怪異の忘れ物

木全伸治

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見下されてる

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「あ、あなた危ないわよ、そんなにスピード出して!」
助手席に座る妻がアクセルを踏み込む俺に怯えていた。だが、俺はスピードを緩めずに妻の怯える視線を無視した。俺は、走り屋じゃないし、若い頃に峠を攻めた経験もなかった。正直、運転は上手くない。それでも、怯える妻を乗せたまま車のスピードは緩めない。真夜中近く、ライトに照らされるのは木々ばかりで、対向車もない。人気のない山奥の峠道だ。カーブで少しハンドルを持って行かれそうになるが、今のところギリギリで曲がり切れていた。
これは、妻を連れ出しての強引な深夜のドライブだ。
事故っても構わない。むしろ、妻と一緒に事故って即死した方がスッキリする。そんな気分で俺はアクセルを踏んでいた。
「俺は知ってるんだからな。お前、絶対音感があるからって、学歴の低い俺を見下しやがって、誰の給料で飯食ってると思ってるんだ」
車を運転しながら妻にいう。
「ベ、別に、み、見下してなんか・・・」
「お前が、こっそり、友達と俺のことをバカにしているのをはっきり聞いたんだよ。低学歴で給料が低いって、おまけに音楽の趣味が悪くて、絶対音感を持っている自分には苦痛だって、トイレに籠ってこっそり愚痴ってただろ」
「え、なに、トイレ、盗み聞き?」
「盗み聞きって人聞きの悪い、うちにトイレ一つしかないのに、トイレの中で長電話してる方が悪いだろ」
そうだ。先に妻がトイレに入っていて、こっちがトイレが開くのを待っていたら、中から俺への悪口が漏れ聞こえたのだ。
聞きたくはなかった。だが聞いてしまった以上、その怒りを妻に伝えるようにアクセルを踏む。スピードを出して妻を怖がらせる。幼稚な復讐だ。
だが、直接、手を下すほど、こっちは暴力が好きではない。叩いたり殴ったりしない代わりの暴走だ。
「あ、あれは、結婚している友達と話してたら、つい旦那の悪口で盛り上がっただけよ、でも、あなたの音楽のセンスが悪いのは本当のことでしょ」
「なんだよ、絶対音感のお前に合わせて、クラシックを趣味にしろって言うのか」
「少なくとも、萌えソングよりマシでしょ」
「おいおい、最近のアニソンは、世界的に評価されてるんだぜ」
「だからって、三十過ぎのおっさんが休日に萌えソングを聞いているのはどうなのよ」
「なんだ、いいだろ、萌えソング」
「それより、そろそろ気付いたら」
「なに?」
「こんなに走ってるのに、ガソリンメーターが減ってないでしょ。それと景色も」
「景色?」
言われて俺はガソリンの残量と外の景色を見た。
「変わってない?」
かなりスピードを出して、それなりに走ったはずだったが、家を出るときに確認したときとおなじで、残量は、全く変わっていないようだ。
外の景色も、暗いから、同じように見えるだけかとも思ったが、ガードレールや道路標識など、ゲーム画面のようにずっと同じなことに気づいた。
慌ててカーナビで現在位置を確認しようとしたが、進行方向のただ真っすぐな道だけが表示されていた。
「ようやく気がついた?」
妻が呆れるような顔をしている。
「ほら、事故のあった場所に、死んだひとの幽霊が突っ立っているってあるでしょ、あれと一緒で、私たちも事故を起こして、成仏できずに、事故現場周辺の道路を繰り返し走ってるのよ」
「な、まさか・・・」
「なら、車を止めてみなさいよ。あなたは自分でスピードを出しているつもりだろうけど、スピードが戻せないでしょ」
バカなと思いつつアクセルから足を離そうとするが、離れない。
「ほら、あのカーブ、まだ花束がある」
「えっ・・・」
「まさか、事故の原因が、旦那の悪口を言っていた妻へのつまらない嫌がらせだったなんてね」
次の瞬間、強い記憶が飛ぶほどの衝撃を感じた。
「きゃっ」
助手席の本気で怖がる妻の悲鳴が聞こえた。
危なかった。マジで冷や汗をかいたが、ぎりぎりでカーブを曲がり切ったようだ。
妻を怯えさせたので、俺は少し笑みをこぼしていた。
「あ、あなた危ないわよ、そんなにスピード出して!」
俺は怯える妻の声を無視していた。
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花雨
2021.08.10 花雨

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