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episode9◇ローラ
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私はトビーや他の使用人たちを引き連れてお屋敷にあるお父様の部屋へと向かっていた。部屋の扉をノックすると、お父様は入るように言われたので使用人に開けさせた。
中に入ると、トビーが一歩前に出て報告を始めた。
「旦那さま、お嬢さまが見つかりました。お嬢さまは、お隣の──」
そこまで言ったところで前に出て手を上げてトビーの言葉を制した。そしてお父様へと向き直る。
「お父様」
「おお、ローラ。昨晩はどこへ行っていたのだ。心配したぞ?」
「心配には及びません。実は私、好きな人に生誕祭の贈り物を届けに行っていたのです」
「はあ? そなた、使用人にもそんなことを伝えずに一人で出ていくとは危険ではないか! それに、好きな人だと? そなたは将来、このモンテローズの領主となる身。あまりにも軽率ではないか!」
「おっしゃることはごもっともでございますが、募る思いが積み重なり、このような行動に出てしまいました、お父様にはご心配をお掛けして大変申し訳ございません」
「やけに落ち着いているね、ローラ。重ね重ね申すが、そなたは将来は領主の身だ。生半可な男は婿に入れるわけには行かぬことは知っておろう? 恋だ、愛だと言ったところで叶わぬことがあるのだ。分かるだろう?」
「もちろんです。そのかたは、普通の人ではありません」
「ほう、どなたか? 儂の目にかなうものかね?」
「はい、お隣の子爵家、ジョエル・マーレ・アートルさまです」
「なに? 儂のいとこのビルの息子か? はっはっは。あやつめ、うまくやりおった」
「お父様、ジョエルくんは、そんな下世話なかたではありません。私が勝手に惚れたのです。ですが、いつも私を心配してくれる、優しいかたです」
「はっはっは。冗談だ。アートル家には後継ぎのブライアンもいるし、ジョエルは、町の時計屋に勤めていると聞いた。勤労なやつだ。婿に取っても問題あるまい」
「お父様! 本当でございますか!?」
「ああ、もちろん。アートルは当家とは縁続きだし、年齢も申し分ない。よかろう」
「ああ、お父様、ありがとうございます!」
「ジョエルなら、きっと君を盛り立ててモンテローズを豊かにしてくれるだろう」
「お父様、それなのですが……」
「うむ?」
「私は女で伯爵の柄ではありませんし、荷が重すぎます。そこへ行くとジョエルくんは当家の血縁ですし、婚礼の引出物に爵位を譲りたく思うのですが」
「む、そうか? うむむ……」
「彼のかたは人柄もよく、この思いは私の一方的なもので、私の彼を思う気持ちのほうが強いものですから……」
「うーむ、そうか」
「はい、ですから……」
「なるほどな。しかし若い君たちだけに伯爵は勤まらんし、難しいことだろう。アートルのビルに後見を頼むとしよう」
「後見? お父様はどうなさるのです?」
「それだ。前々から考えていたのだがいい機会だ。お前の母セリーヌは体調が芳しくない。セリーヌの実家がある他領の療養所の近くに別荘を建てて保養したく、一線を退きたい」
「まあ……。では私はこの屋敷に一人になってしまいます」
「うむ、だがジョエルもいるではないか」
「それもそうですが……」
「そうか、肉親がいなくなって寂しいか。ではシャロンも屋敷に入れるといい。儂らがいなくなった後ならセリーヌも目くじらを立てたりはするまい」
「まあ! お姉さまを!?」
「思えばあれには苦労ばかりさせた。屋敷の中でお前たちと不都合のない生活を送らせたい。そうだ。シャロンの使用人の任を解き、シャロンにも後見を任せればよい」
「ああ、お父様、大好きです。私、お姉さまに伝えて来ますね!」
「おお、そうか。では儂はアートルの屋敷に行ってビルとジョエルと話してこよう」
ああ、なんて幸せなんだろう! ジョエルくんも爵位を譲ったらきっと喜んでくれる。きっときっと私を大事にしてくださるんだわ。
あの優しい眼差し、笑顔が私の側にずっといてくれるなんて……。
お姉さまはどうなったかしら? 昨日はお泊まりだったんですもの。お姉さまったら大人な人。お父様はお屋敷に一緒に住むように言ってくれた。
ジョエルくんもお姉さまも同じ一つ屋根の下で暮らせるなんて。私だけこんなに幸せでいいのかな? いいえ、ジョエルくんもお姉さまだって、きっと幸せなはずよ。
私はお姉さまの家の扉をノックして、中に入った。そして、すぐさまお姉さまに抱きついたのだ。
「んん~。お姉さま、生誕祭おめでとう!」
「……うん、おめでとう」
「お姉さま。プレゼント、彼に受け取って貰えました。ゴメンなさい、おかえりが遅くなってしまって。彼が戻ってきたのは朝方だったものですから」
「う、うん……」
「あら? ご注意なさりませんの? やっぱり生誕祭だから特別ですか? うふ! お姉さまもお泊まり楽しかったですかぁ?」
「う、うん……。まぁ……」
「あ。指輪!」
私はお姉さまの左手の薬指に鈍く光る銀の指輪を見つけた。お姉さまは照れてしまったのか、すぐに右手でそれを隠してしまった。
「しゅ、しゅごーい! 大人! やっぱりね~。婚約したの?」
「あ、あの。うん……」
「やだぁ。ロマンチックぅ~。どんな人? どんな人?」
「──とっても男らしくて……優しくて……大事な、大事な人だよ」
「やだぁ~。すごい。ジョエルくんみたい!」
私は大きく体を揺らして、恥ずかしくなって顔を覆った。
「言っちゃった。私の初めてのキスを受けてくれた人~。アートルのジョエルくんです! もーう、かっこ良かったぁ。昨日、ジョエルくんのおうちに行ったんだけど、ずっと出掛けてて、帰ってきたのは朝。私ね、玄関で寝てましたの。そしたらジョエルくん、大丈夫か! って駆け付けてくれて。かっこ良くないですか?」
「そ、そうね」
「それでね。私をお姫様抱っこしてベッドに連れて行ってくれましたの。私初めてよ、お姉さま。そこで感じたの。この人の赤ちゃん産みたいって。やっぱりこの人の子どもを産むんだって」
「そうなんだ」
「ジョエルくん、優しいからスープを温めて食べさせてくれて。ジョエルくんのおうちのスプーンすごーく大きいのに、オマエの口小さいなぁって、私が悪いみたいに言うんですの。ヒドいですわよねぇ」
「そうね」
「毛布やコートを掛けてくれて、お茶も入淹れてやるっていいながら、お部屋のお片付けしたりして。別にいいのに。きっと私を迎えるためなんだわ。もう至れり尽くせり。でも私、そこで私、ジョエルくんに抱かれたいって思ったの。初めてで怖かったけど──。でもジョエルくん疲れてるみたいで、私が頑張らなくっちゃって」
「そうだったの」
「でもね、途中で使用人たちが入ってきて、そこでおしまい。ですけど、私たち、唇を合わせましたわ。彼のベッドの上で、初めての……。やだ、私ったらはしたない!」
「え、ええ……」
「ジョエルくんもキス初めてだったんだと思う。やり方分からなかったのかな……。全然動かなくて……。やっぱり硬派って感じ。男の中の男みたいな。男の人ってそういうのに興味ないのかな? 聞いてた話と全然違ってて」
「ど、どうだろ」
「でも私は──。すんごく良かった……」
お姉さまは私とジョエルくんの赤裸々な体験談を静かに聞いてくれて、ゆっくりうなずいて笑顔を見せてくれた。
「良かったね。ローラ」
「うん」
「お姉さま、応援する。二人のこと」
「ありがとう! お姉さま大好き! これから一緒にお屋敷に住みましょうよ。お父様とお母様は療養のためにジョエルくんに爵位を譲って出ていくんですって!」
「え? そうなの……」
「お姉さまには、私たちの後見になってもらいたいの。私たちが間違っていたら叱って欲しい。ね、ね。お願い~」
「そう。分かったわ」
「あ、でも、お姉さまも婚約者さんとデートで出掛けてもいいからね」
「うん、でも……」
「ん?」
「ダメに……なってしまって……」
「ええ!? そんな、ヒドイですわ! どなたですの、その男は!」
「い、いえ、私が悪いの。私が踏ん切りが付かなくて……」
「あらー、そんなお姉さま。恋はそんなんじゃダメですわよ。でも、それならずっと私たち一緒ですわね!」
「そ、そうね……」
そうか、お姉さまの恋はダメになってしまったのだわ。でも私とジョエルくんの仲を見ていたら、そのうち自分もまた恋がしたいと思うかも知れませんわね。
あー、とっても幸せ!
中に入ると、トビーが一歩前に出て報告を始めた。
「旦那さま、お嬢さまが見つかりました。お嬢さまは、お隣の──」
そこまで言ったところで前に出て手を上げてトビーの言葉を制した。そしてお父様へと向き直る。
「お父様」
「おお、ローラ。昨晩はどこへ行っていたのだ。心配したぞ?」
「心配には及びません。実は私、好きな人に生誕祭の贈り物を届けに行っていたのです」
「はあ? そなた、使用人にもそんなことを伝えずに一人で出ていくとは危険ではないか! それに、好きな人だと? そなたは将来、このモンテローズの領主となる身。あまりにも軽率ではないか!」
「おっしゃることはごもっともでございますが、募る思いが積み重なり、このような行動に出てしまいました、お父様にはご心配をお掛けして大変申し訳ございません」
「やけに落ち着いているね、ローラ。重ね重ね申すが、そなたは将来は領主の身だ。生半可な男は婿に入れるわけには行かぬことは知っておろう? 恋だ、愛だと言ったところで叶わぬことがあるのだ。分かるだろう?」
「もちろんです。そのかたは、普通の人ではありません」
「ほう、どなたか? 儂の目にかなうものかね?」
「はい、お隣の子爵家、ジョエル・マーレ・アートルさまです」
「なに? 儂のいとこのビルの息子か? はっはっは。あやつめ、うまくやりおった」
「お父様、ジョエルくんは、そんな下世話なかたではありません。私が勝手に惚れたのです。ですが、いつも私を心配してくれる、優しいかたです」
「はっはっは。冗談だ。アートル家には後継ぎのブライアンもいるし、ジョエルは、町の時計屋に勤めていると聞いた。勤労なやつだ。婿に取っても問題あるまい」
「お父様! 本当でございますか!?」
「ああ、もちろん。アートルは当家とは縁続きだし、年齢も申し分ない。よかろう」
「ああ、お父様、ありがとうございます!」
「ジョエルなら、きっと君を盛り立ててモンテローズを豊かにしてくれるだろう」
「お父様、それなのですが……」
「うむ?」
「私は女で伯爵の柄ではありませんし、荷が重すぎます。そこへ行くとジョエルくんは当家の血縁ですし、婚礼の引出物に爵位を譲りたく思うのですが」
「む、そうか? うむむ……」
「彼のかたは人柄もよく、この思いは私の一方的なもので、私の彼を思う気持ちのほうが強いものですから……」
「うーむ、そうか」
「はい、ですから……」
「なるほどな。しかし若い君たちだけに伯爵は勤まらんし、難しいことだろう。アートルのビルに後見を頼むとしよう」
「後見? お父様はどうなさるのです?」
「それだ。前々から考えていたのだがいい機会だ。お前の母セリーヌは体調が芳しくない。セリーヌの実家がある他領の療養所の近くに別荘を建てて保養したく、一線を退きたい」
「まあ……。では私はこの屋敷に一人になってしまいます」
「うむ、だがジョエルもいるではないか」
「それもそうですが……」
「そうか、肉親がいなくなって寂しいか。ではシャロンも屋敷に入れるといい。儂らがいなくなった後ならセリーヌも目くじらを立てたりはするまい」
「まあ! お姉さまを!?」
「思えばあれには苦労ばかりさせた。屋敷の中でお前たちと不都合のない生活を送らせたい。そうだ。シャロンの使用人の任を解き、シャロンにも後見を任せればよい」
「ああ、お父様、大好きです。私、お姉さまに伝えて来ますね!」
「おお、そうか。では儂はアートルの屋敷に行ってビルとジョエルと話してこよう」
ああ、なんて幸せなんだろう! ジョエルくんも爵位を譲ったらきっと喜んでくれる。きっときっと私を大事にしてくださるんだわ。
あの優しい眼差し、笑顔が私の側にずっといてくれるなんて……。
お姉さまはどうなったかしら? 昨日はお泊まりだったんですもの。お姉さまったら大人な人。お父様はお屋敷に一緒に住むように言ってくれた。
ジョエルくんもお姉さまも同じ一つ屋根の下で暮らせるなんて。私だけこんなに幸せでいいのかな? いいえ、ジョエルくんもお姉さまだって、きっと幸せなはずよ。
私はお姉さまの家の扉をノックして、中に入った。そして、すぐさまお姉さまに抱きついたのだ。
「んん~。お姉さま、生誕祭おめでとう!」
「……うん、おめでとう」
「お姉さま。プレゼント、彼に受け取って貰えました。ゴメンなさい、おかえりが遅くなってしまって。彼が戻ってきたのは朝方だったものですから」
「う、うん……」
「あら? ご注意なさりませんの? やっぱり生誕祭だから特別ですか? うふ! お姉さまもお泊まり楽しかったですかぁ?」
「う、うん……。まぁ……」
「あ。指輪!」
私はお姉さまの左手の薬指に鈍く光る銀の指輪を見つけた。お姉さまは照れてしまったのか、すぐに右手でそれを隠してしまった。
「しゅ、しゅごーい! 大人! やっぱりね~。婚約したの?」
「あ、あの。うん……」
「やだぁ。ロマンチックぅ~。どんな人? どんな人?」
「──とっても男らしくて……優しくて……大事な、大事な人だよ」
「やだぁ~。すごい。ジョエルくんみたい!」
私は大きく体を揺らして、恥ずかしくなって顔を覆った。
「言っちゃった。私の初めてのキスを受けてくれた人~。アートルのジョエルくんです! もーう、かっこ良かったぁ。昨日、ジョエルくんのおうちに行ったんだけど、ずっと出掛けてて、帰ってきたのは朝。私ね、玄関で寝てましたの。そしたらジョエルくん、大丈夫か! って駆け付けてくれて。かっこ良くないですか?」
「そ、そうね」
「それでね。私をお姫様抱っこしてベッドに連れて行ってくれましたの。私初めてよ、お姉さま。そこで感じたの。この人の赤ちゃん産みたいって。やっぱりこの人の子どもを産むんだって」
「そうなんだ」
「ジョエルくん、優しいからスープを温めて食べさせてくれて。ジョエルくんのおうちのスプーンすごーく大きいのに、オマエの口小さいなぁって、私が悪いみたいに言うんですの。ヒドいですわよねぇ」
「そうね」
「毛布やコートを掛けてくれて、お茶も入淹れてやるっていいながら、お部屋のお片付けしたりして。別にいいのに。きっと私を迎えるためなんだわ。もう至れり尽くせり。でも私、そこで私、ジョエルくんに抱かれたいって思ったの。初めてで怖かったけど──。でもジョエルくん疲れてるみたいで、私が頑張らなくっちゃって」
「そうだったの」
「でもね、途中で使用人たちが入ってきて、そこでおしまい。ですけど、私たち、唇を合わせましたわ。彼のベッドの上で、初めての……。やだ、私ったらはしたない!」
「え、ええ……」
「ジョエルくんもキス初めてだったんだと思う。やり方分からなかったのかな……。全然動かなくて……。やっぱり硬派って感じ。男の中の男みたいな。男の人ってそういうのに興味ないのかな? 聞いてた話と全然違ってて」
「ど、どうだろ」
「でも私は──。すんごく良かった……」
お姉さまは私とジョエルくんの赤裸々な体験談を静かに聞いてくれて、ゆっくりうなずいて笑顔を見せてくれた。
「良かったね。ローラ」
「うん」
「お姉さま、応援する。二人のこと」
「ありがとう! お姉さま大好き! これから一緒にお屋敷に住みましょうよ。お父様とお母様は療養のためにジョエルくんに爵位を譲って出ていくんですって!」
「え? そうなの……」
「お姉さまには、私たちの後見になってもらいたいの。私たちが間違っていたら叱って欲しい。ね、ね。お願い~」
「そう。分かったわ」
「あ、でも、お姉さまも婚約者さんとデートで出掛けてもいいからね」
「うん、でも……」
「ん?」
「ダメに……なってしまって……」
「ええ!? そんな、ヒドイですわ! どなたですの、その男は!」
「い、いえ、私が悪いの。私が踏ん切りが付かなくて……」
「あらー、そんなお姉さま。恋はそんなんじゃダメですわよ。でも、それならずっと私たち一緒ですわね!」
「そ、そうね……」
そうか、お姉さまの恋はダメになってしまったのだわ。でも私とジョエルくんの仲を見ていたら、そのうち自分もまた恋がしたいと思うかも知れませんわね。
あー、とっても幸せ!
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