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今度は追いかけられているようです

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第二王女レティシアがやらかした所為で
王家の至宝とも呼ばれた“精霊の石”から放出された精霊力を鎮めるため、アミシュは懐から魔術師用のナイフを取り出した。

そして自身の班の班長ゲランに問う。

「お願いした魔道具は用意出来ましたか?」

「ああ、ここに」

ゲランはローブの胸ポケットから手の平サイズの
小さな箱を取り出した。
でもただの箱ではない。
これ自体が魔力や精霊力など、形態を持たない“力”を入れておく魔道具なのだ。

「ありがとうございます」

アミシュは箱型の魔道具を受け取った。

ゲランがアミシュに尋ねる。

「一体それをどうするつもりなんだ?」

「壊れた“精霊の石”の代わりにするんです」

「え?」

それだけでは要領を得ないゲランが訝しげな顔をする。

「簡単な事ですよ、この中に溢れちゃった
精霊力を入れるんです」

「そんな事が出来るのか?」

副班長のバルデが驚きの表情を浮かべる。

「他の古代種の精霊の力なら難しいと思います。
でも精霊の石に入っていた精霊力は大昔にウチの先祖と契約を結んだ精霊のものです。その先祖の血を引く者ならなんとかなるかと」

「でも……どうやって?」

今度はマクシムが質問してきた。

「契約をし直すのよ。多分、上手くいくわ」

「多分って、お前……」

「まぁ見てて」

そう言ってアミシュは持っていたナイフで自身の
指先を切った。

「ひっ!?」とポピーが慄いていたが、
アミシュは構わずその指先から滲み出した血を魔道具の内側に塗り付けた。

アミシュの指先から血が滲んだ時点で既に
宝物庫に充満してた精霊力がざわついたのが
ここにいる者全員にわかった。

そしてアミシュは指先から出ている血を前に掲げ、誰にとなく話しかける。
まぁ間違いなく精霊力に話しかけているのだろう。

「ほ~らほら、懐かしいでしょ?久しぶりでしょ?
アナタの大好きなコルベールの血ですよ~。これが欲しかったら、わたしと契約を結び直してわたしのものになりなさ~い」

アミシュが軽い口調で言うと、
宝物庫中の精霊力が一箇所に集まり始めた。

やがては大人の男の頭部くらいの大きさの球体になる。

それ自体がまるで一つのイキモノのようだ。
アミシュは精霊力には持ち主だった精霊の残留思念があると言っていたが、それもなるほど頷ける。

凄まじい質量とエネルギー量を感じた。
なにせ、“火”と“風”二つの性質分だ。
普通はこんなに上手く二つの属性が混ざり合って安定しているなど考えられない。

もしが暴走していたら……
考えるだけで恐ろしい。

を能力として宿していた古代種……
めちゃくちゃだ。

しかもそれと契約して使役していたコルベール家……
大陸でも有数の古い血筋エンシェントブラッドだという事だが、どうやら本当らしい。
と、アミシュと同じく精霊魔術師は思っていた。


「よしよしいい子ね、この血が欲しい?
欲しいならわかってるわね?」

球体は変化なくその場に浮いている。

“是”と取って良いという事か。

アミシュは古代語エンシェントスペルで球体に語り出した。

魔術師であるならば、それが契約を結ぶ内容だと
いう事は誰もが分かる事だ。

そしてアミシュは指先をそっと球体に近づけ、
自らの血を球体に与えた。

指先のほんの一滴の血であったにも関わらず、
球体は大量の水分を嚥下した時のように
「ゴクン」と飲み込む音がした。

「お利口ね、じゃあこの箱の中に入りなさい。
アナタの新しいベッドよ、急に起こしてごめんね。
また静かにお昼寝していて」

アミシュがそう言いながら魔道具の蓋を開けると、
球体はまるで中に塗られたアミシュの血に吸い寄せられる様に箱型の魔道具の中に消えた。

素早く魔道具の蓋を閉め、次にアミシュは
封印魔法を唱えた。

そして大きくため息を吐く。

「良かったぁぁぁ…!上手くいったぁ……」

「よくやったコルベール!」

「た、助かった……!」

「さすがは精霊に愛される一族、コルベール家……」

皆一様に安堵した姿を見せた。

副班長のバルデがアミシュに言った。

「ご苦労だったコルベール。一応医務室へ行って
消毒をして来い。上への報告等はこちらでしておくから」

「ありがとうございます、
 そうさせていただきます」

そう言ってアミシュは、
古代種の精霊力の入った魔道具を班長に渡して
医務室へと向かった。

〈とにかく大惨事にならなくて良かった……
なんか疲れたな……ハルトにバレちゃったけど、
もう関係ないし……〉

知らずアミシュの足取りは何かを振り切るように
早くなっていた。



◇◇◇◇◇


その頃、ハルトは走っていた。

自己最高速度だろうと思うほど
猛ダッシュしていた。

あれから急いでレティシアを王女宮に放り込み……
いや、送り届けて来た。

その際にレティシアがしがみ付いて離れなかったが
丁重に引き剥がし、他の騎士にその場を頼んで
今は急ぎ宝物庫に戻っている最中だ。

ようやく宝物庫に辿り着くと、
どうやら無事に解決した後のようだ。

魔術師達が宝物庫から出て、王宮から遣わされた者たちと何やら話をしている。

ハルトは慌てて駆け寄って、
先ほど話したもう一人の精霊魔術師に尋ねた。

「アミシュは!?
精霊魔術師のアミシュ=ル=コルベールは
無事ですか!?」

「あぁ、貴方は先ほど騎士の方ですね。
彼女は無事ですよ、いやぁ見事でした。
コルベール家とは斯くも精霊と縁が深いものなのかと、驚きを禁じ得ませんでした。同じ精霊魔術師を名乗っていますが、格が違う。そういえば、貴殿もコルベール家の……?」

魔術師がそこまで言った時、
急にハルトに声を掛けて来た者がいた。

「あ!コ、コルベール様だ!
またいらしたんですか?何か忘れものですか?」

アミシュの同期で同じ班の魔術師、ポピーだった。

「アミシュは、彼女はいますか!?」

ハルトが焦りを隠しきれずにポピーに詰め寄る。

「え!?え!?アミシュ!?なんでアミシュ!?
アミシュなら医務室に行きましたけど!?」

「医務室!?怪我を!?」

ハルトが焦ったように問うとポピーがぶんぶんと首を横に振って答えた。

「ナイフで少し傷付けた指先を
消毒に行きました……!」

「指先……やはりあの方法を用いたのか……
わかった、ありがとう!」

そう言うや否やハルトは急ぎ踵を返して
戻って行った。

おそらく医務室へ向かっているのだろう。


〈アミシュ……なぜ王宮ここに?
一体いつから……なぜ黙ってたんだ……!〉

とにかく一刻も早くアミシュを捕まえねば。

どうして魔術師として勤めていたのかも聞きたいし、
一体いつから王宮に居たのかを知りたい。

〈アミシュはもしや……知っているのだろうか、俺と王女の噂を……〉

とてつもない焦燥感がハルトを襲う。

もしアミシュが自分と王女の関係を誤解して、
それで名乗り出なかったとしたら。

もし身を引こうと婚約解消など考えていたとしたら……!


〈アミシュ!!〉


ハルトはこれまた凄まじい疾走を
王宮の皆に披露した。


しかし、医務室に着いた時には一足違いで
アミシュは既に居なかった。

その後はどこを探しても会えない。

魔術師団の詰め所を訪ねても、
女子寮に直接行っても、
王宮を隈なく探しても少しも見つからなかった。

アミシュの同僚の話では
毎日出仕はしているらしい。

ではなぜ会えないのだ………?

会って話がしたいのに、
まさか避けられている?

こんなタイミングよく行き違いばかり起こるか?

ハルトの中で焦る気持ちが増していった。


それもそのはず、

アミシュは逃げまくっていた。

あの時は不思議と凪いでいた心もやはり落ち着けば
千々に乱れ、今やアミシュの心の中はハリケーン並みの暴風雨だ。

〈ダメ、やっぱり心の準備がまだ出来ない……!
今、ハルトと向き合ったら絶対泣き喚く!!〉

今はまだハルトと王女と向き合えないと、
得意のストーキング能力を逆に活かして
逃げまくっている、アミシュであった……。


はよ向き合え。



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