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22 【サイド】魔王さま
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従業員が戻ってきた魔王城は、また忙しさを取り戻していた。
執務机に積まれた書類は、魔界の門の綻び。
逃げ出した魔物の捜索、人間界から流れてくる瘴気の監視、さらには城の再編成。
やれどもやれども終わらない。
「……頭が痛い」
俺は額を押さえて、机に突っ伏した。
そのとき、机の隅に置かれたマグカップから、ふわりとコーヒーの匂いを感じた。
ただあの時とは違う。
もう残り香だ。
冷たくなって飲む気も起きない。
ああ、思い出す。
リンが作ってくれた味つけの濃くないあの家庭的な料理。
ドロドロだった絨毯を、ずぶ濡れになりながら掃除していたリン。
添い寝していたら、身を寄せてくると同時に蹴りをいれてくるリン。
魔物に鍋蓋と箒で応戦するリン。
寝ているとはいえ、魔王を蹴り飛ばす女性はリンだけだ。
城内の空気が――静かに優しくなっていた、あの数週間。
「……癒されてたのか、俺」
瘴気が減ったのも事実。けれど、それ以上に。
あの少女――リンの存在が、ささくれだった心に、じんわりと染みていた。
「家庭的ってああいうのを言うのかな?」
それとも...
――本来、聖女って、ああいう存在なのかもしれない。
俺は彼女に癒されてたのだろうか?
それとも、聖女に癒されていたのだろうか?
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
会いたいなあーー
魔王じゃなければ普通に会いに行けるのに...
「だけど...…これからは、そうもいかないか」
人間が魔王城にいるというだけで彼女に視線が集まる
嫁候補だの何だのと、くだらない噂が広がる中で、彼女が傷つくこともあるだろう。
まして、聖女だと知られれば、今度は利用価値があると狙われるのは必然だ。
「……この世界にいさせていいのか、それすら迷うな」
ぼそりとつぶやいた瞬間。
机の上の虹色の魔石が、ぴき、と震えた。
「ん?ウンディーネ?」
ばっしゃーん!!
水柱が上がり、魔王の目の前にウンディーネが現れる。
しかも鬼のような形相で。
おおっ!トミーが泣くぞ!
書類がびしゃびしゃだ。
「正解よ! リンちゃんを魔界で暮らさせるのがッ!!」
「びっくりした」
魔王がのけぞる。いつから聞いてたんだか?
ウンディーネはずかずかと、それこそ、今まさに印を押そうとしていた書類の上を構わずに歩く。
そして、腕を組んで魔王をにらんだ。
「リンちゃんが“ボインが正義”とか言ってた理由、わかる?」
「……えっ、ボインの話?」
「そこじゃないの!! あの子、教会で“痩せてる子には施しがない”って言われて育ったのよ」
ウンディーネの声が低くなる。
「つまりね、今の教会は寄付もまともに集められない。
代わりに、体目当ての信者に媚びるような文化が普通になってるのよ。施し=好意、だなんて教育、狂ってるわ」
俺は無言で目を伏せる。
――そうだ。
使えない聖女が量産され、瘴気は広がり続けている。
聖職者たちは清らかとは言えず、水晶の選定も狂っていた。
もしあの子が、無意識に瘴気を浄化していたのなら――
あの異常な痩せ方も、全部納得がいく。
「……これじゃ、君と同じだな。あの頃の」
「ええ。だからお願い、魔王さま」
ウンディーネがまっすぐ見つめる。
「嫁でも、使用人でもいいの。でも、リンちゃんだけは――聖女のわたしと同じ目に遭わせたくないの」
俺はしばらく考えて、静かに頷いた。
「わかった。でも、ここにいるだけじゃ守りきれない。何か、方法が要るな」
「だから……私に、手伝わせて」
ウンディーネが微笑む。
「聖女であることは、まだ本人には知らせないで。
あの子は無自覚に癒しを撒く子。力を意識した瞬間、壊れるかもしれない。まずは、彼女が“自分を大切にできるように”導きたいの」
俺は目を伏せて、しばらく黙っていたが――
「……君以外に適任はいないよ」
そう頷いた。
ウンディーネは訳あってここにいるが、聖女教育ができるのは彼女しかいないだろう。
しかし、こうなってくると水晶もあながち壊れてないのかもな。まるで引き寄せられるようにここに来た。
俺は唸る。
それを見たウンディーネは、ふっと笑う。
その笑みには、水の精らしい透明さと、どこか聖女のような温もりが混じっていた。
「それから――リンちゃんには絶対的な自己肯定感。それは、スネクさんにお願いするわ。今もきちんとリンに接して話すことが出来ているようだし、厳しいけど、あの人なら信頼できる」
スネクか。
あの蛇メイド長にかかれば、たしかに周りに何も言わせない淑女に育て上げるだろうな
だけど、相当厳しいぞ。
毎日泣いて過ごさなきゃいいが。
でも味方につけるなら最高の人材なんだよな。
「わかった。スネクをつけよう」
俺は、ウンディーネが去った後、エアリアを呼ぶ
机の魔石がふわりと光る。そよ風が舞い、エアリアが現れた。
「話、聞いてたわよ」
「早いな。頼みがある。リンに、彼女に何かあれば、即、報せてくれ」
「了解」
風とともに、机の書類を乾かし、エアリアの姿が消える。
さすがエアリアは、よく分かってるな
静かになった部屋で、俺はふっと息を吐いた。
執務机に積まれた書類は、魔界の門の綻び。
逃げ出した魔物の捜索、人間界から流れてくる瘴気の監視、さらには城の再編成。
やれどもやれども終わらない。
「……頭が痛い」
俺は額を押さえて、机に突っ伏した。
そのとき、机の隅に置かれたマグカップから、ふわりとコーヒーの匂いを感じた。
ただあの時とは違う。
もう残り香だ。
冷たくなって飲む気も起きない。
ああ、思い出す。
リンが作ってくれた味つけの濃くないあの家庭的な料理。
ドロドロだった絨毯を、ずぶ濡れになりながら掃除していたリン。
添い寝していたら、身を寄せてくると同時に蹴りをいれてくるリン。
魔物に鍋蓋と箒で応戦するリン。
寝ているとはいえ、魔王を蹴り飛ばす女性はリンだけだ。
城内の空気が――静かに優しくなっていた、あの数週間。
「……癒されてたのか、俺」
瘴気が減ったのも事実。けれど、それ以上に。
あの少女――リンの存在が、ささくれだった心に、じんわりと染みていた。
「家庭的ってああいうのを言うのかな?」
それとも...
――本来、聖女って、ああいう存在なのかもしれない。
俺は彼女に癒されてたのだろうか?
それとも、聖女に癒されていたのだろうか?
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
会いたいなあーー
魔王じゃなければ普通に会いに行けるのに...
「だけど...…これからは、そうもいかないか」
人間が魔王城にいるというだけで彼女に視線が集まる
嫁候補だの何だのと、くだらない噂が広がる中で、彼女が傷つくこともあるだろう。
まして、聖女だと知られれば、今度は利用価値があると狙われるのは必然だ。
「……この世界にいさせていいのか、それすら迷うな」
ぼそりとつぶやいた瞬間。
机の上の虹色の魔石が、ぴき、と震えた。
「ん?ウンディーネ?」
ばっしゃーん!!
水柱が上がり、魔王の目の前にウンディーネが現れる。
しかも鬼のような形相で。
おおっ!トミーが泣くぞ!
書類がびしゃびしゃだ。
「正解よ! リンちゃんを魔界で暮らさせるのがッ!!」
「びっくりした」
魔王がのけぞる。いつから聞いてたんだか?
ウンディーネはずかずかと、それこそ、今まさに印を押そうとしていた書類の上を構わずに歩く。
そして、腕を組んで魔王をにらんだ。
「リンちゃんが“ボインが正義”とか言ってた理由、わかる?」
「……えっ、ボインの話?」
「そこじゃないの!! あの子、教会で“痩せてる子には施しがない”って言われて育ったのよ」
ウンディーネの声が低くなる。
「つまりね、今の教会は寄付もまともに集められない。
代わりに、体目当ての信者に媚びるような文化が普通になってるのよ。施し=好意、だなんて教育、狂ってるわ」
俺は無言で目を伏せる。
――そうだ。
使えない聖女が量産され、瘴気は広がり続けている。
聖職者たちは清らかとは言えず、水晶の選定も狂っていた。
もしあの子が、無意識に瘴気を浄化していたのなら――
あの異常な痩せ方も、全部納得がいく。
「……これじゃ、君と同じだな。あの頃の」
「ええ。だからお願い、魔王さま」
ウンディーネがまっすぐ見つめる。
「嫁でも、使用人でもいいの。でも、リンちゃんだけは――聖女のわたしと同じ目に遭わせたくないの」
俺はしばらく考えて、静かに頷いた。
「わかった。でも、ここにいるだけじゃ守りきれない。何か、方法が要るな」
「だから……私に、手伝わせて」
ウンディーネが微笑む。
「聖女であることは、まだ本人には知らせないで。
あの子は無自覚に癒しを撒く子。力を意識した瞬間、壊れるかもしれない。まずは、彼女が“自分を大切にできるように”導きたいの」
俺は目を伏せて、しばらく黙っていたが――
「……君以外に適任はいないよ」
そう頷いた。
ウンディーネは訳あってここにいるが、聖女教育ができるのは彼女しかいないだろう。
しかし、こうなってくると水晶もあながち壊れてないのかもな。まるで引き寄せられるようにここに来た。
俺は唸る。
それを見たウンディーネは、ふっと笑う。
その笑みには、水の精らしい透明さと、どこか聖女のような温もりが混じっていた。
「それから――リンちゃんには絶対的な自己肯定感。それは、スネクさんにお願いするわ。今もきちんとリンに接して話すことが出来ているようだし、厳しいけど、あの人なら信頼できる」
スネクか。
あの蛇メイド長にかかれば、たしかに周りに何も言わせない淑女に育て上げるだろうな
だけど、相当厳しいぞ。
毎日泣いて過ごさなきゃいいが。
でも味方につけるなら最高の人材なんだよな。
「わかった。スネクをつけよう」
俺は、ウンディーネが去った後、エアリアを呼ぶ
机の魔石がふわりと光る。そよ風が舞い、エアリアが現れた。
「話、聞いてたわよ」
「早いな。頼みがある。リンに、彼女に何かあれば、即、報せてくれ」
「了解」
風とともに、机の書類を乾かし、エアリアの姿が消える。
さすがエアリアは、よく分かってるな
静かになった部屋で、俺はふっと息を吐いた。
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