嘘つきな獣

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 道中、会話は一切なかった。
 なぜロートスに攻め込んだのか。
 家族はどうなったのか。
 どうしてシャロンだけを連れて先に発ったのか。
 これからどこへ行くのか。
 なにもかもがわからないことだらけだったが、シャロンはただ恐ろしくて、質問することもできなかった。
 後ろからすっぽりと包み込む大きな身体。
 手綱を握る手はシャロンよりもずっと大きく骨ばっている。
 彼は本当にあのセシル王子なのだろうか。
 シャロンよりも小さくて、身体も細かったあの男の子が、こんなにも大きく?

 一行は商人や旅人たちが使う街道ではなく、整備もまばらな林道を進んで行く。
 追跡を避けるためだろうか。
 悪路にもかかわらず、隊列に乱れはない。
 突入してから城を出るまでの流れといい、見事なまでに統率が取れていることから、今回の件は入念に計画された上で実行されたのだろう。
 (でもなぜなの……)
 なぜセシルはシャロンだけを城から連れ出したのか。
 婚約破棄の件で面子を潰されたことに怒り、それでシャロンを人質にし、ロートスを脅すつもりだろうか。
 けれど父王は、娘の幸せよりも自国の繁栄を優先するような人間だ。
 シャロンを人質にして交渉に臨んでも、彼らにとって良い結果は得られないだろう。
 
 道中は休憩を挟みながらの移動だった。
 しかし慣れない馬での移動と目まぐるしく変わる状況に身体がついていけなかったようで、馬上にもかかわらず、シャロンは気を失うように眠ってしまった。
 そして目を覚ますと、辺りの景色は一変していた。
 湿気った風に乗って流れてくる潮の香り。
 岩礁に打ち付けられる波の音。

 「目が覚めたか」

 頭上から聞こえた低い声に、無意識に身体が強張った。
 恐る恐る顔を上げると、セシルは不機嫌そうな表情でシャロンを一瞥した。

 「ここは……」

 「エドナだ」

 セシルの視線の先を追うと、見慣れない建造物が目に入った。
 エドナは外敵から国民を守るため、街ごと高い壁で囲った要塞都市だと聞いていた。
 実際目にするのは初めてだが、物々しい雰囲気は緑豊かなロートスとはまったく異なっている。
 門を潜って中に入ると、セシルたちを見つけた民が歓声を上げて集まってきた。
 それは沿道を埋め尽くすほどで、皆がセシルの帰還を祝う言葉を口にしていた。
 シャロンは震えながら下を向いていた。
 彼は戦いに勝って、【戦利品】を持ち帰った英雄なのだろう。
 もちろん戦利品はシャロンで、自分は今見せ物にされているのだ。 

 人混みを抜け、王城へと続く坂を登る。
 坂は途中で途切れ、その下には深い壕が掘られていた。
 有事の際、王城に敵を入れないためのものだろう。
 セシルの合図で跳ね橋が渡され、門が開く。
 初めて足を踏み入れるセドナの王城。
 馬を下りたセシルはシャロンの手を引き、脇目も振らずどこかへ向かって歩き出した。
 彼の歩みは早く、シャロンは何度も足を縺れさせた。
 しかしセシルは気にせず、半ば引きずるように歩き続ける。
 連れて行かれたのは王城に隣接する塔。
 入口の衛兵はセシルを確認すると頭を下げ、道を開けた。
 永遠に続くかと思うような螺旋階段を必死で登る。
 階段の途中にあるいくつかの扉を過ぎ、やがて空気の流れを感じたと思ったら、階段は重厚な金属製の扉の前で終わった。
 扉には、外側からかける大きな鍵がついていた。
 セシルは扉を開けると再びシャロンの手を引く。

 「……っ!」

 室内に入ったシャロンはあまりの眩しさに目を瞑る。
 薄暗い螺旋階段とはまるで違う、燦々と陽の光が降り注ぐ室内。
 バルコニーへと続く大窓からは柔らかな風が吹き込んでくる。
 セシルは何も言わぬまま、中央に置かれていたソファの上にシャロンの身体を投げつけた。
 衝撃に耐えるのが精一杯で、悲鳴を上げることもできない。

 「なぜエウレカの王子を選んだ」

 彼の瞳には怒りの炎が燃え滾っていた。

 「それは、私が決めたことではありません。父が──」

 「嘘をつけ!」

 「嘘ではありません。私はエドナに嫁ぐつもりでした」

 「黙れ。お前たちロートスの民がエドナを馬鹿にしていたことはしっている。遊牧民あがりの田舎者とな」

 「そんな……私はそんな風に思ったことは一度もありません。ロートスの民とて、エドナへの感謝を忘れたことはないはず」

 セシルは懸命に訴えるシャロンを嘲笑った。

 「笑わせる。自らの手を汚さず俺たちをいいように使い、報奨金は僅かしかよこさない。挙げ句に書簡一枚で婚約破棄だと?舐めるのもいい加減にしろ」

 ロートスに降りかかる幾多の災難から民を守ってくれたエドナに、十分な報酬を渡さなかった?
 それに、書簡一枚で婚約破棄とはいったい……。

 「それは、本当の話なのですか?」

 国同士の関係を左右する大事を、賠償もせず書簡一枚で破棄するなんて非常識にもほどがある。
 いくら父でもそんなことをするはずがない。
 しかしセシルから返ってきた答えにシャロンは愕然とする。

 「本当もなにも、お前とエウレカのマヌエル王子は恋仲だと言うではないか。ロートス国王は父として娘の気持ちを尊重してやりたいとご立派なことが書いてあった」

 「そんな……!」

 なんてひどい嘘を。
 おそらく父は、自分に非難の矛先が向くことを恐れたのだ。だから婚約破棄はシャロンの意思だと書き記した。
 セシルの様子を見る限り、彼は父の嘘を信じ込んでいる。
 早く誤解を解かなくては。

 「マヌエル王子と恋仲なんて嘘です。あなたとの婚儀を間近に控えた日、父から突然エウレカへ嫁ぐよう言われました。何を言っても取り合ってもらえず私にはどうすることも──」

 「黙れ!何が『突然』だ。ならお前の部屋に飾ってあった花嫁衣装はなんだ。あんなものが突然用意できるとでも?」

 「ですが本当に──」

 「黙れと言っている!」

 激昂するセシルに説明したいのだが、何を言っても途中で遮られてしまう。
 シャロンはどうしたらいいのかわからず途方に暮れた。
 
 「私をどうなさるおつもりですか……」

 「お前はただの人質だ。ロートスとの交渉が終わるまではここにいてもらう」

 吐き捨てるように言うと、セシルは乱暴な足取りで部屋を出て行った。
 
 
 
 
 

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