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しおりを挟む日本橋浜町から隅田川を挟み、深川安宅町へ架かる鉄橋「新大橋」を渡る。
水の都深川。江戸期から運河網が張り巡らされていた深川は、東京の中心部に近いことから、物流の拠点や木材の貯木場として都市の発展を支えてきた。
「もうすぐですよ」
車夫が指し示す方角を見ると、少し先には大きな屋敷がところ狭しと建ち並んでいた。
古川の本邸も広大な敷地を有していたが、どう見てもその比ではない。
「どのお屋敷も、やたらと大きいでしょう」
「は、はい!」
「邸宅が材木置き場もかねているからなんですよ」
驚く紫乃に、車夫は『ほら、ちょうどあそこ』と、指差した。
そこでは川並の男たち(川並鳶)が鳶口を使って丸太を筏に組む作業をしていた。
「わぁ、すごい……!」
筋肉質な男たちが大きな声を上げながら、巨大な丸太を組む光景に目を奪われ、紫乃は思わず息をのんだ。
「水無瀬……水無瀬……ああ、ここだ。お嬢さん、つきましたよ」
車夫が紫乃の方を振り返り、到着を告げた。
目の前に建つ、通り過ぎざま目にした中でもひときわ大きな邸宅に、紫乃は圧倒されてしまった。
恐る恐る門の格子戸に付いた鈴を鳴らすと、奥から女中と思しき紺色の着物を着た女性がやってきた。
愛想良さげに微笑む女性の着物を近くで見ると、使用人のお仕着せとはとても思えないほどの上等品だった。
「どちらさまでございましょう?」
「あの、古川の家から参りました。紫乃と申します」
瞬間、女性の顔から笑みが消えた。
「……承っております。どうぞこちらへ」
中へ入るよう促され、どことなく居心地の悪さを感じながら、足を踏み入れた。
いくつもの部屋を囲う長い廊下を先に行く女性は、一度も紫乃を振り返ることなく進んでいく。
そして、庭園の池が見渡せる位置にある、障子の部屋の前で足を止め、膝をついた。
「若様」
「なんだ」
障子の奥から聞こえてきたのは、柔らかで低い男性の声。
「古川様がお見えになられました」
「ああ、入ってもらってくれ」
障子が開かれると、畳張りの広い和室が現れた。
紫乃は慌てて正座をし、膝の前で手をついた。
「失礼いたします」
深々と頭を下げた後、顔を上げた先にいたのは紫乃を値踏みするような視線を向ける者たち。
彼らはどうやら紫乃の到着を待っていたようで、光沢のある一枚板の座敷机の上には、人数分の湯呑がそれぞれの前に置かれていた。
「どうぞ中へ」
促され、紫乃は握りこぶしを床につき、立膝で入室した。
上座に座っていたのは、榛色の瞳に薄茶色の髪の男性。
線が細く、とても整った顔だちをしている。
そこで紫乃は、ふと不思議に思った。
上座に座るのは、水無瀬家の当主のはずなのに──と。
しかし、部屋の中に当主と思しき年齢の男性は見当たらない。
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