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45 魔王の妻
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どれだけ——私に、力があるのか。
ウンディーネの言葉がよみがえる。
『利用されることから逃げられなくなったら……あなた、きっと死んじゃう』
わたしは目を閉じて、息を吸う。
背筋を伸ばして、手を地へ向けた。
「浄化っ!」
紫の瘴気が光に包まれ、風が舞う。
エアリアの力じゃない。
これは……わたしの、聖女の力だ。
「うわぁ……!」
誰かの声が響く。
戻れ、戻れ、大地よ、本来の姿へ!
光があふれ、緑が芽吹く。
けれど——
それと引き換えに一気にわたしの上にのしかかる重力
ズンッ、と身体にのしかかる重さ。
……ダメ、立てない。倒れる——
みんなが笑顔で駆け寄ってくる
笑って。笑わなきゃ。
みんなの前で。
そうしたら、完全に成功......なのに。
ガクンと膝が崩れた瞬間、
「もういい!」
強く、だけど優しい声が耳元で響いた。
抱き上げられていた。魔王さまの腕の中で。
「……妻の力がわかったか?」
魔王さまの声が低く、冷たいほどに怒っている声が遠くで聞こえる。
わたしは酷い乗り物酔いのような、目がくるくる回るような感覚と足元から力が抜けてしまい、もう自力で立ち上がることは不可能だった。
「みだりに妻に近づくな。私は、他の男が近づくのを許すほど器は広くない!」
その場が静まり返った。
「解散だ。全員、戻れ」
そして気づけば、全員が会議室に戻されていた。
——私と、魔王さまの姿だけが消えて。
***
「……すみません。最後、頑張れませんでした」
ベッドの中で、私はしゅんと項垂れる。
「頼んでない。あんな犠牲、頼んでない」
魔王さまの声が、低くて……痛いほどに真剣だった。
こんな声、初めて聞いた。
甘やかしてくれてばかりだったのに。
わたし、足手まといだ。
魔王さまの役に立ちたくて、自分で決めたのに……。
眩暈と吐き気で、立ち上がれない。
情けない。
なんとか立ちあがろうとしたのに、移動されてもベッドから起き上がることすらできなかった。
魔石からエアリアが飛び出す。
「魔王さまひどい!! リンちゃん、がんばったのにっ!」
珍しく怒ってる。
けれど魔王さまは無言で、エアリアも気圧されて去っていった。
入れ替わるように、ノックの音。
「リンさん、大丈夫ですか?」
入ってきたトミーが明るく笑う。
「狸谷宰相、リンさんを気に入りすぎて“うちの息子の嫁に!”って叫んでましたよ。いや~、大成功ですね!」
ピキィッ……
魔王さまの空気が、静かに……冷たくなった。
「……息子の嫁?だあ??殺す」
「ちょっ、魔王さま!? 冗談、冗談ですって!」
トミーが慌ててなだめる。
「そ、それより!皇后の間にお部屋を移しましょうね!もう嫁にすることを誰も反対しないと思いますよ!これでしばらく行事もないし、私も有給休暇で実家の里に数日戻ってますから。ごゆっくりー」
無理やり明るく取り繕って、トミーも、この圧に耐えきれなくなり逃げるように出て行った。
静寂。
魔王さまとふたりきり。
わたしはまだ、起き上がれない。目を閉じる。
「リン……愛してるんだ。怒ってるのは、お前が無理したからで……」
魔王さまの声が震えていた。
「今、触れたら……俺の瘴気まで浄化されそうで。ほんとは、今すぐ抱きしめたいのに……さっき、抱きとめた時、こんなに体調が悪くても、俺の瘴気を浄化してきた。君の命をまた搾取した気持ちで、利用した気持ちで苦しくなるんだ」
「それは...無意識だから...大丈夫」
わたしは無理に微笑もうとするが、襲う吐き気に再び目を閉じた。だから目を閉じたまま伝える。
「私も、愛してます」
「……!」
「ちょっと、力の加減がわからなくて。緑にまで戻すつもりじゃなかったんですけど……魔王さまが責められることがないならよかった。それに、あの瘴気は、もし私があなたの妻になりたいと思うなら、命を張ってでも浄化しないとダメだったと思います」
魔王の妻は、この国の皇后だもの。
自分さえ良ければじゃない。
魔王さまが自分を抑え、涙一つみせずに対応するように、わたしは魔王さまを支えて、わたしに出来ることはこの身を捧げるつもりぐらいじゃないと。
薄ら目を開けてそっと、魔王さまに手を伸ばす。
魔王さまが、恐る恐るその手に触れる。
そして、そっと口元へ。
「えっ、あのそれ……手、ですけどね...その、ファーストキスなんですけど私っ!」
わたしの顔が、熱くなる。
魔王さまはきょとんとしたあと——くすくす笑い始めた。
「……それは、少し皆にサービスしすぎたね」
柔らかく笑って、
今度は、唇を——わたしの唇へ、重ねてきた。
言葉も呼吸も、すべてが奪われるような、甘くて熱いキス。
息も、思考も、止まってしまう。
まるで、時間が凍ったような感覚。
「……まだ妻じゃないのに、みんなの前で口づけなんて、俺、また先走ったか」
魔王さまが囁く。
わたしは何も言えなくて、顔を真っ赤にして、ただ目をそらした。
——でも。
胸の奥が、温かい。
婚約者として、魔王さまの隣にいる。
それだけで、今は十分だと思えた。
……まだ妻じゃないけれど。
いつかちゃんと、その日が来ることを、信じてる。
ウンディーネの言葉がよみがえる。
『利用されることから逃げられなくなったら……あなた、きっと死んじゃう』
わたしは目を閉じて、息を吸う。
背筋を伸ばして、手を地へ向けた。
「浄化っ!」
紫の瘴気が光に包まれ、風が舞う。
エアリアの力じゃない。
これは……わたしの、聖女の力だ。
「うわぁ……!」
誰かの声が響く。
戻れ、戻れ、大地よ、本来の姿へ!
光があふれ、緑が芽吹く。
けれど——
それと引き換えに一気にわたしの上にのしかかる重力
ズンッ、と身体にのしかかる重さ。
……ダメ、立てない。倒れる——
みんなが笑顔で駆け寄ってくる
笑って。笑わなきゃ。
みんなの前で。
そうしたら、完全に成功......なのに。
ガクンと膝が崩れた瞬間、
「もういい!」
強く、だけど優しい声が耳元で響いた。
抱き上げられていた。魔王さまの腕の中で。
「……妻の力がわかったか?」
魔王さまの声が低く、冷たいほどに怒っている声が遠くで聞こえる。
わたしは酷い乗り物酔いのような、目がくるくる回るような感覚と足元から力が抜けてしまい、もう自力で立ち上がることは不可能だった。
「みだりに妻に近づくな。私は、他の男が近づくのを許すほど器は広くない!」
その場が静まり返った。
「解散だ。全員、戻れ」
そして気づけば、全員が会議室に戻されていた。
——私と、魔王さまの姿だけが消えて。
***
「……すみません。最後、頑張れませんでした」
ベッドの中で、私はしゅんと項垂れる。
「頼んでない。あんな犠牲、頼んでない」
魔王さまの声が、低くて……痛いほどに真剣だった。
こんな声、初めて聞いた。
甘やかしてくれてばかりだったのに。
わたし、足手まといだ。
魔王さまの役に立ちたくて、自分で決めたのに……。
眩暈と吐き気で、立ち上がれない。
情けない。
なんとか立ちあがろうとしたのに、移動されてもベッドから起き上がることすらできなかった。
魔石からエアリアが飛び出す。
「魔王さまひどい!! リンちゃん、がんばったのにっ!」
珍しく怒ってる。
けれど魔王さまは無言で、エアリアも気圧されて去っていった。
入れ替わるように、ノックの音。
「リンさん、大丈夫ですか?」
入ってきたトミーが明るく笑う。
「狸谷宰相、リンさんを気に入りすぎて“うちの息子の嫁に!”って叫んでましたよ。いや~、大成功ですね!」
ピキィッ……
魔王さまの空気が、静かに……冷たくなった。
「……息子の嫁?だあ??殺す」
「ちょっ、魔王さま!? 冗談、冗談ですって!」
トミーが慌ててなだめる。
「そ、それより!皇后の間にお部屋を移しましょうね!もう嫁にすることを誰も反対しないと思いますよ!これでしばらく行事もないし、私も有給休暇で実家の里に数日戻ってますから。ごゆっくりー」
無理やり明るく取り繕って、トミーも、この圧に耐えきれなくなり逃げるように出て行った。
静寂。
魔王さまとふたりきり。
わたしはまだ、起き上がれない。目を閉じる。
「リン……愛してるんだ。怒ってるのは、お前が無理したからで……」
魔王さまの声が震えていた。
「今、触れたら……俺の瘴気まで浄化されそうで。ほんとは、今すぐ抱きしめたいのに……さっき、抱きとめた時、こんなに体調が悪くても、俺の瘴気を浄化してきた。君の命をまた搾取した気持ちで、利用した気持ちで苦しくなるんだ」
「それは...無意識だから...大丈夫」
わたしは無理に微笑もうとするが、襲う吐き気に再び目を閉じた。だから目を閉じたまま伝える。
「私も、愛してます」
「……!」
「ちょっと、力の加減がわからなくて。緑にまで戻すつもりじゃなかったんですけど……魔王さまが責められることがないならよかった。それに、あの瘴気は、もし私があなたの妻になりたいと思うなら、命を張ってでも浄化しないとダメだったと思います」
魔王の妻は、この国の皇后だもの。
自分さえ良ければじゃない。
魔王さまが自分を抑え、涙一つみせずに対応するように、わたしは魔王さまを支えて、わたしに出来ることはこの身を捧げるつもりぐらいじゃないと。
薄ら目を開けてそっと、魔王さまに手を伸ばす。
魔王さまが、恐る恐るその手に触れる。
そして、そっと口元へ。
「えっ、あのそれ……手、ですけどね...その、ファーストキスなんですけど私っ!」
わたしの顔が、熱くなる。
魔王さまはきょとんとしたあと——くすくす笑い始めた。
「……それは、少し皆にサービスしすぎたね」
柔らかく笑って、
今度は、唇を——わたしの唇へ、重ねてきた。
言葉も呼吸も、すべてが奪われるような、甘くて熱いキス。
息も、思考も、止まってしまう。
まるで、時間が凍ったような感覚。
「……まだ妻じゃないのに、みんなの前で口づけなんて、俺、また先走ったか」
魔王さまが囁く。
わたしは何も言えなくて、顔を真っ赤にして、ただ目をそらした。
——でも。
胸の奥が、温かい。
婚約者として、魔王さまの隣にいる。
それだけで、今は十分だと思えた。
……まだ妻じゃないけれど。
いつかちゃんと、その日が来ることを、信じてる。
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