(完結) わたし

水無月あん

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見知らぬ男

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ほこらにやってくる人間の観察にも飽きてきた頃、立派な身なりをした男がやってきた。
いつも、お参りにくる、ふもとの村の人間たちとはまるで違った衣を着ている。

「地蔵菩薩様、今日はお礼に参りました」
男は持ってきた包みをほどいた。見たことのない色とりどりのものが顔をだす。

「私の願いを叶えていただき、ありがとうございました。おかげさまで、全て、うまくいきました。お礼に珍しい菓子が手に入りましたので、供えさせていただきます」

頭を深々とさげる男。まるで見覚えがない。

入れかわったばかりの頃は、覚えのない礼を言われると、居心地が悪かったが、今はもう、なんとも思わなくなった。

その男は、ほこらの中をのぞきこみ、ため息をついた。

「こんなに力のある地蔵菩薩様が、こんな山深く、粗末なところにおられるとは、なんともお気の毒だ…。私の屋敷であれば、ここよりはずっと快適にしてさしあげられるのに…。是非、お連れしたいものだ…」

男は名残惜しそうに、今一度、ほこらの中をのぞいたあと、そばにひかえていた者と一緒に去っていった。

その夜、月明りが、ほこらの前に男が置いていった菓子を浮き上がらせた。鮮やかすぎる色に、山に住むものたちは、警戒してか、だれも食べにこない。

男の言ったことが、頭をまわる。

(ここよりも快適なところとは、どんなところだ。行ってみたい…)

気がつけば、そればかりを願っていた。


それから、しばらくたって、あの男が、また来た。
今度は、たまに、ほこらの掃除にくる、ふもとの村の者も一緒だ。

「傷をつけぬよう、くれぐれも気をつけてくれ。私が買い取ったのだ。もはや、私の大事な地蔵菩薩様だからな」
男の言葉に、ふもとの村の者がうなずく。

「もちろんですとも。庄屋様」

村の者は、ほこらの扉をあけた。そして、手が伸びてきたと思ったら、体が浮いた。
持ち上げられて、ほこらの外にだされたようだ。

久しぶりに、頭のてっぺんから、太陽の光につつまれる。

まぶしい!

そう思った瞬間、何かにつつまれた。もう、何も見えない…。

「庄屋様。しっかりと布で包みましたので、これで移動しても、傷はつかぬでしょう。それで、このほこらに祀るかわりの仏像のことですが…」

「わかっておる。村の者に気づかれぬよう、似た仏像をつくらせた。…おい、あれを持て」

「はい、ただいま」
庄屋と呼ばれた男のそばにいた供の者らしき声とともに、布をひろげるような音がした。

「なんと、よう似ておりますなあ! これなら、ほこらの奥の地蔵菩薩さんが入れ替わったことに、気づくもんはおりませんでしょう。…それにしても、木の色あいも、ここの地蔵菩薩さんと似ておって、古いものに見えますな」

「まあ、腕のよい仏師に作らせたからな。ようできた身代わりじゃ」
庄屋と呼ばれた男の満足げな声が響いた。


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