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しおりを挟むそれから瑛久は約束通り、二日に一度、夕食の時間の少し前になると、紫乃の暮らす離れを訪れた。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ」
いつもはシャツにズボンといった装いの瑛久だが、夕食前に風呂に入るのが常のようで、ここに来る時はいつも浴衣と羽織だった。
紫乃にとって唯一身近な男性であった父も、母と過ごす離れを訪れる時はいつも浴衣だったので、こうしてふたりでいると懐かしいような気持ちになる。
二人は夕食の善を前に、向かい合って座った。
「では、食べましょうか」
「はい」
瑛久の音頭で、いただきます──揃って手を合わせた。
夕食を共にしたのは数えるほどだが、瑛久の食べ方はいつ見ても美しい。
姿勢がよく、ひとつひとつの動作がゆっくりで、食材はひと口を小さめにして口に運ぶ。
箸の使い方が上手で、好き嫌いもせず、食べ終わった茶碗には米粒ひとつ残っていない。
もちろん瑛久は食べ方だけでなく、普段の生活における所作も同じように優雅だ。
瑛久は食事の合間に紫乃に話しかけ、お互いその日の出来事などを報告し合った。
最初はぎこちなかった紫乃だが、瑛久の気遣いもあり、会話も少しずつ嚙み合うようになってきた。
「紫乃さんは祭りに行かれたことはありますか?」
「祭り……ですか?母が生きていた頃は何度か……」
おぼろげな記憶だが、母に手を引かれて行った露店で、飴細工を買ってもらった覚えがある。
あの頃は母の存在だけが、紫乃と外の世界を繋ぐ唯一の手段だった。
「深川では、八月に大きな祭りがあるんですよ」
江戸三大祭のひとつである深川八幡祭りは、三年に一度本祭りが催され、大小合わせて百数基もの神輿に水をかけながら練り歩く、勇壮無比な連合渡御が名物なのだとか。
「今年がちょうど本祭りの年なんですが、うちの男衆が今から張り切っていてね。仕事の間もずっと祭りの話ばかり」
困ったものだと言いながら、瑛久の顔は楽しそうに綻んでいる。
随分昔の記憶だが、活気づく街並みや人々、聞こえてくる軽快なお囃子を思い出すと、なんだか紫乃の心も弾むようだった。
「それは皆さん待ち遠しいでしょうね。当日はどうぞ楽しまれてくださいね」
紫乃が心からそう思って口にした言葉だったが、瑛久は違う意味で捉えたようだ。
「紫乃さんも行ってみませんか?」
「私、外に出てもいいのですか……?」
「もちろんです」
外出を許されたことも驚いたが、瑛久が祭りに連れて行ってくれるなんて、考えもしなかった。
(嬉しい……)
そう思ったのも束の間、続けられた言葉に紫乃は落胆する。
「紫乃さんはこの街には不慣れでしょうから、当日はキヨに案内させましょう」
(連れて行ってはくれないんだ)
瑛久と一緒に祭りに行ける──なんて思った自分が馬鹿だった。
考えなくたって、そんなの当たり前だ。
彼は彼の家族と行くのだろう。
隣には蒔子を連れ、腕など組んで、笑い合って。
「やっぱり……遠慮します」
妾は堂々と日の下を歩くものじゃない。
もちろん、瑛久が紫乃を連れて歩いてくれたなら、世間にきちんと公表してくれるのなら話は別だが。
けれど、水無瀬家の反応からは、そんな日が来るとはとても思えない。
勝手に敷地内を歩いただけで怒鳴られたくらいだ。
キヨをつき合わせ、彼女まで珠子たちから不興を買うことにでもなったら申し訳ない。
「無理強いはしません。ですが、今後の生活において、私たちのためにあなたが我慢する必要は何一つありません」
それが、紫乃に対する罪悪感から出た言葉であることは明白だった。
しかし、そもそも我慢するも何も、紫乃はこの生活に不満を抱いてはいない。
これまで、年頃の娘のように着飾って町に出たり、女学校で学んだりしてみたいと思ったことがないわけじゃない。
けれど人には分というものがあって、社会の中で自分がどんな存在であるのか、紫乃はちゃんと自覚している。
食べるのに困らない暮らしをさせてもらっているだけでも身の丈に余る。
紫乃のような人間は、己が心健やかに暮らすためにも、上なんて向いたらいけないのだ。
俯いてしまった紫乃に、瑛久はそれ以上何も言わなかった。
たくさんの人に囲まれ、日の当たる道を堂々と歩いてきた瑛久には、紫乃の気持ちなんてわからないだろう。
夕食は、途中からなんの味もしなかった。
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