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一瞬の再会
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アミシュ達が宝物庫に着くと、
徒ならぬ気配が漂っていた。
《さっき一瞬感じた気配はこれだったのね》
王女レティシアが持ち出そうとして壊した宝物は
“精霊の石”だと知らされた。
古代種の精霊の力は厄介だが、“精霊の石”の力ならば運がいいと言える。
何故なら“精霊の石”は元々コルベール家が所有していた物だからだ。
先々々々々々々……わからないほど昔の代の先祖が
王家に献上した魔道具だと父から教わった。
コルベール家縁の精霊ならば、コルベールの血を持つ人間ならなんとか出来る。
しかし問題は………
「ちょっと!!あなた達っ!何をしてるのっ!?
早く私を助けなさいっ!!早くっ!!」
パニックになっている王女殿下が精霊力の不安定さをより煽っている事である。
只今王女サマは精霊の力の膜の中に閉じ込められている様な状態である。
“精霊の石”の中に封じ込められていたのは
古代種の精霊の力であって精霊そのものではないのだが、精霊力自体に精霊の残留思念が残っているのである。
その残留思念はとくに“負”の感情に
作用され易いのだ。
普段、荒事とは縁遠い暮らしをされている王女様にこの状況は耐えられないだろうけど、
もう少し我慢して欲しいとアミシュは思う。
“場”を荒立てず、静かにしていてほしいのだ。
どうやら“精霊の石”に封じ込められていた力は
“火”と“風”だ。
最悪の組み合わせとも言える。
古代種の精霊は二つの属性を持っていたらしい。
“水と風” “地と水” “風の地” “火と水”などと
様々な属性が組み合わされて生まれてくる精霊だったのだ。
二つの性質を保つのはかなりのエネルギーを要するらしく、故に古代種の精霊は短命であり、
やがて自然界から淘汰されていった。
今現在、この世界にいる精霊は全て一つの属性しか持たない。
結局、精霊力が強くても短命なものより、力はそこそこでも生命力の強いものだけが生き残ったという事だ。
話は逸れたが、今この“場”を支配している
精霊力は“火と風”なのだ。
風は火を煽り、暴発をも引き起こす。
少しの刺激も命取りになる。
アミシュは王女を落ち着かせようと、努めて冷静に話しかけた。
「王女殿下、今お救い致しますので、どうか静かにお待ち下さい。ラッキーですよ、ここには精霊魔術師が二人もいます。もう直ぐにでもお救いしますから、どうか心を落ち着かせて下さい」
「こんな状況でどうやって落ち着けというのよ!!直ぐに助けられるというのならさっさとなさいっ!!」
〈あぁ……そんな大きな声を出して、
周りの空気に波紋を広げて……〉
アミシュがそう思った途端に、王女の目の前で炎が上がった。
刺激を与えられた精霊力が反応したのだ。
「キャアッ!!」
「マクシム!」「よっしゃあ!」
アミシュが呼ぶとマクシムが出現した炎を一瞬で
氷に変えた。
小さな炎で良かった……。
いくら氷結魔法が得意なマクシムでも
大きすぎる炎を凍らせる事は出来ない。
しかし今の炎で、王女が更にパニックになった。
「もう嫌っ!!どうして私がこんな目に遭わなくてはならないの!?ただハルトに精霊の石とかいう
宝物をあげようと思っただけなのにっ!!」
その言葉を聞き、アミシュは王女に尋ねた。
「……ハルト=ジ=コルベールに?
どうして彼にそんな王家の至宝と呼ばれる物を……?」
「決まってるじゃない!彼を愛しているからよ!
精霊騎士なら精霊に纏わる宝物が欲しい筈でしょ?だから彼にプレゼントしようと思ったのよ!」
「愛して……王女殿下とハルト=ジ=コルベールは
その……愛し合っているのですか?」
「……き、決まってるじゃない!と、当然よ!
きっと今に彼が救いに来てくれるわ!そうよ、絶対に来てくれるわ!」
「……そうですか……そうですね、彼は決して大切な人を見捨てるような人じゃありませんものね……」
アミシュは俯いた。
噂では散々聞かされていた事だが、
実際に当事者に聞かされると現実味を帯びてくる。
「アミシュ?」
ポピーが不思議そうにアミシュを見た。
急に様子が変わって気になったのだろう。
いけない。
今は異常事態だ。
落ち込んでいる場合じゃない。
王女殿下がハルトの大切な人ならば、
自分に出来る事はただ一つ。
ハルトが迎えに来ると信じている王女様を
無事に救い出し、ハルトに渡す事だ。
〈そうねハルトは必ず来るわ、王女殿下を迎えに〉
悲しくて辛くて寂しいけど、大好きなハルトが
幸せになれるなら頑張れる。
〈わたしはやれる、
わたしは強い子元気な子……!〉
アミシュは自分を奮い立たせた。
そして数体の水の精霊を顕現させ、
古代語で精霊に語りかける。
その様はまるで異国の歌を歌っているようであった。
アミシュからの指示であろう、
水の精霊は宝物庫の天井まで飛び上がり水を雨のように放出した。
ただの水ではなさそうだ。
この水自体から精霊力を感じる。
アミシュがもう一つの班の体格の良い魔術師に言った。
「この雨には炎の精霊力を弱める効果があるわ、
でもそれもいつまで保つかわからない。今のうちに
王女殿下を抱えて外にお連れして!」
「りょ、了解!」
もう一人の精霊魔術師がアミシュに告げた。
「では私は一時的にでも殿下の周りの精霊力を払おう」
「お願いします」
その精霊魔術師が自信が使役する精霊に命じる。
すると精霊たちはレティシアの元まで飛んで行き、飛び交いながらレティシアの周りを取り囲んでいた精霊力を払った。
しかし古代種の精霊力は払ってもたちまちに空間を埋めるべく戻ろうする。
しかし隙間が出来た。
「今よ!急いで!」
アミシュの掛け声で魔術師がダッシュする。
そして「失礼致します」レティシアに言い、体を横抱きにしてその場を離れた。
その時である、
宝物庫の入り口から数名の騎士が突入して来た。
騎士服の肩章から王太子付きの騎士だとわかった。
そしてその中にはもちろん、ハルトがいた。
「ハルト!!」
王女レティシアはハルトの姿を見ると彼の名を叫ぶように呼んだ。
あぁ……やっぱり来るんだな、
とアミシュは思った。
大切な人の窮地を見過ごす人ではない。
アミシュはフードを目深に被り直し、
レティシアを抱えている魔術師に言った。
「王女殿下をあの騎士にお渡しして」
「了解」
魔術師がハルトの元へと王女を連れて行く。
レティシアはハルトの方へと手を伸ばし、感激しながら彼の方を見ていた。
「ハルト……!やっぱり助けに来てくれたのね、
待っていたわ……!」
魔術師は抱き抱えたレティシアをハルトに受け渡そうとしながら言った。
「王太子殿下の騎士の方ですね、王女殿下はこの通りご無事です。どうか一刻も早くお連れしてこの場を離れて下さい」
魔術師にそう告げられ、
ハルトはレティシアを受け取りながら尋ねた。
「この場をどう鎮めるつもりですか?
僭越ながらお手伝いをしたいと思います」
ハルトは一緒に連れ立ってきた他の騎士に
レティシアを引き渡そうとしたが、
レティシアはハルトの首にしがみ付いて喚き出した。
「イヤっ!!!
ハルトが連れて行ってくれなければここから離れないわっ!!他の者が私に触れるなんて許せないものっ!!」
「…………コルベール、とりあえず王女殿下を安全な場所に放り込み…じゃない、お連れしてくれ。その方が早そうだ」
ハルトからレティシアを受け取ろうとした他の騎士
がそう言った。
「了解しました……」
その騎士達のやり取りを見ていた魔術師が言う。
「こちらの事はお気遣いなく。
わたしとあともう一人、精霊魔術師がおります。しかも彼女は精霊の扱いに長けた人物ですので」
「え?」
何かが引っかかったハルトが詳しく聞こうとするも
その場にいた騎士がハルトを促す。
「早く行けコルベール、
一刻も早く王女殿下を安全な場所へ」
「は、はい」
返事をしたハルトが宝物庫の入り口に向けて歩き出した。
その様子をずっと見ていたアミシュは、
心の中でハルトの背中に語りかけた。
〈……良かった、王女殿下がご無事で。良かったね、ハルト……〉
一瞬、涙が滲みそうになったが慌てて頭を振り
やり過ごす。
今は胸の痛みを感じている場合でも、
メソメソと泣いている場合でもない。
早くこの場を収めねばと思ったその時、
ふいにハルトが振り向いた。
〈……え?〉
何故か一心にこちらを見ている。
アミシュはフードを被っているし、声も発していない、バレるはずはないのに何故かハルトが入り口の所でこちらを見ているのだ。
でも、最後に正面から顔を見れてよかった。
いつも横顔や後ろ姿ばかりだったから。
次に彼と正面から顔を合わせる時は
もう婚約者同士としてではないだろう。
不思議と心が凪いでいた。
頭の中は様々な感情でいっぱいなはずなのに、
何故か心は凪いでいたのだ。
アミシュもハルトの方を一心に見つめる。
そろそろ精霊魔術師が払い続けた古代種の精霊力が戻りつつあるのだろう、
水の精霊のおかげで炎は上がっていないが
嵐の前触れのような風が吹き始めていた。
アミシュのローブが、フードが風にはためく。
次の瞬間、いきなり突発的な風が巻き起こり、
アミシュのフードを吹き飛ばした。
ハルトの目が大きく見開かれる。
「…………!!」
ハルトの目の前に鮮やかな赤い髪が広がった。
ル=コルベール家特有の赤い髪。
「……アミ…シュ……?」
ハルトが呆然とした顔でこちらを見ている。
〈あーあ……最後の最後でバレちゃった。
でももういいか〉
そう思い、アミシュは昔からハルトの前でよくしていたイタズラっぽい満面の笑みを浮かべた。
「アミ……
ハルトはアミシュの名を呼ぼうとしたが扉が閉められてしまい、それが最後まで叶わなかった。
アミシュがポピーに向かって言う。
「ポピー!外からは誰も入れないように鍵を閉めて結界を張って!」
「わかったわ!」
ポピーはそう返事して実行に移した。
とりあえず今はこちらに集中せねば。
“精霊の石”の精霊力を鎮めるためには……
アミシュは懐から
魔術師用の小さなナイフ取り出した。
徒ならぬ気配が漂っていた。
《さっき一瞬感じた気配はこれだったのね》
王女レティシアが持ち出そうとして壊した宝物は
“精霊の石”だと知らされた。
古代種の精霊の力は厄介だが、“精霊の石”の力ならば運がいいと言える。
何故なら“精霊の石”は元々コルベール家が所有していた物だからだ。
先々々々々々々……わからないほど昔の代の先祖が
王家に献上した魔道具だと父から教わった。
コルベール家縁の精霊ならば、コルベールの血を持つ人間ならなんとか出来る。
しかし問題は………
「ちょっと!!あなた達っ!何をしてるのっ!?
早く私を助けなさいっ!!早くっ!!」
パニックになっている王女殿下が精霊力の不安定さをより煽っている事である。
只今王女サマは精霊の力の膜の中に閉じ込められている様な状態である。
“精霊の石”の中に封じ込められていたのは
古代種の精霊の力であって精霊そのものではないのだが、精霊力自体に精霊の残留思念が残っているのである。
その残留思念はとくに“負”の感情に
作用され易いのだ。
普段、荒事とは縁遠い暮らしをされている王女様にこの状況は耐えられないだろうけど、
もう少し我慢して欲しいとアミシュは思う。
“場”を荒立てず、静かにしていてほしいのだ。
どうやら“精霊の石”に封じ込められていた力は
“火”と“風”だ。
最悪の組み合わせとも言える。
古代種の精霊は二つの属性を持っていたらしい。
“水と風” “地と水” “風の地” “火と水”などと
様々な属性が組み合わされて生まれてくる精霊だったのだ。
二つの性質を保つのはかなりのエネルギーを要するらしく、故に古代種の精霊は短命であり、
やがて自然界から淘汰されていった。
今現在、この世界にいる精霊は全て一つの属性しか持たない。
結局、精霊力が強くても短命なものより、力はそこそこでも生命力の強いものだけが生き残ったという事だ。
話は逸れたが、今この“場”を支配している
精霊力は“火と風”なのだ。
風は火を煽り、暴発をも引き起こす。
少しの刺激も命取りになる。
アミシュは王女を落ち着かせようと、努めて冷静に話しかけた。
「王女殿下、今お救い致しますので、どうか静かにお待ち下さい。ラッキーですよ、ここには精霊魔術師が二人もいます。もう直ぐにでもお救いしますから、どうか心を落ち着かせて下さい」
「こんな状況でどうやって落ち着けというのよ!!直ぐに助けられるというのならさっさとなさいっ!!」
〈あぁ……そんな大きな声を出して、
周りの空気に波紋を広げて……〉
アミシュがそう思った途端に、王女の目の前で炎が上がった。
刺激を与えられた精霊力が反応したのだ。
「キャアッ!!」
「マクシム!」「よっしゃあ!」
アミシュが呼ぶとマクシムが出現した炎を一瞬で
氷に変えた。
小さな炎で良かった……。
いくら氷結魔法が得意なマクシムでも
大きすぎる炎を凍らせる事は出来ない。
しかし今の炎で、王女が更にパニックになった。
「もう嫌っ!!どうして私がこんな目に遭わなくてはならないの!?ただハルトに精霊の石とかいう
宝物をあげようと思っただけなのにっ!!」
その言葉を聞き、アミシュは王女に尋ねた。
「……ハルト=ジ=コルベールに?
どうして彼にそんな王家の至宝と呼ばれる物を……?」
「決まってるじゃない!彼を愛しているからよ!
精霊騎士なら精霊に纏わる宝物が欲しい筈でしょ?だから彼にプレゼントしようと思ったのよ!」
「愛して……王女殿下とハルト=ジ=コルベールは
その……愛し合っているのですか?」
「……き、決まってるじゃない!と、当然よ!
きっと今に彼が救いに来てくれるわ!そうよ、絶対に来てくれるわ!」
「……そうですか……そうですね、彼は決して大切な人を見捨てるような人じゃありませんものね……」
アミシュは俯いた。
噂では散々聞かされていた事だが、
実際に当事者に聞かされると現実味を帯びてくる。
「アミシュ?」
ポピーが不思議そうにアミシュを見た。
急に様子が変わって気になったのだろう。
いけない。
今は異常事態だ。
落ち込んでいる場合じゃない。
王女殿下がハルトの大切な人ならば、
自分に出来る事はただ一つ。
ハルトが迎えに来ると信じている王女様を
無事に救い出し、ハルトに渡す事だ。
〈そうねハルトは必ず来るわ、王女殿下を迎えに〉
悲しくて辛くて寂しいけど、大好きなハルトが
幸せになれるなら頑張れる。
〈わたしはやれる、
わたしは強い子元気な子……!〉
アミシュは自分を奮い立たせた。
そして数体の水の精霊を顕現させ、
古代語で精霊に語りかける。
その様はまるで異国の歌を歌っているようであった。
アミシュからの指示であろう、
水の精霊は宝物庫の天井まで飛び上がり水を雨のように放出した。
ただの水ではなさそうだ。
この水自体から精霊力を感じる。
アミシュがもう一つの班の体格の良い魔術師に言った。
「この雨には炎の精霊力を弱める効果があるわ、
でもそれもいつまで保つかわからない。今のうちに
王女殿下を抱えて外にお連れして!」
「りょ、了解!」
もう一人の精霊魔術師がアミシュに告げた。
「では私は一時的にでも殿下の周りの精霊力を払おう」
「お願いします」
その精霊魔術師が自信が使役する精霊に命じる。
すると精霊たちはレティシアの元まで飛んで行き、飛び交いながらレティシアの周りを取り囲んでいた精霊力を払った。
しかし古代種の精霊力は払ってもたちまちに空間を埋めるべく戻ろうする。
しかし隙間が出来た。
「今よ!急いで!」
アミシュの掛け声で魔術師がダッシュする。
そして「失礼致します」レティシアに言い、体を横抱きにしてその場を離れた。
その時である、
宝物庫の入り口から数名の騎士が突入して来た。
騎士服の肩章から王太子付きの騎士だとわかった。
そしてその中にはもちろん、ハルトがいた。
「ハルト!!」
王女レティシアはハルトの姿を見ると彼の名を叫ぶように呼んだ。
あぁ……やっぱり来るんだな、
とアミシュは思った。
大切な人の窮地を見過ごす人ではない。
アミシュはフードを目深に被り直し、
レティシアを抱えている魔術師に言った。
「王女殿下をあの騎士にお渡しして」
「了解」
魔術師がハルトの元へと王女を連れて行く。
レティシアはハルトの方へと手を伸ばし、感激しながら彼の方を見ていた。
「ハルト……!やっぱり助けに来てくれたのね、
待っていたわ……!」
魔術師は抱き抱えたレティシアをハルトに受け渡そうとしながら言った。
「王太子殿下の騎士の方ですね、王女殿下はこの通りご無事です。どうか一刻も早くお連れしてこの場を離れて下さい」
魔術師にそう告げられ、
ハルトはレティシアを受け取りながら尋ねた。
「この場をどう鎮めるつもりですか?
僭越ながらお手伝いをしたいと思います」
ハルトは一緒に連れ立ってきた他の騎士に
レティシアを引き渡そうとしたが、
レティシアはハルトの首にしがみ付いて喚き出した。
「イヤっ!!!
ハルトが連れて行ってくれなければここから離れないわっ!!他の者が私に触れるなんて許せないものっ!!」
「…………コルベール、とりあえず王女殿下を安全な場所に放り込み…じゃない、お連れしてくれ。その方が早そうだ」
ハルトからレティシアを受け取ろうとした他の騎士
がそう言った。
「了解しました……」
その騎士達のやり取りを見ていた魔術師が言う。
「こちらの事はお気遣いなく。
わたしとあともう一人、精霊魔術師がおります。しかも彼女は精霊の扱いに長けた人物ですので」
「え?」
何かが引っかかったハルトが詳しく聞こうとするも
その場にいた騎士がハルトを促す。
「早く行けコルベール、
一刻も早く王女殿下を安全な場所へ」
「は、はい」
返事をしたハルトが宝物庫の入り口に向けて歩き出した。
その様子をずっと見ていたアミシュは、
心の中でハルトの背中に語りかけた。
〈……良かった、王女殿下がご無事で。良かったね、ハルト……〉
一瞬、涙が滲みそうになったが慌てて頭を振り
やり過ごす。
今は胸の痛みを感じている場合でも、
メソメソと泣いている場合でもない。
早くこの場を収めねばと思ったその時、
ふいにハルトが振り向いた。
〈……え?〉
何故か一心にこちらを見ている。
アミシュはフードを被っているし、声も発していない、バレるはずはないのに何故かハルトが入り口の所でこちらを見ているのだ。
でも、最後に正面から顔を見れてよかった。
いつも横顔や後ろ姿ばかりだったから。
次に彼と正面から顔を合わせる時は
もう婚約者同士としてではないだろう。
不思議と心が凪いでいた。
頭の中は様々な感情でいっぱいなはずなのに、
何故か心は凪いでいたのだ。
アミシュもハルトの方を一心に見つめる。
そろそろ精霊魔術師が払い続けた古代種の精霊力が戻りつつあるのだろう、
水の精霊のおかげで炎は上がっていないが
嵐の前触れのような風が吹き始めていた。
アミシュのローブが、フードが風にはためく。
次の瞬間、いきなり突発的な風が巻き起こり、
アミシュのフードを吹き飛ばした。
ハルトの目が大きく見開かれる。
「…………!!」
ハルトの目の前に鮮やかな赤い髪が広がった。
ル=コルベール家特有の赤い髪。
「……アミ…シュ……?」
ハルトが呆然とした顔でこちらを見ている。
〈あーあ……最後の最後でバレちゃった。
でももういいか〉
そう思い、アミシュは昔からハルトの前でよくしていたイタズラっぽい満面の笑みを浮かべた。
「アミ……
ハルトはアミシュの名を呼ぼうとしたが扉が閉められてしまい、それが最後まで叶わなかった。
アミシュがポピーに向かって言う。
「ポピー!外からは誰も入れないように鍵を閉めて結界を張って!」
「わかったわ!」
ポピーはそう返事して実行に移した。
とりあえず今はこちらに集中せねば。
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