだけでルーミアは察した。
主の意図を察し、無礼な訪問者を片手で廊下に投げ飛ばす。
例え相手が主の兄であろうと、主の命が絶対である。
そうして一時静かになるとすぐさまドアを閉め、しっかりカギをかける。
文官であるアーノルドは驚くほどひ弱だ。強気な態度と違い、肉体はまるで鍛えられていない。ミリアの護衛も兼ねるルーミアからすれば、枯れ枝を投げ放ったのと同感覚だ。
「よくやったわ」
「3件分で」
「…お父様に言っておくわ」
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