いつか終わりがくるのなら

キムラましゅろう

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アンリエッタとエゼキエル、十六歳 デビュタントの夜②

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国王エゼキエルの宣言により、オリオル王国の社交シーズン幕開けを告げる最初の夜会が始まった。

十四歳の頃より、エゼキエルは国王として最初の宣言だけは行ってきており、夜会の参加者達もとうとう正式に出席となる国王を感慨深そうに見つめていた。

アンリエッタもデビュタントと同時に国王の妃として初めての公の場に姿を現したとなり、注目度はかなりのものであった。

侍女たちの努力の甲斐あり、人々の反応はなかなかのものだ。

去年のフィン侯爵家での一件もあり、なるほど十六にしてこれほど美しい妃であれば国王が大切にするわけである…と口々に囁かれていた。

夜会が始まると同時に、まずは国王夫妻のファーストダンスとなる。

エゼキエルの父である前国王が亡くなって以来数年ぶりの君主夫妻のダンスだ。

アンリエッタは正妃ではないが、今はアンリエッタしか妃がいないので当然エゼキエルと踊るのはアンリエッタという事になる。

公の場で、しかも大勢の人が見る中でのダンスは緊張するが、幾度となく練習の為に二人で踊ってきたのだ。

エゼキエルの完璧なサポートもあり、アンリエッタは失敗する事なく無事に踊り切る事が出来た。

それが終わればダンスフロアはその他のデビュタントを迎える令嬢や令息たちで華々しく彩られる。

アンリエッタももう少し踊りたいという気持ちもあるが、国王の妃としてエゼキエルと共に諸侯達からの挨拶を受けねばならなかった。

赤い絨毯が敷き詰められた夜会会場の一画がその場となる。

まずは前国王の弟であり、エゼキエルの叔父にあたるアバディ公爵クラウスが二人の前に進み出た。

我が国の筆頭公爵家の当主であり、幼いエゼキエルの代わりに王位に就くべきだという声も多かった人物である。

宰相であるモリス侯爵がへっぽこであれば、確実に王位を簒奪されていた……もしくは摂政と称して幼いエゼキエルが傀儡にされていたはずだと、侍従長がこっそり内情を教えてくれた。

アンリエッタはその元王弟クラウスを見つめた。

なるほど。三十代後半とまだ若々しく、臣籍に降りたといえど元王族として他者とは違う存在感を放っている。

アンリエッタは初顔合わせとなるが、
エゼキエルは叔父と甥としても何度も面識があるのでこの時も自然な感じで挨拶を受けていた。

「オリオルの輝く若き太陽にご挨拶を申し上げます。
いやはや本当にご立派になられた。こうして見ると亡き兄上によく似てこられた。きっと兄上も喜んでおられるに違いないですな」

「ありがとうございます叔父上。叔父上も息災そうで何よりです」

エゼキエルはこの叔父に対して特に思うところはないのか、淡々とした口調で挨拶を返している。

これも侍従長がこっそり言っていたのだが、以前は隙あらば幼い王を意のままにしようと画策していた公爵だが、宰相のモリスに悉くそれを邪魔立てされ、エゼキエルも年齢以上に聡明に成長したと認識してからはすっかり大人しくなったのだとか。

侍従長は今度は別の事を企んで…コホン、お考えになっているのではないかとも言っていたが……。

そのクラウスが、次にアンリエッタに挨拶の為に視線を向けてきた。

「アンリエッタ様にはお初にお目にかかりますな。クラウス=オ=アバディにございます。このような美しい花が王宮に咲いていたとは……幾つになっても新たな発見が有るものですな」

ーー美しい花だんて。この方、良い方だわ!

すっかり気を良くしたアンリエッタはとびっきりの笑顔で挨拶を返した。

「はじめましてアバディ公爵。アンリエッタにこざいます」

「妃殿下は微笑まれるとなお愛くるしいお方でございますな。陛下が大切にしておられるという噂、なるほど噂ではなく真実だと理解いたしました」

「はい。陛下には嫁いだ折よりとてもお優しくして頂いておりますわ」

「それは重畳。時に陛下、我が娘シルヴィーも今年で十三になりましてな」

ふいに娘の話になりエゼキエルが端的に返した。

「……そうですか」

「陛下が御即位された時はまだ7つの幼児おさなごでございましたが、いやはや光陰矢のごとし、子が成長するのは早いものでございますなぁ」

「そうですね」

エゼキエルはこれにも端的に返した。

「娘が従兄でもあらせられる陛下に一度お会いしてみたいと言っておりましてな、もしよろしければ今度会ってやって頂けませんでしょうか?」

「そうですね、機会があれば。では叔父上、後が支えておりますのでこれにて。今宵は是非良い夜をお過ごし下さい」

まだ話の途中でもあるようだがエゼキエルはそれを打ち切るようにクラウスに告げた。

後に挨拶の各諸侯が控えているのも確かであり、
クラウスはそれ以上何も言わずに礼を執った。

「……ではこれにて御前を失礼仕ります」

そしてそのまま踵を返し、この場を立ち去った。

アンリエッタはちらと隣にいるエゼキエルを盗み見る。


ーー今のは……アレよね?
アバディ公爵は、ウチの娘が陛下に釣り合うお年頃になりましたわよ、と言っていたのよね?
エルの正妃に迎えて欲しいという事なのかしら?

実のところ、エゼキエルの正妃候補者はどうなっているのだろう。

心の中に例のモヤモヤが来襲しそうになったその時、
次の挨拶にモリス侯爵とアンリエッタと同じように今宵デビュタントを迎えた娘のユリアナが前に進み出て来た。

そしてモリス侯爵が小さな声でエゼキエルに言う。

「やれやれ……この頃ようやく静かになったと思っていたら、公爵の次の狙いはコレでしたか……ホントにあの御仁は目の上のタンコブですな」

エゼキエルはその言葉にふっ、と笑って答えた。

「公爵が何を言い、何を思おうと関係ない」

それを聞き、宰相モリスは小さくため息を吐いてから言った。

「初志貫徹ですか?容易な事ではないと何回も申し上げておりますが、何度申し上げてもお気持ちが変わらないのも存じておりますし、貴方様がそれを望まれるお気持ちも理解出来ます。だから是非とも有言実行でお願い申し上げますよ」

「無論のこと」

「……?」


エゼキエルと宰相の会話の意図がさっぱり分からず、黙って聞いているしかないアンリエッタにユリアナが辛抱堪らずといった感じで声を掛けて来た。

「アンリエッタ様っ!!本当に素敵なドレスで良くお似合いですわっ!!エゼキエル陛下のセンスを褒める形になるのは悔しいですけれど、アンリエッタ様の美しさの前には瑣末な事ですわっ!!そのドレスを着こなせるアンリエッタ様が本当に素晴らしいという事ですわねっ!ああ……そのお姿を絵にして、我が家の居間にデカデカと飾りたいですわーーっ!!」

「うふふ。恥ずかしくて居た堪れませんので是非ご遠慮願いたいですわ。私なんかよりユリアナ様の方がよっぽどお美しいですわよ。とっても素敵です、ユリアナ様!」

「ありがとうございます!でも絶っっ対、アンリエッタ様の方が素敵に決まってますわよっ!」

興奮しきっている娘の肩を抱き、モリス侯爵は言った。

「落ち着きなさいユリアナ。全くキミはアンリエッタ様の事となると冷静さを欠くのだから。両陛下、これ以上娘が醜態を晒すのはまずいですのでこれにて御前を失礼いたします。ほらユリ、行きますよ」

そう言ってぐいぐいと娘を引っ張ってその場を去って行く。

「あーんアンリエッタ様ぁぁ!!」

連れ去られるユリアナが未練たらしくアンリエッタに手を伸ばしてその名を呼んだ。

「また後でお話しましょうねユリアナ様~」

アンリエッタはひらひらと手を振って見送った。

そしてエゼキエルと顔を合わせて笑い合う。

その時、次の高位貴族が前に進み出た。


アンリエッタはその姿を見て思わず声を漏らす。


「お父様……それと……」


「エゼキエル陛下、妃殿下、アイザック=ベルファストがご挨拶を申し上げます」


アンリエッタの実父であるベルファスト辺境伯アイザックと、
昨日おそらく再嫁する相手だろうと紹介されたタイラー=ベルファストがアンリエッタとエゼキエルの前で臣下の礼を執った。









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