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第五章 スキルリセット アイリスの再生
第100話: 【精霊の福音】解き放たれた光と、銀の約束
しおりを挟む銀樹を前に、健太郎はあえて『木工マスタリー』によるシステム補正を意識から外した。
手に馴染んだ大鋸(おが)を引き、木の繊維一つ一つと対話するように、等間隔の、そして歪みのない板へと挽き割っていく。
「システムで『作成』すれば一瞬だろう。……だが、それじゃあこの銀樹の『意志』が死んでしまう」
健太郎の額から流れる汗が、銀色の木肌に落ちて弾ける。
その様子を、結衣は祈るように見守り、アイリスは黙ってその無骨な背中を見つめていた。
一貫して「己の手」に拘る健太郎の執念に呼応するように、挽き割られた板材は、まるで生きているかのような瑞々しい光沢を放ち始めた。
「よし……上げるぞ、結衣!」
「うん!」
二人の共同作業で、一枚、また一枚と銀樹の板が工房の天井を覆っていく。
最後の一枚。健太郎がそれを完璧な位置に打ち付けた瞬間、工房全体が眩いばかりの白銀の光に包まれた。
これまでの「仮初めの小屋」ではない。
一本一本の木材が互いに手を取り合い、呼吸を始めたかのような、至高のログハウスの完成だった。
『……主よ、見よ。ログが流れておるぞ』
アイリスの声に促され、健太郎が虚空を見やる。
【システム通知:聖域の確立】
職人の意志により、工房が『銀樹の守護
ログハウス』へと昇華されました。
本エリアは以後、魔物の侵入を拒む
「セーフティエリア」として認定されま
す。
「セーフティエリア……。この灰色の世界に、本当の意味での『安らぎの場所』ができたんだな」
結衣の言葉に、健太郎も深く頷く。
かつてのゲームでは運営が用意した「街」にしか存在しなかった安寧を、自分たちの手で作り上げたのだ。
その時、工房の隅、銀樹の香りに誘われるようにして、床板の隙間から小さな光の粒が溢れ出した。
それは、手のひらサイズの淡い光を纏った、森の精霊。
精霊は健太郎の大きな手に臆することなく飛び乗ると、彼の脳裏に直接、清らかな映像を流し込んだ。
「んっ?……アイリス、お前を顕現させる方法か?」
『な、何……!?』
精霊が見せたのは、森の最深部に眠るという『銀の弦』の素材。
今の革の弦も素晴らしい。
だが、この新世界の奇跡が生んだ『銀の弦』へと張り替えることができれば、アイリスは第一形態――あの少女の姿のまま、この現世に「顕現」することが可能になるという。
「弦さえ張り替えれば、お前はもう『声』だけじゃない。俺たちの隣で、笑えるようになるんだな」
『……ふ、ふん。別に私は、実体などなくとも主に仕えられれば構わぬと言ったであろうに……』
尊大に、しかしその声は明らかに震えていた。
健太郎は、背負った弓の本体を優しく叩く。
「待ってろ、アイリス。すぐに連れ戻してやる」
銀樹の屋根が完成したことで、工房は文字通りの「聖域」となった。
健太郎は、精霊が指し示した森の最深部――アイリスを顕現させるための『銀の弦』の素材を求め、出発の準備を整える。
「結衣、準備はいいか。ここからは、これまで以上に過酷な場所になる」
「うん、大丈夫。健太郎さんとアイリスのためなら、私、どこまででもついていくよ」
結衣の瞳には、かつてのような迷いはなかった。
健太郎を支え、工房を守り抜いた経験が、彼女の『奉仕マスタリー』をさらなる未踏の領域へと押し上げていた。
『ふん、準備など疾うにできておるわ。主よ、私の新たな弦……しかと手に入れてみせよ』
アイリスの尊大な声に背中を押され、二人はセーフティエリアとなった工房を後にした。
色彩を取り戻した森は、美しくも、同時に「意志」を持つ猛獣たちの縄張りとなっていた。
【守護樹の涙】静寂を裂く一矢
世界が色彩を取り戻してから数日。
健太郎たちの工房を起点として広がる緑の波は、確実にこの世界の理(ルール)を書き換えつつあった。
だが、その再生の波が届かぬ場所、あるいは再生の力が強すぎるがゆえに歪みを生じさせている場所が、この広大な森には存在した。
「……健太郎さん、ここから先は空気が……重いよ」
結衣が足を止め、拭っても止まらない汗を指先で拭った。
彼女は道中、健太郎が歩きやすいように足元の障害物をあらかじめ探知して伝えていた。
さらに、健太郎の体調を常に気遣い、適切なタイミングで水分を差し出し、装備の乱れを整える。
その献身的な『奉仕マスタリー』があったからこそ、健太郎は一度も集中を途切れさせることなく、森の深部へと至ることができたのだ。
「ああ。色彩はあるが……ここにある『意志』は、正常じゃないな」
健太郎は、背負った漆黒の弓――アイリスの重みを感じながら、前方の巨影を見据えた。
そこに鎮座していたのは、かつてのゲームデータでは単なる背景オブジェクトに過ぎなかった『銀守護樹』である。
天を衝くほどの巨躯は銀色の葉を繁らせているが、その幹の半分は、脈打つようなドロリとした黒い泥状の物質に侵食されていた。
『主よ……。あの黒きものは、アプデの際に溢れ出したシステムの残滓、あるいは歪んだ意志の塊だ。あの巨木自身、内側から食い破られようとしておるぞ』
アイリスの声が脳裏に響く。
その守護樹を守るはずの『アビス・ガーディアン』――巨大な甲虫のような姿をした守護獣もまた、その複眼を赤く濁らせ、意志を失った人形のように狂暴な咆哮を上げていた。
「結衣、下がっていろ。……これからやるのは、狩りじゃない。『手術』だ」
健太郎は静かに一歩を踏み出す。
守護獣が地を削り、猛然と突進してくる。その巨体から放たれる風圧だけで並のプレイヤーなら吹き飛ばされるだろう。だが、健太郎の目はその突進を見てはいなかった。
『鑑定眼 Lv.4』を起動する。
視界が切り替わる。守護獣の動きがスローモーションのように感じられる中、健太郎が見ているのは、木を侵食している黒い霧の「核」だった。
(……そこか。根から吸い上げられた魔力が、あの節の部分で滞っている。あそこに巣食っている『病原体』を叩き出さない限り、この木は死ぬ)
守護獣の鎌のような前脚が健太郎の喉元に迫る。
「健太郎さん!」
結衣の悲鳴に近い声。だが、健太郎は動じない。
結衣が事前に整えてくれた防具の紐、磨き上げられた革の感触。
彼女が自分を信じて背中を預けてくれているという確信が、健太郎の心に岩のような静寂をもたらしていた。
紙一重。
健太郎は最小限の動きで守護獣の攻撃を回避し、地面に膝をつきながらアイリスを構えた。
現在、アイリスに張られている弦は、健太郎自らがなめした猪の革の弦だ。
「アイリス、お前の力、貸してもらうぞ」
『くく……言われずとも。主よ、その眼、その指、すべて妾に委ねよ!』
健太郎は弦を引き絞る。
通常、弓を引く際は腕の筋力を使うが、今の健太郎は全身の、そして魂の「意志」を弦に乗せていた。
守護獣が再び身を翻し、さらに凶悪な一撃を放とうとする。
だが、健太郎の指が放たれる方がわずかに早かった。
放たれたのは、ただの矢ではない。
アイリスの漆黒の本体を駆け抜けた魔力が、銀樹の光と混ざり合い、純白の「光の杭」となって放たれた。
シュン、という短い空気が爆ぜる音。
光の一矢は、突進する守護獣の角をかすめ、その後ろにある守護樹の幹――黒い霧が最も濃く渦巻く「節」へと、寸分違わず着弾した。
「ギ、ギィイイイイイイ!」
守護獣ではなく、木そのものが叫びを上げたかのような轟音が森に響き渡る。
着弾した光の矢は、侵食していた黒い泥を内側から焼き払い、浄化の炎となって広がっていく。
どす黒く変色していた樹皮が剥がれ落ち、中から本来の、銀色に輝く心材が姿を現した。
糸が切れたように、守護獣はその場に崩れ落ちた。
支配していた悪意が消え、静寂が森を支配する。
(……終わったか)
健太郎が大きく息を吐くと、結衣がすぐに駆け寄った。
「健太郎さん! 怪我はない!? よかった……本当によかった……っ」
彼女の手は震えていたが、それでも健太郎の装備に汚れがないか、どこか痛めていないかを懸命に確認する。その献身的な姿に、健太郎の口元が自然と緩んだ。
「ああ、結衣のおかげで集中できたよ。……見てくれ、あいつを」
守護樹の傷跡から、一滴。
それは涙のように、しかし太陽の光をすべて凝縮したような眩い輝きを持って、健太郎の手のひらの上へと落ちてきた。
触れた瞬間、それは液体ではなく、しなやかで強靭な「銀の糸」へと姿を変えた。
これが、新世界が職人に授けた最高の素材。
「……これが『銀の雫』。アイリス、これでようやく……」
『ああ。……ようやく、主の隣に立てるな』
手の中にある銀の糸は、アイリスの意志と共鳴し、熱を帯びていた。
それは、少女が再びこの地に立つための、約束の糸だった。
【健太郎(三神健太郎) スキル熟練度】
【キャラクターレベル:4】
【ジョブ:レザークラフト(革職人) Lv.2】
■ 生産系(マスタリー)
• レザークラフト(マスタリー) Lv.1:(60/100)
• 木工(マスタリー) Lv.2:(5/100) → (15/100) UP
• サバイバル(マスタリー) Lv.1:(40/100) → (70/100) UP
■ 特殊生産系(レベル上限なし)
• 慈愛の加工 Lv.2:(85/100) → (95/100) UP
• 導きの声 Lv.2:(115/100) → (150/100) UP
• 愛撫 Lv.3:(35/100) → (65/100) UP
■ 真理系
• 鑑定眼 Lv.3:(70/100) → Lv.4 (25/100) LEVEL UP!!
【結衣 スキル熟練度】
【キャラクターレベル:4】
【ジョブ:裁縫師 Lv.2】
■ 生産系
• 裁縫マスタリー Lv.2:(15/100)
• 探知・探索 Lv.1:(95/100) → Lv.2 (30/100) LEVEL UP!!
■ 身体強化・支援系(レベル上限なし)
• 奉仕マスタリー Lv.1:(115/100) → (145/100) UP
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