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しおりを挟む「姫様、お召し物はどれにいたしましょう」
並べられていたドレスや宝石類は、ロートスの城で暮らしていた時に愛用していたものばかり。
これが最後に見たのと同じ状態のままここにあるということは、エドナ兵は強奪なども行わなかったということだ。
彼らは真実、自分たちの矜持のためだけにロートスへ攻め入った。
このあとの交渉がどうなるのかはわからないが、和平の道を探るなら、ロートスとてエドナには少なくない賠償をしなければならないだろう。
彼らの誇りを傷つけたのは、ほかならぬこの国の王なのだから。
シャロンは装飾の控えめな紺色のドレスを選び、宝石類は選ばずそのまま下げさせた。
用意した侍女たちに悪気がないのはわかるが、こんな時に着飾るような非常識な神経は持ち合わせていない。
支度を済ませたシャロンのもとに、マヌエルの侍従が訪ねてきた。
家族との面会について、いつにするかの確認だった。
「……できるなら、今から会えますか」
「かしこまりました。ではこちらに」
セシルとの一方的な婚約破棄、そしてマヌエルとの結婚を命じられた時も、父はシャロンの訴えに一切取り合ってはくれなかった。
それどころか軟禁までされたのだ。
再び真意を問いただしたところで何も答えてはもらえないかもしれないが、こんな事が起きてしまった今、父にも何か心境の変化があるかもしれない。
案内されたのは王宮の最奥にある国王の私室。
中へ促されたシャロンが見たのは、見るからに衰弱した父の姿だった。
「お父さま……」
頬はこけ、表情が抜け落ちた顔でソファに座る父は、まるで別人のようだった。
シャロンが連れさられたあと、いったいどのような扱いを受けていたのだろう。
(父に対するセシル殿下の……いえ、エドナの民の怒りは相当だった……)
命を奪われずに済んだだけ幸運だったのかもしれない。
「シャロン……」
国王はゆっくりとシャロンに視線を向けた。
シャロンは父の横で膝をつき、その骨ばった手を取った。
「戻ってまいりました。お父さまもご無事でなによりです」
「……っと……く……」
「お父さま、今なんて?」
「もっと早く……お前をエウレカへ……やれば……よかった……」
「それは、どういう意味でしょうか」
エドナの急襲を逃れ、シャロンがエウレカへ嫁いでいたとしても、この事態は免れなかったはず。
エドナは必ずやロートスへ報復しただろう。
「……奴ら、お前を得た後我が国に攻め入る計画を……本当に卑怯な奴らだ……」
父王の奥歯が軋む音を立てた。
「まさか、いくら何でもそんな事……エドナ兵は一般市民には手を出しませんでした。それに強奪や乱暴行為もなかったと──」
「奪い取った人や物の扱いを間違えれば、必ずや同じ憂き目にあう……いくら蛮族とはいえ多少の知恵はあるはず。目的のためならそれくらいやってみせるだろう」
「セシル殿下がその計画に加担していたとでもいうのですか?だからわたしをエウレカへ?」
「それについてはわたしから説明を」
突如、背後から聞こえてきたマヌエルの声に、シャロンは驚いて振り返った。
するとそこにはマヌエルだけでなく、長年仕えてくれている王宮侍医とその助手の姿が。
「せっかくの再会を邪魔するような真似をしてすみません。廊下で彼が陛下の具合を心配しておりましたので」
侍医は薬杯の載った銀盆を手に、マヌエルの後ろで申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
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