いつか終わりがくるのなら

キムラましゅろう

文字の大きさ
9 / 27

アンリエッタとエゼキエル十六歳、デビュタントの夜①

しおりを挟む
デビュタントとなる夜会当日の朝、

アンリエッタは専属侍女のマヤをはじめとする複数の侍女達に取り囲まれて目を覚ました。

「おはようございます妃殿下。さぁ起きて下さいまし、今日はやる事がいっぱいありますよ!」

そう言ったマヤに見ぐるみを剥がされてバスタブに放り込まれる。

いい香りの香油を入れた湯で全身を磨かれ、同じ香油でマッサージもされる。

爪を整えられ、人生初のマニキュアを塗ってもらう。
マネキュアは桜貝のような優しい色合いのものだった。
それだけでぐっと大人っぽい手になり、アンリエッタは思わず魔法だわ……と呟いて侍女達を笑わせた。

侍女たちが皆、口々に言う。

「わたし達の妃殿下。今日は貴女様をこの国で一番美しい女性にして差し上げますからね」

「オリオルにアンリエッタ妃あり!と国内外に言わしめましょう!」


ーーみんなやけに気合いが入っているわね、でもそれがデビュタントするという事なのね!私も頑張らなくては!

と、心の中で張り切るアンリエッタにマヤが
「今はその頑張りは、大人しく座っている事へと向けて下さいましね」と釘を刺してきた。

そしてドレスに着替え、装飾品を身につけて最後にティアラをのせる。

アンリエッタの淡いベージュブロンドをサイドに緩く編み込んだ髪に、エゼキエルの瞳の色のティアラは殊の外映えていた。

「完璧です……!」
「妃殿下、お美しゅうございます……!」
「よくぞここまで大きくなられて……」
「あんなにお小さかった妃殿下が……」

と、若干お母さんのような意見も飛び交ったが、その侍女たちの奮闘の甲斐あって今宵のアンリエッタは、月の女神の妖精(意味不明)かと見紛うばかりの美しさであった。

丁度その時、アンリエッタの自室の扉がノックされる。

「きっと陛下のお迎えですよ」

マヤがそう言って扉を開けた。

すると護衛騎士のリックが先ん出て入室した後に、王族の正装に身を包んだエゼキエルが入って来た。

そしてアンリエッタの姿を認めて柔らかく微笑む。

「アンリ」

「……エルっ……!」

ーーな、なんて素敵なのっ!!

銀糸の肩章や釦で飾られた深いチャコールグレーの詰襟の正装姿。
エゼキエルの濃紺の髪色によく映え、まるでどこかの国の王様かと思うばかりの神々しさであった。

ーーエルは本物の王様だけれども!

十六歳になり幼さの抜けて来た顔立ちはそれでもなお美しく、加えて魔術だけでなく剣術の鍛錬でも鍛えられた体格は既に少年と呼ぶには相応しくないほど逞しく成長している。

まぁ要するに大人っぽくて素敵!なのである。


「アンリ……!今日は本当に綺麗だね。アンリはいつも愛らしいけど、今日は月の妖精のように神秘的な美しさだ」

エゼキエルの賞賛の声に、侍女たちが小さくガッツポーズをしたのをアンリエッタは視界の端に捕えた。

でも今、アンリエッタはそれどころではない。

「何を言っているの!美しいのはエルの方よ!エルって本当に王様だったのね……!素敵だわカッコいいわ眼福だわありがとうエル……!」

エゼキエルがあまりにも素敵過ぎてアンリエッタの語彙力が崩壊し、もはや何を言っているのかわからない。

それを聞きエゼキエルは笑った。

「あははっ!お褒めにあずかり光栄だよ。でも今夜ばかりは絶対にアンリの方が綺麗だ。俺は最高に鼻が高いよ、こんな美しい人が我が妃だという事が」

といってエゼキエルはアンリエッタの手を掬い取り、指先にキスをした。

「きゃーっ」
という悲鳴が侍女連の方から聞こえたが、そっとしておいてあげるのが優しさだ。

何故だろう。

昨日、同じように指先にタイラー=ベルファストがキスをしたのに、その時の感覚と全く違う。

あの時はドキドキして恥ずかしかったけど、
エゼキエルのキスは嬉しくてくすぐったくて温かな気持ちになる。

ーーやっぱりエルって凄いわ。

何が凄いのかはアンリエッタにも分からないが、とにかく凄い。
凄く、大好きなのである。

思わずほぅ……とため息を吐いてしまう。

エゼキエルはそのままアンリエッタの手を取り、自身の腕に添わせた。

そのスマートなエスコートに侍女連からもため息が上がる。


「では行こうか。今夜を最高の夜にしよう」

「うん!」


様々な不安な気持ちもあったが、
自信に満ちたエゼキエルの姿を見て全て払拭されてしまった。

せっかくのデビュタント。

公の場でエゼキエルと初めてダンスを踊るのだ。

今日という日を楽しまなくては勿体ない。

アンリエッタは不思議とそんな気持ちになっていた。


そんなアンリエッタの姿を見てエゼキエルは心の中で安堵していた。


昨日、父親であるベルファスト伯との面会の後のアンリエッタは明らかに様子が変だった。

気になったので秘密裏にアンリエッタにつけている女性暗部から話を聞くと、ベルファスト伯は次期当主候補の青年を連れていたと言う。
聞けばアンリエッタの従兄だとか。

ーー再嫁する相手として紹介されたのか。


しかもアンリエッタの手に触れ、指先にキスをしたという。

ーー許せないな。


だから先程エゼキエルはアンリエッタの指先にキスをしたのだ。

アンリエッタの記憶から他の男の記憶を消し、上書きをしたかった。


成人するまであと二年。
いや、十七になれば準備期間として様々な事が一気に動き出すだろう。


ーーまだだ。まだ自分には圧倒的に足りないものがある。


だけどエゼキエルは絶対に状況を覆すつもりでいるのだ。

ーー必ず、必ず。


足りないのであれば掴み取ればいい。

補うなんてじれったい事は必要ない。


ーー絶対に失うもんか。


鮮烈に光るエゼキエルの赤い瞳。

この瞳に映り続けるのはただ一人でいい、
エゼキエルは幼い頃から既にそう決めていたのであった。


様々な思惑が交差する夜会が、

始まろうとしていた。








しおりを挟む
感想 300

あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです ※表紙 AIアプリ作成

ガネット・フォルンは愛されたい

アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。 子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。 元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。 それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。 私も誰かに一途に愛されたかった。 ❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。 ❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

一年だけの夫婦でも私は幸せでした。

クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。 フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。 フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。 更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。

処理中です...