いつか終わりがくるのなら

キムラましゅろう

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アンリエッタとエゼキエル、十六歳 デビュタント前日

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アンリエッタとエゼキエルは十六歳となった。

十六歳といえば、この国の社交界デビューの年である。

王族だからといってそれは例外ではなく、アンリエッタもエゼキエルもそれぞれ今度の夜会でデビュタントを迎える。
まぁエゼキエルの場合はホント今更、なのだろうが。

夜会のひと月前に、エゼキエルからデビュタントのドレスと装飾品一式を贈られた。

デビュタントの令嬢(アンリエッタは一応妃だが)だけが身につける純白の衣装。
胸下からトレーンに切り替わり、たっぷりふわふわのシフォン生地でデビュタントを迎えた少女の愛らしさが遺憾なく発揮されそうなデザインだ。

胸元はスクエアカットで大胆すぎない程度に開いており、これも瑞々しいデコルテも装飾の一部だと象徴しているようなデザインであった。

袖はかなり短めのパフスリーブ。
なるほど、ロンググローブがセットなのはその為かとアンリエッタは思った。
しかしこのドレスのデザイナーは夜会では二の腕を出し惜しみしてはならないと思っているようだ。

ーーこれ以上太らないようにしなくては。

そしてドレスにはダイヤモンドとパールが縫い付けられており、イヤリングやネックレスは上質なパールのものだ。

だけど王族だけが身につけるティアラ。
これだけは唯一色味のある宝石いしが使われていた。
主にルビーとガーネット。

これはもしかしてもしかしなくてもエゼキエルの瞳の色である。

「可愛い……それに綺麗な宝石いしね……エルの瞳みたい」

ティアラを眺めながらそう呟いたアンリエッタに、専属侍女であるマヤが言った。

「陛下の独占欲を感じるデザインですね」

「独占欲?どうして?」

「……妃殿下は聡明な方ですのに、致命的に鈍感でいらっしゃる時がありますね」

五つ年上で姉のような感覚も抱いている侍女を見て、アンリエッタは答えた。

「それ、褒めてるわけじゃないのよね?」

「さぁ、それはどうでしょう。時に妃殿下。明日の夜会に備えてご尊父であらせられるベルファスト辺境伯が王都のタウンハウスに到着された由にございます。午後から妃殿下に謁見を申し込まれておられますが如何されますか?」

それを聞き、アンリエッタの表情が一気に明るくなった。

「お父様がっ?嬉しいわ!もちろんお会いするに決まっているじゃない!」

「そう仰ると思いまして、既に諾とお返事をさせて頂いております」

「さすがはマヤね!出来る女は違うわ~」

「お褒めに預かり光栄にございます。でも出来れば頭を動かさないで下さればもっと光栄でございますのに。これではいつまで経ってもおぐしを整えられません」

「ふふ、ごめんなさい」

アンリエッタは半年ぶりに父親に会える喜びを噛み締めながら大人しく鏡台と向き合った。



◇◇◇◇◇



「お父様っ!」「おっと……!」


会う場所として指定した南の庭園のガゼボで待っていた父親の胸にアンリエッタは勢いよく飛び込んだ。

国境騎士団の長であり、自身も屈強な騎士である父は全身全霊で体当たりをしたアンリエッタを難なく受け止めてくれた。


「アンリエッタ、お前ももうデビュタントを迎える年齢なのだから、いつまでもこんなおサルのように飛び掛かって来てはダメだぞ」

父であるベルファスト辺境伯アイザックはそう諫めながらも内心は嬉しくて堪らないといった顔をしている。

「公の場では絶対にしないわ」

「王宮は公の場の最たるものだと思うんだけどな?」

「まぁふふふ。私にとって王宮は家だと思ってしまうのよね」

「エゼキエル陛下がお前を甘やかすからだな」

「そうなの。エルはいつでもとっても優しいの!」

「……そうか」

一瞬、父が悲しい顔をした気がした。

何故かしらと思う前に、アンリエッタはその場にもう一人居る事に気が付いた。

暗めのアッシュグレイの髪の長身の青年。
その面差しはどこか見覚えのあるような……。

「お父様、そちらの方は?」

アンリエッタの問いかけにアイザックは「ああ」といって紹介してくれた。

「アンリエッタは覚えていないかな?お前の伯母さんの末息子にあたり、アンリエッタにとっては従兄だな。幼い時はよく遊んで貰っていた筈だが、お前が王家に嫁いで以来になるのかな。名は……」

アイザックが言い終わる前にアンリエッタはその名を口にする。

「もしかして……タイラーお兄様っ?」

タイラーと呼ばれた青年が穏やかな笑みを浮かべてアンリエッタに答えた。

「覚えていて下さったのですね。最後に妃殿下とお会いしたのは王家に嫁がれる直前、十歳の時だったのでもしかして忘れておいでではないかと心配していたんです。タイラー=ベルファスト、妃殿下にご挨拶申し上げます」

そう言ってタイラーはアンリエッタの手を掬い取り、指先にキスを落とした。

三つ年上のタイラーには昔よく遊んで貰った記憶がある。
その頃も美少年だと思っていたが、今ではその美しい顔に精悍さも備わって思わずドキドキしてしまう。

美しい顔なんてエゼキエルで見慣れているはずなのに。

アンリエッタは恥ずかしさを誤魔化す為にアイザックの方を見遣り、尋ねた。

「お父様、ベルファストって……?」

タイラーの姓はもちろん伯母の嫁ぎ先の家門のものであった筈だ。
それがベルファスト姓を名乗るという事は……。

アイザックは頷きながら答えくれた。

「その事もありお前に会いたかったんだ。正式に報告をしたくてな。タイラーは私の弟、ロルクの養子となったんだ。ロルク夫婦に子が居ないのはアンリエッタも知っているだろう?」

「ロルク叔父様の……ええ、知っているわ」

「まだ数年先の事だから何とも言えないが、いずれはこのタイラーにベルファストを継いで貰う事になった」

「まぁ、そうなのね!タイラーお兄様ならきっと良き当主となられて、国境騎士団を統率されてゆく事でしょう。おめでとう存じます。でもどうして?それなら直接お父様の養子にされた方がよいのでは?」

「それは、だな……」

その時のアンリエッタはただ、頭に浮かんだ素朴な疑問を口にしただけだった。

でもアイザックは一瞬、言葉を詰まらせるようにした。

そして意を決したようにアンリエッタに告げる。


「いずれエゼキエル陛下が然るべき正妃をお迎えした後に、お前はベルファストに戻ってこのタイラーと縁を結び直す事になるだろう。二人でベルファストをより良く繁栄に導いてくれたなら、こんな嬉しい事はないよ。でもその為には、いくら血が繋がらないとはいえ、私の息子にしてしまうと後々手続きが厄介になるからな……」

「え……」

思いがけない言葉に、アンリエッタは固まってしまう。


いずれ……

必ず訪れるであろうその時。


エゼキエルの元を去り、

互いに違う人と結ばれる。


頭では分かっていても、まだ先の事だと思っていた。

十六になりデビュタントを迎える今、もう今後の事を視野に入れる年齢になったという現実を突きつけられる。

初めて訪れた“その後”の事に、アンリエッタは内心狼狽えた。

しかし伊達に六年間も妃教育を受けてはいない。

千々に乱れた心を臆面にも出さず、
アンリエッタは微笑んだ。

「そうなのね。タイラーお兄様が私の未来の旦那様……人生って何が起こるかわからないものなのね」

アンリエッタがそう言うと、タイラーは優しい眼差しで微笑み返してくれる。


大丈夫。
上手く笑えているはず。

こんな素敵な人に再嫁出来るなんてラッキー、くらいに考えていればいい。

いいのだけれど……。


その後はアイザックとタイラーとお茶を飲み、たわいもない話を沢山して楽しい時間を過ごした。

「明日の夜会で、エゼキエル陛下とのファーストダンスの後は是非私と踊って下さいね」

タイラーはそう言ってアイザックと共に王宮を後にした。

二人を見送り、アンリエッタは踵を返す。

足が自然とそこに向かっていた。

そこに行ったからといって現状は変わらない。
変えられない。

だけどどうしても会いたかった。
顔を見たかった。

ほぼ小走りになってアンリエッタはエゼキエルの元へと向かう。

そして王族のプラベートサンルームへ入って行こうとするエゼキエルの姿を見つけた。

気付けばその名を口にしていた。

「エル!」

「アンリ?」

彼に名を呼ばれてアンリエッタはハッと我に返った。

エゼキエルに会ってどうするというのだ。

慰めて貰うつもりだったの?
何を?
安心させて欲しかった?
何のために?

アンリエッタはひとつ深呼吸をして、自分の気持ちを落ち着けた。

大丈夫。

ちょっとびっくりしただけだ。

これはエゼキエルには関係ない事。

そう心の中で言い聞かせてから、ニッコリと微笑んだ。


だけどそんなアンリエッタの様子が気になったのかエゼキエルが訊いてきた。

「どうした?今日はベルファスト伯に会っていたんだろう?」

「うん。ねぇ聞いて?お父様ったらまたちょっとおでこが広くなっていたのよ」

「それは……意外と深刻な問題だよね。その手の方の救済魔術を考えてみるよ」

「それはお父様にとって朗報ね!明日の夜会でまた会ったら教えてあげるわ」


アンリエッタは精一杯微笑んだ。

明日、デビュタントを迎えるその夜会。

楽しみにしていた気持ちに少しだけ翳りが差したアンリエッタであった。












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