妾の嫁入り

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中

文字の大きさ
3 / 18

しおりを挟む




 水無瀬家へ行く日。
 二十歳まで暮らした離れには、あちらへ持っていくべきものはほとんどなかった。
 生前母が使用していた物は、君江の指示ですべて離れから持ち出され、処分されてしまった。
 紫乃自身、持っているのは誰のおさがりかもわからぬ、着古された着物ばかり。
 身だしなみを整えるための櫛ひとつとっても、歯が折れて隙間だらけというありさまだ。
 
 『必要な物は一式、水無瀬家に送っておいた』という父の言葉を信じ、紫乃はすべてを置いてここを出ることにした。
 物も思い出も、全部。
 部屋の真ん中に置かれた衣紋掛けには、この日のために父が馴染みの呉服屋で仕立てたという、豪奢な花房が美しい藤の花が描かれた着物が掛けられていた。
 君江が目にすれば、癇癪を起して暴れそうなほど見事な品だ。
 さすがに父も、庶子とはいえ古川家の娘が、ぼろぼろの着物で付き合いのある名家に入るのは、体裁が悪いとでも思ったのだろう。
 どこまでも自分の事しか考えないその身勝手さは、いっそあっぱれだとも思う。
 側に置かれた長襦袢ながじゅばんは、厄除け・魔除けの意味があるうろこ模様。
 母親から娘へ贈られる事の多い品だ。
 紫乃は母から聞いて知っていたが、まさかあの父が、それをわかった上で用意したとは考えにくい。
 おそらくだが、父はこの呉服屋の女将と懇意にしているのだろう。
 もちろんそれはと。
 それで気を利かせた女将が、この長襦袢を用意したに違いない。

 離れを出ても、紫乃を見送る人は誰もいなかった。
 その代わりというか、門の前には父が手配したという人力車が停まっていた。
 車の隣に立つ車夫が、遠慮がちに頭を下げる。
 何か期待していたわけではない。
 むしろあまりにもあっけない別れのおかげで、変な感傷に浸らずに済んだのはありがたかった。
 紫乃はひとり、二十年の人生が詰まった小さな風呂敷包みとともに、生まれ育った古川邸をあとにしたのだった。


 


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

幸せになれると思っていた

里見知美
恋愛
18歳になったら結婚しよう、と約束をしていたのに。 ある事故から目を覚ますと、誰もが私をいないものとして扱った。

【完結】深く青く消えゆく

ここ
恋愛
ミッシェルは騎士を目指している。魔法が得意なため、魔法騎士が第一希望だ。日々父親に男らしくあれ、と鍛えられている。ミッシェルは真っ青な長い髪をしていて、顔立ちはかなり可愛らしい。背も高くない。そのことをからかわれることもある。そういうときは親友レオが助けてくれる。ミッシェルは親友の彼が大好きだ。

もう捕まらないから

どくりんご
恋愛
 お願い、許して  もう捕まらないから

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

【完結済】ラーレの初恋

こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた! 死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし! けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──? 転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。 他サイトにも掲載しております。

処理中です...