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しおりを挟むどうやら父の状態は、シャロンが考えるよりもずっと思わしくないようだ。
人の手を借りながら薬を飲む父に対してそれ以上問いただす気にはなれず、シャロンはマヌエルと一緒に部屋を後にした。
「お腹は空いていませんか?」
部屋を出て少し歩いたところでマヌエルが一緒に食事をとらないかと提案してきた。
「お腹、ですか……その……」
シャロンは、最後の宿場を出てから飲み物以外は何も口にしていなかった。
だから、空腹を感じていないわけではなかったのだが、城内の食糧庫の状況がよくわからない中、二つ返事をすることは躊躇われた。
シャロンに回す食料があるのなら、復旧のため身を粉にして働いているロートスの民を優先するのが当たり前だと思ったからだ。
「大丈夫です。今回の遠征に際し、港に停泊する我が海軍の船のうち一隻は食料品を積んできました。それともうすぐ追加の船が祖国より到着する予定です」
彼はシャロンの心配などお見通しだったようだ。
「では、お言葉に甘えて……」
自ら進んで何かを口に入れたいと思うのも、随分久しぶりに思えた。
どこで食事を取るのか聞くと、マヌエルは自身が滞在する部屋でも良いだろうかと返した。
彼は今、王宮内にある賓客用の部屋を使用しているという。
そしてちょうど食事の用意をさせていたところだったのだと。
「客人でもない私が賓客用の部屋を使わせていただくのは心苦しいのですが、安全面など考慮するとそこが一番適していたため……」
「そんな、遠慮なさらないでください。マヌエル殿下はこのロートスを救ってくださった恩人です。それくらいの事で文句を言う者などいないはずです」
「ですがいくら救援とはいえ、いきなりやってきて武力を行使した人間が、堂々と王宮内を闊歩し、賓客室で休んでいるなんて……あらぬ誤解をする者がいないとも限りませんから」
確かに。
エドナを退けたエウレカが、弱ったロートスに同じことをするのではないかと勘ぐる者がいてもおかしくはない。
こんな時は誰もが疑心暗鬼になってしまうものだ。
「ですが……私がシャロン王女の婚約者であることは国民も知っていますから、その部分で不安は少し取り除けているのではないかと……この先も、誤解を受けない行動を全兵士に心がけさせます」
「あの……そのことについてですが──」
「とりあえず、席に座りましょう」
広いリビングの中央に置かれたテーブルには、既に食事の用意がされていた。
「話の内容も鑑みて、侍従たちは下がらせます」
言葉通り人払いをしたマヌエルは、自ら椅子を引き、シャロンを席へと誘う。
「どうぞ」
「お気遣いありがとうございます」
テーブルの上にのっていた料理は、どれも初めて目にするものばかり。
ロートスとは調理法のまるで違うそれらが物珍しく、思わず目をぱちくりとさせるシャロン。
向かい側に座ったマヌエルから笑みが漏れた。
「エウレカの郷土料理です。戻られたばかりのシャロン王女には、ロートスの食事が恋しいだろうと思ったのですが、我らが運び込んだ食材を考えるとどうしてもこうなってしまって」
マヌエルは申し訳なさそうに謝ると、料理の説明をしてくれた。
「エウレカは島国なので、沿岸部などは特に新鮮な魚介を使った料理が多いのですが、今回は保存のきく食材を中心に運んだので……女性には少し……いえ、かなり物足りないかもしれません」
「そんなこと……とても美味しそうです」
並べられた料理はお世辞にも豪華とは言えないが、その方がシャロンも遠慮せず口に運べる。
シャロンは目の前で湯気を立てるスープを口に運んだ。
「……美味しい……」
「お口に合いましたか?」
マヌエルの顔がパッと輝いた。
見た目にも鮮やかな真っ赤なスープは、エウレカで太陽の光をたっぷり浴びて育ったトマトが使われているという。
「毎年消費に困るほど豊作で、それをぶつけ合う祭りもあるのですよ」
「トマトを?人と人が?」
「ええ。町中が血の海のようになるんです。当たりどころが悪いと目に入り、しみて痛いのなんのって」
「まさか、殿下もトマト祭りに?」
「ええ。日頃の鬱憤を込めて、誰彼構わず思いっきりぶつけてやります。慈しみ守るべき国民ですが、その日だけは知りません」
「ふふっ……ふふふ……!」
「意外ですか?」
「はい。これまでのマヌエル殿下からはとても想像できなくて」
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