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しおりを挟む話し合いが行われた翌日。
アルウェンが嫁ぐために用意された花嫁道具は、シンシアの物になった。
「イニシャルの刺繍がまだで良かったわぁ」
アルウェンの部屋に無遠慮に入ってきたシンシアは、真っ白なハウスリネンの山を前に、無神経な言葉を発した。
この国の嫁入り道具はたっぷりとフリルのついた下着にネックレスや指輪などの装飾品、そして自分と花婿のイニシャルが刺繍されたハウスリネンを“一生分”持参するのが習わしだ。
大量に発注したリネンは先日届いたばかりで、これからアルウェンとユランの名が入れられる予定だった。
「あとはなにがあるのかしら……あら、素敵!」
シンシアが手に取ったのは、母が揃えてくれたサファイアがあしらわれたネックレスとイヤリング、そして指輪が入ったデミ・パリュール。
「結婚式には青いものを取り入れるといいって言うものね」
シンシアは鏡台前に置かれたスツールに、埃が立ちそうなほど勢いよく腰掛けた。
そして昨日まではアルウェンの物だったそれらを悪びれもせず、我が物顔で肌にあてる。
しかし姉妹の様子を見守っていた母は、シンシアの配慮のない行動を咎めもしない。
その青い宝石は、母がアルウェンの幸せを願い、選んでくれた物ではなかったのか。
せめて「アルウェンの気持ちを考えろ」と一言くらい言ってくれたっていいだろうに。
「そういえばお姉さまの支度はどうなってるの?」
「アルウェンの物は、すべてサリオン殿下が用意してくださるそうよ」
「お姉さまだけ皇宮御用達のお店で揃えるってこと?……いいなぁ……ずるい」
誰にも聞こえないように小声で呟いたのだろうその言葉を、アルウェンは聞き逃さなかった。
「そんなにドレスや宝石が欲しいのなら、あなたが行きなさいよ」
アルウェンの声は、肉親に話しているとは思えないほど低く、冷たい。
さすがにまずいと思ったのか、シンシアは返事をせず、僅かに首を竦ませた。
「アルウェン……どうかシンシアを恨まないでやって。あなたたちは姉妹なんだから」
姉妹なら、血が繋がっていれば、愛する人や物や場所をすべて奪われても黙って許してやれと?
アルウェンの中で、これまで必死に抑え込んできた心が爆ぜた。
「お父様もお母様も、さぞかし満足でしょう。私ではなく、可愛いシンシアが残るのですから」
「なにを言っているの」
「お母様は私にはいつも厳しいことばかり……それなのにシンシアがどんなに遊び呆けていても、少し小言を言うくらいで結局は甘やかして」
「厳しくしたのはあなたが優秀だったからよ。私はあなたのためを思って──」
「嘘ばっかり」
一度堰を切ってしまった言葉は止まらない。
「だってシンシアは未熟で愚かだけど、幸せになれるじゃない。嫌なことから目を背けて、私にすべてを押し付けて、平然と人の物を漁っているような卑しい女でも、ユラン様と結婚できるじゃない!」
「アルウェン!」
振り上げられた母の手が、アルウェンの頬を打った。
部屋に響く乾いた音。
打たれた場所がじんじんと熱を持ち、痛みだす。
「ご、ごめんなさい、あなたがあんまり酷いことを口にするからつい……」
「……酷い?酷いのはどっちよ……皆で私の気持ちを無視して好き勝手して……!」
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