(完結) わたし

水無月あん

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まさか

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「では、目を閉じろ」
声が言った。

「目を? なんでだ?」

「すぐにすむ。開けて良いと言うまで、閉じておけ」

「……わかったよ」

言われるがままに目を閉じた。
体にたたきつける雨の感覚と雨の音が、いっそう強くなった。

次の瞬間、心の臓がひゅっとつかまれ、体がぐいっと上に浮きあがった。
と、思ったら、今度は体がひゅーっと落ちた。

そして、雨があたる感覚が消えた。

一体、何がおきてるんだ……。

「目を開けてよいぞ」
と、声が聞こえた。

おそるおそる目をあける。

暗い……。

とっさに、わずかだが、明るいほうへと目をむけた。
すると、格子越しに、雨がふっているのが見えた。

え……!?

まさか? 俺は、ほこらの中にいるのか?
本当に、ほこらの中にあった、あの木の置物と入れ替わったのか!?

「うそだろ……」

すると、格子のむこうで、大きなしっぽがふわりと動いた。
見慣れた俺のしっぽ。
ぬれそぼっているのに、楽しそうにゆれている。

あっけにとられている俺の耳に、格子の向こうから声が届いた。

「ああ、心地よい雨だ! また、自由になる日がこようとは! 私は本当に運がいい。おろかな狐よ、礼を言うぞ」

そう言って、自分の一部だったしっぽが雨の中へと消えていった。


◇ ◇ ◇


ほこらに入って、一体、どれくらいたったんだ?

もう、ずいぶんたったような気もするが、よくわからねえ。

なにせ、木の置物に入った体は、ぴくりとも動けないからな。
お日様がのぼって、お日様が沈むのも、やたらと長い。

だが、雨風をしのげ、敵に狙われることもない。安全なすみかがあるのは、それだけで極楽だ。

ただ、入れかわってすぐの頃は、ここにやってくる人間にびくびくした。
しかし、あの声の言ったとおり、入れかわったことに気づく者なんて、いやしねえ。
人間たちは、自分の願いをべらべらしゃべって帰るだけだ。

人間は恐ろしくて、あなどれない奴らだと思っていたが、たいしたことないじゃねえか。
自分しか見ちゃいないから、俺に気づきもしないしな。

山であれじゃあ命はないが、人間は、よほど、のんきなところに住んでるんだろうよ。
まったく、恵まれすぎだ。

なのに、だ。奴らときたら、いったい、どれだけ願いがあるんだ?
ほこらの中で、人間たちが願うことを聞いていると、驚かされっぱなしだ。

たとえば、腹がすいたから食べ物が欲しい。安全な寝床が欲しい。
そんなわかりやすいもんばかりが願いだと思っていた。

だが、人間たちは違う。
よくわからねえもんをやたらと欲しがったり、他の者の不幸を願ったり。
しかも、そこなし沼みたいにつきることがねえ。

次は何かとあきれるが、暇をつぶすにはちょうどいい。

ああ、それにしても、惜しいのは、奴ら人間がもってくる供えもんだ。
うまそうなのに、どうやっても食べられねえ。

かわりに、山に住むものたちが食べるのを、ほこらの中から見るだけだ。

まあ、ほこらに入ってから、不思議と腹はすかなくなった。

つまり、雨にぬれることもなく、飢えて死ぬこともなくなったってことだ。
俺もいい身分になったもんだ。

しかし、あの声は、なんで、こんないい暮らしを取りかえたくなったのかね?
よくわからないが、俺は運が良かった。
それだけは間違いねえな。
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