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しおりを挟むその日から紫乃は、自分の生い立ちを少しずつ瑛久に語って聞かせた。
もちろん、いきなりすべてをさらけ出すのは怖かったので、本当に少しずつだが。
瑛久も、紫乃に話の続きを急がせることはなく、ただ黙って静かに聞いていた。
そして話の途中──特につらい記憶の部分に差し掛かると、途端に難しい表情を見せることもあった。
まるで、当時の自分の気持ちに寄り添ってくれているようで、紫乃はそれが嬉しかった。
瑛久も自分のことを話してくれた。
自身の幼少期や家族のこと。
けれど、その中に蒔子が登場することはなかった。
きっと紫乃の立場を慮り、意図的に話さないようにしているのだろう。
けれどそんな瑛久とはうらはらに、紫乃は蒔子のことが知りたかった。
鈴子は瑛久と蒔子はとても仲睦まじい夫婦だと言っていた。
瑛久の心をつかまえて離さない蒔子とは、いったいどんな女性なのだろう。
「ああ、すっかり呑みすぎてしまいました」
瑛久が、畳に手をつき姿勢を崩す。
「ふふ、確かに今日は随分召し上がりましたね」
日本酒は温燗が好きな瑛久。
最初は一本だった徳利が、しばらくして二本に増えた。
二人の間に会話が増えたせいか、最近では食事の時間が長くなり、一本ではすぐになくなってしまうからだ。
けれど今日は三本も。
「……ここは居心地が良いからつい……いえ、なんでもありません」
紫乃は、瑛久の漏らした言葉と、翳りのある表情が気になった。
「……ご家族となにかあったのですか?」
瑛久が母屋での暮らしに息が詰まる理由なんて、ひとつしか考えられない。
もしかしたら、紫乃のせいで瑛久が責められているのかもしれない。
「もしかして、私のせいでご家族との仲がうまくいっていないのではありませんか」
不安げな表情で訴えかける紫乃に、瑛久は無言で首を横に振った。
「違う……違うんです。あなたはなにも悪くない」
珍しく瑛久の言葉が信じられなかった紫乃は、唇を噛みしめ、真っ直ぐに彼の瞳を見つめた。
瑛久は、自分に向けられたらひたむきな視線に観念したように、紫乃に現在の夫婦の状況をぽつりぽつり話し始めた。
妾を迎え入れることを受け入れられない蒔子が奥座敷に籠もり、絶食することで無言の抵抗をしていること。
毎日母と妹から詰られて、母屋で安らげないことなど、やはりどれを聞いても紫乃せいとしか思えない。
「こんな話をするつもりはなかったのに……申し訳ない」
「いいえ……私、瑛久さまの気持ちも知らずに自分のことばかり……申し訳ありません」
「謝る必要はありません。あなたと話すのは嫌いじゃない。むしろ楽しかった」
「……楽しかった……?」
「ええ。久しぶりに世間のしがらみもなにもない、ただのお喋りができた。本当に、こんな穏やかな時間を過ごすのは久しぶりです」
こんな自分でも瑛久の役に立てることがあるなんて。
瑛久の言葉が紫乃の胸に温かくしみわたっていった。
「あら……?」
ぽつ、ぽつと小さな音が聞こえたと思ったら、それは瞬く間に激しい雨音へと変わった。
「凄いな」
外は一寸先も見えないくらいの土砂降りだ。
「どうしましょう」
いつもなら瑛久は母屋に戻る時間だ。
けれどこの離れには傘がない。
「大丈夫。すぐそこだから」
いくら近くても、こんな土砂降りの中外に出れば、ほんの一瞬でずぶ濡れだ。
紫乃は躊躇いがちに口を開いた。
「あの……瑛久さまさえよろしければ、雨がやむまでここでお休みになりませんか……?」
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