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しおりを挟む紫乃の提案を聞いた瞬間、瑛久は真顔になった。
「まさかとは思いますが、一応お聞きしますね」
「はい」
緊張しているのか、ごくっと瑛久の喉が鳴る。
そんなに変なことを言ってしまっただろうか。
雨宿りを提案しただけのつもりの紫乃は首を傾げた。
「もしかして私はその……紫乃さんにその……誘われて……?」
「はい?」
瑛久は、紫乃がすっとぼけているわけではないと察し、即座に自身の発言を訂正した。
「すみません、早まりました。今の言葉は忘れてください」
「あの、質問の趣旨がよくわかっていなくて、よければ教えてくだ──」
「よくわかってなくて大丈夫です!酔っぱらいの言うことなど気にしないでください」
「はぁ……ではあの、どうなさいますか?」
「ではお言葉に甘えて、雨が止むまで休ませていただきます」
居間で休むという瑛久のため、紫乃は押し入れから予備の布団を出そうと寝所へ移動した。
押し入れを開け、布団を手にかけようとした紫乃のすぐ後ろから声がした。
「運ぶのは私が」
紫乃の横から筋張った腕が伸び、あっという間に布団を持ち上げてしまった。
ふんわり香る酒精と石鹸の匂いに、紫乃の胸がうるさく騒いだ。
「布団で眠るのは久しぶりです。子供の頃以来かな」
母屋の寝室ではベッドを使用しているという瑛久は、敷き終えた布団の上で懐かしそうに目を細めた。
「紫乃さんも、もう休んでください」
「はい。ではお言葉に甘えて先に休ませていただきます」
寝室の障子を閉め、布団の中に潜り込んだ紫乃は、夜の雰囲気がいつもと違うことに気づく。
(きっと、瑛久さまがいらっしゃるからだ)
人の気配がする。
たったそれだけのことなのに、家の中があたたかく、とても心強い。
外はまだ激しく雨が打ち付けていたが、いつの間にか深い眠りの中に落ちていた。
*
──懐かしいな
仰向けになって天井を眺めながら、瑛久は幼い頃の記憶をなぞっていた。
元々この草堂は、茶を嗜んでいた祖母が使用していた場所だ。
茶道の精神など知ったこっちゃない瑛久は、この隠れ家のような草堂で遊ぶのが好きで、いつも騒ぎ散らかして祖母に叱られたものだ。
紫乃を迎えるにあたり、思い出の茶室はそのままに、あとは若い女性が暮らしやすいように改修したが、天井の梁や壁は当時のままで。
ここにこうしていると、まるで子どもの頃に戻ったような気持ちになる。
(それにしても驚いたな)
紫乃からここで休むことを提案された時、瑛久はてっきり誘われたのだと思ってしまった。
しかし紫乃の顔を見れば、言葉以上の意味がないことなど明白で。
自分の子を産ませるために迎えた娘。
けれど、紫乃と過ごす時間が増え、彼女が置かれてきた境遇を知り、本当にこれでいいのだろうかという良心の呵責にも似た気持ちが湧き上がる。
けれどそれとは逆に彼女で良かったとも。
紫乃は母親似なのか、すっきりとした顔立ちをしている。
これまでの粗食のせいで身体は痩せ細り、歳の割に幼く見えるが、もう少しすればふっくらとして、花が咲いたように綺麗になるだろう。
(なんだろう……なぜだかとても楽しみだな……)
沈む意識の向こう側に、着物姿で笑う、今よりも少し大人びた紫乃の顔が見えた。
*
翌朝。空は雲ひとつない快晴だった。
窓を開けると、朝の爽やかな空気に昨夜の雨の匂いがまじっていた。
布団を上げ、身支度を済ませて寝室を出た紫乃は、足音を忍ばせて廊下を歩く。
そして玄関に並ぶ大きな雪駄を見つけると、居間へ向かい、両手でそっと障子を開けた。
そこには朝の静寂の中、小さな寝息を立てて眠る瑛久の姿が。
薄く唇を開けた寝顔はいつもより幼く見えて、とても可愛らしい。
紫乃は彼を起こさぬように、家の掃除などを済ませた。
カラカラカラと、やけにゆっくり玄関の扉が開いたかと思ったら、キヨだった。
朝餉を届けに来てくれたのだと思ったが、彼女は手ぶらだった。
キヨは玄関のたたきに瑛久の雪駄を見つけ、すぐさま顔色を変えた。
「あの……こちらに若様はいらっしゃいますか」
「はい。まだ眠られております」
「そうですか……では、若様の分の朝の膳もこちらにお持ちした方がよろしいでしょうか」
「それは……」
紫乃には決められなかった。
母屋での朝食の場には、きっと家族が揃うのだろうに。
それをすっぽかして妾のいる離れで朝食をとっただなんて、瑛久がなにを言われるか。
正直言えば、このまま瑛久が一緒に朝食を食べてくれたら紫乃はどれだけ嬉しいか。
でも、自分がわがままを言える身の上でないことは、重々承知している。
「キヨ、朝食はここに運んでくれ」
背後から気怠げな声がしたと思ったら、そこには今しがた起きたばかりの瑛久が、障子戸にもたれかかるようにして立っていた。
「おはようございます、瑛久さま」
「おはようございます。すっかり寝過ごしてしまった」
「よく眠れましたか」
「ええ。ぐっすりと」
それは良かったと微笑む二人のやりとりを見守るキヨの表情は硬い。
「……それでは今すぐ朝食のご用意をさせていただきます」
二人と目を合わすことなく、キヨは出て行ったのだった。
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※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
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本日、最新話を拝読しました。
紫乃さんが幸せになって欲しい。やはりずっとそう願いながら覗かせていただいておりますので、今回『一緒』が叶って嬉しく感じております。
ですので次のお話は楽しみですし、皆さんにはまだまだ謎な部分がありますので、今後がますます気になっております……!
13話
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