1 / 4
1.婚約破棄、願います
しおりを挟む「正式に婚約破棄をお願いいたします」
心地よい日差しの中、私は目の前で紅茶をすする婚約者、アルノルト様にそう告げた。
しかし、当のアルノルト様はすました顔でちらっと私を見るだけだ。
動揺すらしないのね。
それが少し面白くない。
「婚約破棄、してくださるわよね?」
「急に呼びつけたと思ったら……」
アルノルト様はやれやれという風にため息をついた。
ため息をつきたいのは私の方よ!
そう怒鳴りたいのをぐっとこらえる。
もう我慢の限界だった。
アルノルト・マークスラットはこのザック領を治める公爵家。代々国王にも仕える家柄で、その勢力は国内一とも言われている。
アルノルト様自身も、その名家にふさわしく有能で剣術も政治にも長けている。先の武術大会では20代の部門で優勝までした。
名声ばかりでなく、その優れたルックスで人気も高い。
青い瞳に綺麗な金色の髪。背が高く整った顔立ちは目を引くものがあった。
正直、私もアルノルト様と婚約すると聞いたときは胸がときめいた。ラッキーって思ったわ。
でもこの人、一点問題があった。
「先日、レストランでマリーという女性から水をかけられたわ」
「マリー? マリー……、あぁ! マリーね。はいはい」
はいはいじゃない!
「私とアルノルト様が婚約したことに憤慨しておりました。私とのことは遊びだったのね、ともおっしゃっていましたわ」
「あぁ~……」
「昨日は、リリアンという女性から私たちの婚約が納得いかない旨のお手紙が送られてきました。刃物と一緒に」
「おお、それは物騒だ。俺からたしなめておこう」
どこかわざとらしく神妙な顔つきをして腕を組むアルノルト様をキッと睨む。
「あなたと婚約してから、こんなことが日常茶飯事です。もう我慢なりません」
バンっとテーブルを叩いてそう怒鳴った。
そうなのだ、このアルノルト様。
ルックスもよく、優秀で完璧な男なのに……、いやだからこそか。
女好きという欠点があった。
先月、婚約が成立してからアルノルト様と懇意にしていたという女性から嫌がらせが相次いでいた。
正直、怖いし身が持たない。
「ライラ、あまりそうカリカリするな。俺たちが勝手に婚約破棄できるものでもないだろう?」
微笑まれながらそう言われて、私はぐっと言葉に詰まる。
確かに、私たちは政略結婚だ。
親が決めた相手であるので、そう簡単に婚約破棄ができるものではない。
私はムッと言葉を噤む。
「ライラだって、本当に婚約破棄したいと思っているのか?」
「どういうことですか?」
「そのドレス。淡いグリーンで装飾も華やかだ。新作だろう? 俺のために着て来てくれたんじゃないのか?」
自信満々にそういわれて、私は深いため息をこぼした。
「違います。この素敵なお庭に合うかなと思って……」
公爵家の広い庭にはきれいな花が咲き誇っていた。
「ライラも花のように可愛いよ」
にっこり微笑むアルノルト様に私は肩を落とした。
ダメだ、話にならない……。
「今日は帰ります」
また出直そう。
やはり、まずはお父様を説得してから婚約の断りを入れてもらうしかない。
そう思って椅子から立ち上がると、アルノルト様が思い出したかのように言った。
「あぁ、ライラ。聞いたかもしれないけど、来週からここに住むことが決まったよ」
「え?」
目を丸くして振り返る私に、余裕の表情で微笑まれる。
「結婚に向けて、この家にも慣れてもらわないとね」
うそ……、でしょ。
思わずへたり込んでしまった。
39
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
【完結・全10話】偽物の愛だったようですね。そうですか、婚約者様?婚約破棄ですね、勝手になさい。
BBやっこ
恋愛
アンネ、君と別れたい。そういっぱしに別れ話を持ち出した私の婚約者、7歳。
ひとつ年上の私が我慢することも多かった。それも、両親同士が仲良かったためで。
けして、この子が好きとかでは断じて無い。だって、この子バカな男になる気がする。その片鱗がもう出ている。なんでコレが婚約者なのか両親に問いただしたいことが何回あったか。
まあ、両親の友達の子だからで続いた関係が、やっと終わるらしい。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
晩餐会の会場に、ぱぁん、と乾いた音が響きました。どうやら友人でもある女性が婚約破棄されてしまったようです。
四季
恋愛
晩餐会の会場に、ぱぁん、と乾いた音が響きました。
どうやら友人でもある女性が婚約破棄されてしまったようです。
望まない相手と一緒にいたくありませんので
毬禾
恋愛
どのような理由を付けられようとも私の心は変わらない。
一緒にいようが私の気持ちを変えることはできない。
私が一緒にいたいのはあなたではないのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる