妾の嫁入り

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 紫乃が部屋を去ったあと、室内に珠子の金切り声が響いた。

 「瑛久さん!あなた、いったいどういうつもりなの!!」

 「そうよ!お兄様ったら、蒔子お義姉さまの気持ちを少しは考えてあげてよ!」

 二人の猛口撃に、側で聞いていた大多喜も困り顔をしていた。
 しかし責められている当人の瑛久は、いたって冷静だった。

 「これは父の命令だ。文句があるなら父に言いなさい」

 「そんな!蒔子お義姉さまを愛しているのなら、お父様に逆らってでも断るものじゃないの!?しかもあの紫乃って子、古川のおじさまが囲っていた妾の子だって言うじゃない。そんな卑しい血筋が水無瀬の家に混じるなんて、絶対に嫌よ!」

 鈴子に続き、珠子も「その通りだ」と大きく首を振る。

 「ならどうしろというんだ。名家の令嬢が、正妻のいる男の妾になってくれるとでも?そんなのあり得ないことくらい、よくわかっているだろう」

 「でも──」

 「なら鈴子、お前が今すぐ婿を取って、水無瀬家の跡取りとなる男児を産むか?」

 「そ、それは……」

 痛いところをつかれ、鈴子は気まずそうに口を噤んだ。

 「水無瀬の家の存続のため、紫乃さんに私の子を産んでもらう。いいな」

 ──面倒なことになったものだ

 番頭の大多喜は、目の前で繰り広げられる光景に辟易しながら、心の中でひとりごちる。

 水無瀬家に大嵐を巻き起こした妾の迎え入れ。
 そもそもは水無瀬家の存続を危惧した当主茂の発言だったが、ことの発端は一年前に遡る。

 長男の瑛久は、東京帝国大学を二十五歳で卒業し、そのあとすぐ、父が経営する水無瀬材木店に入った。
 そしてほどなくして、同じ深川でセメント製造所を経営する小田家の娘で、四歳年下の蒔子と見合い結婚をする。
 二人の仲は順調そのもので、特に蒔子は初対面で瑛久に強烈な一目惚れをし、結婚するまでは眠れぬ日々を過ごしたほどだったとか。
 また、お互いの両親も深川で会社を構える者同士関係は非常に良好で、珠子は蒔子を実の娘のように可愛がり、鈴子も実の姉のように懐いた。
 そんな二人の間に子ができるのは自然の流れで。
 結婚して僅か三ヶ月での蒔子の懐妊に、両家は大いに沸いた。
 しかし幸せの絶頂の中、その日は突然訪れた。
 鮮紅色の出血と、腹部のけいれん様の痛み。
 母体を診察した医師から告げられたのは、流産という残酷な結果だった。
 我が子を失った悲しみで泣き暮らす蒔子を、瑛久を始め家族は懸命に支えた。
 そのかいあって蒔子は立ち直り、再び瑛久との子どもを望んだ。
 そしてめでたく二度目の妊娠が判明した。
 今度こそはと蒔子は日常生活を見直し、栄養面や心理面に至るまで細心の注意を払った。
 だが、悲劇は再び夫妻を襲った。
 二度目の流産だった。

 最終的に三度の流産を繰り返した蒔子に医師は、おそらくこの先も妊娠は可能だが、出産まで漕ぎつける可能性は低いだろうと告げた。
 その最後の流産が一年前。
 このままでは水無瀬家存続の危機だと感じた当主の茂は、知り合いの伝手をたどって瑛久の妾を探し始めた。
 もちろん家族には内密で。
 反対されることが目に見えていたからだろう。
 良家の子女を妾にするのは不可能で、かといって、どこの馬の骨ともわからぬ娘を連れてくれば、親族を名乗る輩が乗り込んできて、ゆすりやたかりといった行為に及ぶこともある。
 醜聞はなんとしても避けたいところ。
 そこで茂が目を付けたのが、名のある家に産まれた庶子だった。
 大っぴらに存在を明かすこともできず、家の中に囲われているような存在ならば尚よし。
 いつ水無瀬家に迎えても、存在を隠せるからだ。
 めでたく子が生まれたら、瑛久と蒔子の間にできた子だと発表すればいいだけ。
 そうして選ばれたのが紫乃だった。

 ──しかし、あれじゃあ……

 大多喜は、初めて見た紫乃の容姿を思い出す。
 がりがりに痩せた身体。
 いくら未成熟とはいえ、女性らしい柔らかさや丸みが微塵もない。
 おそらく古川の正妻から酷い目に遭わされていたのだろう。
 庶子とはいえ子どもに罪はないと、ちゃんとした食事を与え、教育を受けさせ立派に育て上げる奥方もいるのに。
 食事も満足に与えないくらいだ、きちんとした教育も受けさせていないに違いない。
 いくら跡継ぎを作るためとはいえ、果たしてあの瑛久が、紫乃にちゃんと反応するのだろうか。
 それだけではない。
 大多喜は、ちらりと横に座る珠子と鈴子を盗み見る。
 ふたりとも、揃って不満そうな表情を浮かべている。
 卑しい血筋を跡取りにするのは嫌だ、しかし自分が犠牲になるのはまっぴら御免。
 そんな感情が透けて見える。
 なんとも身勝手な女たち。
 のちのち大いに揉めることは、想像に容易い。
 長年水無瀬家の番頭としてこの家を見守ってきた大多喜は、余計なこととわかっていても、ついつい心配せずにはいられなかった。






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