妾の嫁入り

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 紫乃の反応に、瑛久はやっぱり、といった風に小さくため息をついた。

 「その様子だと、父の妾になると思っていたようですね」

 それはそうだろう。
 だって瑛久には妻がいて、父親だって妾を邸内に住まわせるなんてことはしていないのに、まさか息子がなんて誰が思うのか。
 蒔子という彼の妻が体調を崩したのも紫乃が原因だとすれば、夫婦仲は悪くないはずなのに。
 しかし、彼の口から語られたのは、若夫婦を襲った予想もしない悲劇だった。

 「蒔子との間に、三度子どもを授かりました。けれどどの子も育たず……医師からはこの先また授かったとしても、出産まで漕ぎつけるのは難しいだろうと」

 その痛ましい顔からは、ここに至るまでの葛藤がどれほどのものだったのかがうかがえる。

 「あなたにも、蒔子にも、本当に申し訳ないと思っています」

 家制度に縛られるこの時代、戸主を引き継げるのは代々原則【長男】と決まっていた。
 それゆえに一家にとって子ども──【男児】が生まれるかどうかはとても大切な事だった。
 瑛久のように、一見浮気などとは縁のなさそうな男が妾を受け入れるほどにだ。
 そこには父である水無瀬家当主からの圧もあったのだろうと推察される。
 病をわずらったというなら尚のこと、一族の行く末を危惧したであろうから。
 戸主は自身の一存で、戸籍から家族を排除することもできる。
 従わないのなら勘当だと脅された可能性もあるだろう。
 万が一そんなことになれば、瑛久のみならず、蒔子も路頭に迷うかもしれない。

 「……驚きましたが、私は瑛久さまの言うことに従います」

 相手が誰であれ、紫乃の役目に変わりはない。
 もちろん今はまだ、自分が目の前にいる人の子どもを産むなんて想像もつかないが。

 「ありがとう」

 瑛久の目には安堵の色が浮かんでいた。

 「あの……では、このあと……その、いたすのでしょうか?」

 身も蓋もない言い方に、瑛久は慌てた。

 「いや、私としてはそこまで急ぐつもりはありません」

 「ですが、ご当主が病に臥されている今、跡継ぎの誕生を急がなければならないのでは……?」

 「確かにその通りですが、父も今すぐどうこうということではないので。私としては、子の母となるあなたとの関係も、大切に育みたいと思っています」

 驚いた。
 この瑛久という男は、これまで紫乃が見てきたどの男性──いや、どの人間とも違う。
 妾の子として蔑まれてきた紫乃を、ひとりの女性として尊重しようとしてくれている。
 さすがにそんな夢のような話があるはずないと思ったが、瑛久の目は嘘をついているようには見えなかった。

 「二日に一度、こちらに参ります。夕餉などご一緒しましょう」

 「でも──」

 瑛久の家族は納得しているのだろうか。
 けれどそれは紫乃が口を出す問題でもない。
 紫乃は口から出かけた言葉を飲み込んだ。

 「まだ時間はあります。お互いのことについて、これからゆっくり知っていきましょう」

 「……はい」

 紫乃の返事に、瑛久は穏やかな笑みを返した。











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