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ミニ番外編
三年後 ハノンの復職
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長年御典医を支えた、王家専属の魔法薬剤師が定年を迎えた。
王宮の医務室に勤める薬剤師は複数人いるが、
王家専属の薬剤師は王族が服用する薬剤のみを調剤する特別な存在だ。
当然その任に就く者は誰でも良いわけではない。
魔法薬剤師としての実力の他に、明確な出自と社会的な立場やバックボーンなど多岐に亘って問題なしと判断された者だけが王族が口にする薬剤を調剤できるのだ。
それらのことを踏まえて、定年する薬剤師の後任に白羽の矢が立てられたのがフェリックス・ワイズ伯爵夫人のハノンであった。
本来であれば魔法薬剤師として現場でのブランクが長いハノンが選ばれるなど到底有り得ないだろう。
だがハノンは長年に亘り家族や親族の薬剤を調剤してきたし、かつてはハイレン西方騎士団の医務室でキャリアを重ねてきた経歴もある。
そして何より、王孫であるデイヴィッドの妃であるポレット妃の生母であることが、選出の最大の理由であろう。
加えて夫であるフェリックス卿は王太子クリフォードの無二の親友であるし、彼の生家のワイズ侯爵家は建国以来王家派の最大勢力だ。
ハノンの実兄であるファビアン卿も王家に忠誠を誓うロードリック辺境伯として、王国には無くてはならない存在であることからも、王家に害なす憂いは無しと判断されたようだ。
その王家専属の魔法薬剤師としての任に就く話は、
丁度良いと言っては不敬だがハノンにとって丁度良いタイミングだった。
末娘のノエルも十二歳になり、次年度からはアデリオール魔術学園の学生となる。
そろそろ自分のための時間を……つまりは魔法薬剤師として第一線で働きたいなぁと思っていたのだ。
まぁ全ては夫フェリックスが、外に働きに出るのを認めてくれればの話だが……。
ハノンの元には書面にて王宮からの要請書が届いているのだが、直接クリフォードから打診されたフェリックスは帰宅後、その要請書を前に腕を組んで見つめていた。
ソファーに隣合って座り、共に書類に目を落としていたハノンは、フェリックスをちらりと横目で見遣る。
四十路になり、さらに深みを増した美しい顏の眉間に深いシワが刻まれている。
内心「ぷっ」と吹き出しながらハノンはフェリックスに尋ねた。
「貴方はこの話をどう思う?私に王家専属の魔法薬剤師が務まると思う?」
ハノンの言葉にぐりんと上半身を向け、フェリックスが答える。
「もちろん。優秀なキミなら立派に務まるだろうと思っているよ。実力を取っても人柄を取っても背後関係を取っても、王家にとってこれほど信用できる人間はいないだろう」
「……でも、貴方は私の復職に反対なの?」
「反対じゃない。反対なんかしない。キミにはいつだって生きたいように生きて欲しいと願っているんだ」
ハノンはひとつひとつ、フェリックスから言葉を引き出していく。
「伯爵家の家政が回らないとか懸念しているのでもないのよね?」
「もちろんだ。キミなら当主夫人も母親も魔法薬剤師も、何足の草鞋だろうと履きこなすと解っている。だから当然、そこに憂いなどないよ」
東方の国の言い回しを用いてそう答えたフェリックスに、ハノンは笑みを浮かべる。
「信用してくれて嬉しいわ。……でも、本音でいうと?」
「キミを下心を持つ有象無象の輩の目に触れさせたくない」
キッパリとそう言い切ったフェリックス。
そんなことだろうと思った。
でもきっと彼はそれを口にしてはいけないと思っていたのだろう。
子育ても一段落して、ハノンが復職したいと考えていたのはフェリックスなら勘づいていたはずだから。
本当は家にいて自分だけのハノンでいて欲しいと思っているが、自身の我儘で縛り付けてはいけないと思っていたはずだ。
だからこそ王宮からの打診の書類を何も言わずに腕を組んで見つめていたのだろう。
「下心を持つ輩って……こんなおばさんに誰も見向きはしないわよ」
ハノンがそう言うと、フェリックスは驚愕に満ちた顔をする。
「何を言っているんだっ!?ハノン、キミの美しさと色香は年々深みを増しているというのにっ!」
「そんなことを思うのはフェリックスだけよ?」
「そんな訳はないだろうっ!俺の美の真贋は幼い頃に学んだ美術家庭教師からの折り紙付きだぞっ!」
「ふふふ、ありがとう。でも王家の専属なら貴方が言うその……有象無象?とやらの相手をすることもないし、何よりもポレットが口にする薬剤を管理することが出来るのよ?」
「素晴らしい。理想的な職場だな。いや、打診された時からわかってはいたんだ。復職するにあたりこれほど良い環境はないだろうと」
「そうよね。じゃあこのお話、お受けしても問題はないわね?」
「断る理由が見つからないな」
「ありがとう!貴方ならそう言ってくれると思っていたわ」
ハノンは隣に座るフェリックスに抱きついた。
「ハノン……キミが嬉しいと俺も嬉しいよ」
そう言って幸せそうにハノンを抱きしめるフェリックスだが、後で「ん?」と思うことになる。
ハノンに巧く誘導され、いつのまにか言質を取られていたことに、後になって気付くフェリックスであった。
そしてハノンの復職にあたり、
当然この人が黙っているはずがない。
「ハノンが復職ですって!?アタシも王宮で働くぅーーっ!!」
リズムの入学が決まり、魔術学園の医務室を辞めていたメロディ。
(依怙贔屓を防ぐため、在学生の家族は職員として採用しないという学園の規定に従った上の事)
そしてメロディは、自分の目が届かない場所をカバーするのにこれほど頼りになる守護神は居ないと判断したフェリックスを抱き込み(「ヤダ物理的にじゃないわヨ♡」)王宮魔法薬剤師のポストを難なくゲットしたのであった。
王宮の医務室に勤める薬剤師は複数人いるが、
王家専属の薬剤師は王族が服用する薬剤のみを調剤する特別な存在だ。
当然その任に就く者は誰でも良いわけではない。
魔法薬剤師としての実力の他に、明確な出自と社会的な立場やバックボーンなど多岐に亘って問題なしと判断された者だけが王族が口にする薬剤を調剤できるのだ。
それらのことを踏まえて、定年する薬剤師の後任に白羽の矢が立てられたのがフェリックス・ワイズ伯爵夫人のハノンであった。
本来であれば魔法薬剤師として現場でのブランクが長いハノンが選ばれるなど到底有り得ないだろう。
だがハノンは長年に亘り家族や親族の薬剤を調剤してきたし、かつてはハイレン西方騎士団の医務室でキャリアを重ねてきた経歴もある。
そして何より、王孫であるデイヴィッドの妃であるポレット妃の生母であることが、選出の最大の理由であろう。
加えて夫であるフェリックス卿は王太子クリフォードの無二の親友であるし、彼の生家のワイズ侯爵家は建国以来王家派の最大勢力だ。
ハノンの実兄であるファビアン卿も王家に忠誠を誓うロードリック辺境伯として、王国には無くてはならない存在であることからも、王家に害なす憂いは無しと判断されたようだ。
その王家専属の魔法薬剤師としての任に就く話は、
丁度良いと言っては不敬だがハノンにとって丁度良いタイミングだった。
末娘のノエルも十二歳になり、次年度からはアデリオール魔術学園の学生となる。
そろそろ自分のための時間を……つまりは魔法薬剤師として第一線で働きたいなぁと思っていたのだ。
まぁ全ては夫フェリックスが、外に働きに出るのを認めてくれればの話だが……。
ハノンの元には書面にて王宮からの要請書が届いているのだが、直接クリフォードから打診されたフェリックスは帰宅後、その要請書を前に腕を組んで見つめていた。
ソファーに隣合って座り、共に書類に目を落としていたハノンは、フェリックスをちらりと横目で見遣る。
四十路になり、さらに深みを増した美しい顏の眉間に深いシワが刻まれている。
内心「ぷっ」と吹き出しながらハノンはフェリックスに尋ねた。
「貴方はこの話をどう思う?私に王家専属の魔法薬剤師が務まると思う?」
ハノンの言葉にぐりんと上半身を向け、フェリックスが答える。
「もちろん。優秀なキミなら立派に務まるだろうと思っているよ。実力を取っても人柄を取っても背後関係を取っても、王家にとってこれほど信用できる人間はいないだろう」
「……でも、貴方は私の復職に反対なの?」
「反対じゃない。反対なんかしない。キミにはいつだって生きたいように生きて欲しいと願っているんだ」
ハノンはひとつひとつ、フェリックスから言葉を引き出していく。
「伯爵家の家政が回らないとか懸念しているのでもないのよね?」
「もちろんだ。キミなら当主夫人も母親も魔法薬剤師も、何足の草鞋だろうと履きこなすと解っている。だから当然、そこに憂いなどないよ」
東方の国の言い回しを用いてそう答えたフェリックスに、ハノンは笑みを浮かべる。
「信用してくれて嬉しいわ。……でも、本音でいうと?」
「キミを下心を持つ有象無象の輩の目に触れさせたくない」
キッパリとそう言い切ったフェリックス。
そんなことだろうと思った。
でもきっと彼はそれを口にしてはいけないと思っていたのだろう。
子育ても一段落して、ハノンが復職したいと考えていたのはフェリックスなら勘づいていたはずだから。
本当は家にいて自分だけのハノンでいて欲しいと思っているが、自身の我儘で縛り付けてはいけないと思っていたはずだ。
だからこそ王宮からの打診の書類を何も言わずに腕を組んで見つめていたのだろう。
「下心を持つ輩って……こんなおばさんに誰も見向きはしないわよ」
ハノンがそう言うと、フェリックスは驚愕に満ちた顔をする。
「何を言っているんだっ!?ハノン、キミの美しさと色香は年々深みを増しているというのにっ!」
「そんなことを思うのはフェリックスだけよ?」
「そんな訳はないだろうっ!俺の美の真贋は幼い頃に学んだ美術家庭教師からの折り紙付きだぞっ!」
「ふふふ、ありがとう。でも王家の専属なら貴方が言うその……有象無象?とやらの相手をすることもないし、何よりもポレットが口にする薬剤を管理することが出来るのよ?」
「素晴らしい。理想的な職場だな。いや、打診された時からわかってはいたんだ。復職するにあたりこれほど良い環境はないだろうと」
「そうよね。じゃあこのお話、お受けしても問題はないわね?」
「断る理由が見つからないな」
「ありがとう!貴方ならそう言ってくれると思っていたわ」
ハノンは隣に座るフェリックスに抱きついた。
「ハノン……キミが嬉しいと俺も嬉しいよ」
そう言って幸せそうにハノンを抱きしめるフェリックスだが、後で「ん?」と思うことになる。
ハノンに巧く誘導され、いつのまにか言質を取られていたことに、後になって気付くフェリックスであった。
そしてハノンの復職にあたり、
当然この人が黙っているはずがない。
「ハノンが復職ですって!?アタシも王宮で働くぅーーっ!!」
リズムの入学が決まり、魔術学園の医務室を辞めていたメロディ。
(依怙贔屓を防ぐため、在学生の家族は職員として採用しないという学園の規定に従った上の事)
そしてメロディは、自分の目が届かない場所をカバーするのにこれほど頼りになる守護神は居ないと判断したフェリックスを抱き込み(「ヤダ物理的にじゃないわヨ♡」)王宮魔法薬剤師のポストを難なくゲットしたのであった。
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