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第2話
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もし自分の悪口を言われていたら、あなたはどうする?
黙って耐える? 泣く?
わたくしは――
◆
王太子の婚約発表から、数日後の昼下がり。
サロンには新興貴族の令嬢たちが集まり、淡い菫色の紅茶をくるくると回していた。
「クラリス様、王太子殿下に見限られても、結婚できるのかしら」
「完璧すぎる女は愛されないってことね」
「それに、あの性格じゃあ――」
薄い笑いが、卓上を巡った。
そんな時、扉が音もなく開く。
深紅のドレスとともに、室内の空気がわずかに張りつめた。
「殿下の婚約発表に招かれなかった皆様、ごきげんよう。まあ、たいへん楽しそうなお茶会ですこと」
最初に笑っていた令嬢が、慌ててカップを持ち上げる。
金の縁が震え、紅茶の輪が波打った。
「こ、これは失礼を……エルヴァン公爵令嬢。お耳障りな話を、失礼しま――」
「“王太子に捨てられた哀れな女は結婚できるのか?”――そう仰っていたのは、こちらでして?」
クラリスは卓の端に立ち、扇をゆるく伏せた。
「いいですわ、“情報格差”だなんて――お気の毒ですもの。
わたくしが、代わりにお応えして差し上げますわ」
白磁の皿が、小さく鳴った。
令嬢たちは、息を詰めたまま動かない。
クラリスは扇を指先でなぞり、令嬢たちを一瞥した。
「確かに、残念ながら王太子はわたくしを“相応しくない”と仰って婚約を破棄されました。
ええ、さすが殿下ですわ。――ご自分の力量を、よくご理解されていらっしゃいます」
扇がぱちりと開く。
「そんな時――第二王子は、わたくしこそご自身の婚約者に相応しいと見初められ、
わたくしにプロポーズをしてくださいましたの」
部屋の空気が、ぴたりと止まった。
「そ、それは……いつから?」
「ご存じなかったの? 殿下の婚約披露パーティーで、わたくしも発表しましたのに。
その程度のことも仕入れられなかったの?」
「そ、そんな……聞いていませんわ!」
「信じられない……第二王子殿下が……!」
「で、でも、兄弟でそんなこと……!」
令嬢たちは口々に囁き、目配せを交わす。
顔色を失ったひとりが、取り繕うように笑った。
「ま、まあ……その……本当におめでとうございますわ、クラリス様」
「ありがとうございます。……無理に言わなくてもよろしいのですよ?」
クラリスは静かに微笑み、扇子を揺らした。
「わたくしは、人の粗探しをなさる方々とは違って、心優しいの」
クラリスは、扇子をパシッと畳んだ。
「これから貴女方は大変でしょうから、わたくしにお気遣いくださるより、ご自身を心配なさってくださいな」
その声に、誰も言葉を返せなかった。
「よくご理解されましたか? 完璧な者同士が結ばれる摂理というものを」
令嬢たちは、卓上の花を見つめたまま動かなかった。
「どなたかは、わたくしがイレイナ様をお手伝いするだろうと仰っていましたが――」
クラリスはドレスを翻し、背を向けた。
「それは全くあり得ない話ですから、ご期待なさらないでくださいな」
そう言い残して、クラリスは去っていった。
◇
クラリスが去ったあと、誰かがかすれた声で呟いた。
「……あの方、本当に第二王子の婚約者に?」
「ええ……でも、第二王子の一時の気まぐれでしょう」
「王太子殿下の愛のほうが本物ですもの……きっと大丈夫ですわ」
誰も、互いに目を合わせられなかった。
翌週には、新興貴族たちの屋敷から、侍女や書記官が一人、また一人と姿を消した。
出仕表の欄が白く空き、印章の数だけが増えていく。
「第二王子に旧貴族派が着くとなれば……先の見えない新興貴族の屋敷で働き続けるのは、いささか“賭け”が過ぎますわね」
“愛の改革”と呼ばれた動きは、まだ始まらないうちから、静かに瓦解していった。
「さて……どの家門から崩れるかしら?」
――その問いに、答えられる者はいなかった。
黙って耐える? 泣く?
わたくしは――
◆
王太子の婚約発表から、数日後の昼下がり。
サロンには新興貴族の令嬢たちが集まり、淡い菫色の紅茶をくるくると回していた。
「クラリス様、王太子殿下に見限られても、結婚できるのかしら」
「完璧すぎる女は愛されないってことね」
「それに、あの性格じゃあ――」
薄い笑いが、卓上を巡った。
そんな時、扉が音もなく開く。
深紅のドレスとともに、室内の空気がわずかに張りつめた。
「殿下の婚約発表に招かれなかった皆様、ごきげんよう。まあ、たいへん楽しそうなお茶会ですこと」
最初に笑っていた令嬢が、慌ててカップを持ち上げる。
金の縁が震え、紅茶の輪が波打った。
「こ、これは失礼を……エルヴァン公爵令嬢。お耳障りな話を、失礼しま――」
「“王太子に捨てられた哀れな女は結婚できるのか?”――そう仰っていたのは、こちらでして?」
クラリスは卓の端に立ち、扇をゆるく伏せた。
「いいですわ、“情報格差”だなんて――お気の毒ですもの。
わたくしが、代わりにお応えして差し上げますわ」
白磁の皿が、小さく鳴った。
令嬢たちは、息を詰めたまま動かない。
クラリスは扇を指先でなぞり、令嬢たちを一瞥した。
「確かに、残念ながら王太子はわたくしを“相応しくない”と仰って婚約を破棄されました。
ええ、さすが殿下ですわ。――ご自分の力量を、よくご理解されていらっしゃいます」
扇がぱちりと開く。
「そんな時――第二王子は、わたくしこそご自身の婚約者に相応しいと見初められ、
わたくしにプロポーズをしてくださいましたの」
部屋の空気が、ぴたりと止まった。
「そ、それは……いつから?」
「ご存じなかったの? 殿下の婚約披露パーティーで、わたくしも発表しましたのに。
その程度のことも仕入れられなかったの?」
「そ、そんな……聞いていませんわ!」
「信じられない……第二王子殿下が……!」
「で、でも、兄弟でそんなこと……!」
令嬢たちは口々に囁き、目配せを交わす。
顔色を失ったひとりが、取り繕うように笑った。
「ま、まあ……その……本当におめでとうございますわ、クラリス様」
「ありがとうございます。……無理に言わなくてもよろしいのですよ?」
クラリスは静かに微笑み、扇子を揺らした。
「わたくしは、人の粗探しをなさる方々とは違って、心優しいの」
クラリスは、扇子をパシッと畳んだ。
「これから貴女方は大変でしょうから、わたくしにお気遣いくださるより、ご自身を心配なさってくださいな」
その声に、誰も言葉を返せなかった。
「よくご理解されましたか? 完璧な者同士が結ばれる摂理というものを」
令嬢たちは、卓上の花を見つめたまま動かなかった。
「どなたかは、わたくしがイレイナ様をお手伝いするだろうと仰っていましたが――」
クラリスはドレスを翻し、背を向けた。
「それは全くあり得ない話ですから、ご期待なさらないでくださいな」
そう言い残して、クラリスは去っていった。
◇
クラリスが去ったあと、誰かがかすれた声で呟いた。
「……あの方、本当に第二王子の婚約者に?」
「ええ……でも、第二王子の一時の気まぐれでしょう」
「王太子殿下の愛のほうが本物ですもの……きっと大丈夫ですわ」
誰も、互いに目を合わせられなかった。
翌週には、新興貴族たちの屋敷から、侍女や書記官が一人、また一人と姿を消した。
出仕表の欄が白く空き、印章の数だけが増えていく。
「第二王子に旧貴族派が着くとなれば……先の見えない新興貴族の屋敷で働き続けるのは、いささか“賭け”が過ぎますわね」
“愛の改革”と呼ばれた動きは、まだ始まらないうちから、静かに瓦解していった。
「さて……どの家門から崩れるかしら?」
――その問いに、答えられる者はいなかった。
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