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しおりを挟む夕食を運んできたキヨに、紫乃は昼間の出来事について謝った。
キヨはなにも言わなかったが、きっと鈴子から小言を言われたはずだ。
これからはもう二度と母屋には近付かないことを告げ、食べ終えた膳は玄関に出しておくことにした。
あんなことがあった後にもかかわらず、紫乃の元にはちゃんと夕食が届けられた。
もしもこれが古川の家だったなら、紫乃が再び食事ができるのは数日先のことだろう。
(人として扱ってもらえることには感謝しなければ)
食べ終えた膳を持ち、玄関の引き戸を開けると、そこには意外な人物の姿があった。
「瑛久……さま?」
「あ、あの……こんばんわ」
「え?ああ、こんばんわ」
いきなり戸が開いたせいだろう。
瑛久は少し驚いたような顔をしていた。
「夕食は終わられましたか」
「はい」
「膳を持ってどこに行かれるのです?そういったことは使用人がやりますが」
「いえ、あの……終わったらここに置いておく約束をしたので……」
昼間のことを話すわけにはいかない。
紫乃は話を逸らした。
「あの、なにかご用でしたでしょうか?」
「用……というかその、今後のことについて少し」
外はもうすっかり暗い。
いくら世間知らずの紫乃でも、こんな時間に男の人と二人きりになるのが非常識なことくらいわかる。
けれど、あらかじめ瑛久には今日の訪問を告げられていたし、今は彼が当主代理。
断るという選択肢は紫乃にはない。
「どうぞ」
紫乃に促された瑛久は、どこかほっとしたような表情をして、離れの中に足を踏み入れた。
さっきまで夕餉を取っていた居間で、瑛久と向かい合って座る。
「なにか生活に不便なことはありませんか」
「いいえ。私には十分すぎるほどです」
初日は緊張と疲れから、ゆっくり周りを見る余裕もなかった。
しかし改めて部屋を確認してみたら、備えつけられた家具や生活用品、小物に至るまで、女性を迎えるための気遣いが感じられた。
これを珠子や鈴子がしてくれたとは考えにくい。
となると、やはり入院中の当主か瑛久どちらかの計らいであることは明確だ。
「なるべく皆さまにご迷惑をかけないよう過ごすつもりです。必要以外、外にも出ないようにいたします」
「なにもそこまで私たちに気を遣う必要はありません。まあ……母や妹の鈴子はあんな感じで申し訳ないのですが」
珠子と鈴子の名が出たので、紫乃はずっと気になっていたことを聞いてみた。
「あの……蒔子さんは……」
「ああ……蒔子ですか」
途端、瑛久は眉間に皺を寄せた。
「彼女のことは必ず説得しますので、どうかお気になさらずに。あなたはただ健やかな子を産むことだけ考えてくだされば」
瑛久の口から出た予想もしなかった言葉に、紫乃は一瞬聞き間違えたかと思った。
「あの……子を産む、とはどういうことですか?」
水無瀬の家にはもう瑛久と鈴子がいる。
それなのに、当主の妾の紫乃が子を産むとはいったい──
「紫乃さん。今回の話、古川様からはどのようにお聞きになられたのですか?」
「その……父からはただ、妾として水無瀬家に入れと」
「それは間違っていません。その他には?」
「いえ、それだけしか」
「それだけですか?本当に?どういった経緯で妾になるのかは聞かれなかったのですか」
父娘の歪な親子関係など知る由もない瑛久からすれば、妾になるにあたり、紫乃になんの説明もされていなかったことが信じられないようだ。
そればかりではない。
この調子ではきっと、実の娘を妾に出す古川の父の気持ちを思いやっていた可能性まである。
「父は、あまり多くを聞かせると、私が尻込みしてしまうとでも思ったのでしょう。あとは
水無瀬様を信頼してのことかと」
父をかばうつもりなど毛頭なかったが、このままでは瑛久に余計な気を遣わせてしまうのではないかと思い、咄嗟にそれらしい嘘をついてしまったが、どうやら納得してくれたようだった。
「では、私からご説明します」
瑛久は居住まいを正し、紫乃を真っすぐに見据えた。
「紫乃さん」
「は、はい」
「あなたに、私の子どもを産んでもらいたいのです」
「……え……?」
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