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3.不意打ちはおやめください
しおりを挟む「ライラ、今日は馬に乗って湖に行かないか」
よく晴れた日。部屋で本を読んでいると、アルノルト様が部屋を訪ねてきた。
「馬で……、ですか?」
「乗馬の経験は?」
「授業で少しだけ……。ひとりでは乗れません」
「では俺と乗ればいいよ」
誘われて馬小屋へ行くと黒い大きな馬がいた。手入れもされていてとても綺麗だ。
「おいで」
おずおずと手を伸ばすと、アルノルト様はひょいっと軽々と私を持ち上げて馬に座らせた。
後ろからアルノルト様が手綱を引いて、ゆっくりと歩きだす。
「少し怖いわ」
「俺が付いているから大丈夫」
思ったよりも近くで声が聞こえ、ドキッとする。
この体勢、まるでアルノルト様に後ろから抱きしめられているようだわ。
そう思うと、妙に緊張してきた。
背中に感じるアルノルト様の逞しい胸板が余計に男を意識させる。
「どうした?」
「あ、いえ……」
後ろから顔を覗き込まれてつい俯く。綺麗な顔を寄せられて、自分でも顔が熱くなるのが分かった。
婚約破棄したい相手に胸を高鳴らすだなんて、はしたないわ。
「ほら、見えてきた」
「わぁ……」
目の前にはキラキラと光る湖面が見えた。その美しさに目を奪われる。
「素敵……」
「降りてみようか」
私の手を取り、馬からそっと降ろしてくれる。
地面に足をついた瞬間、ぐらついてしまい思わず倒れそうになった。
「キャッ」
「おっと」
アルノルト様がとっさに前から体を支えてくれた。
「あっ……、申し訳ありません」
「いや……」
まるで抱きしめられているような体勢に、一気に顔が赤くなる。
しかもアルノルト様は体を離してくれない。
「ア、 アルノルト様。あの……」
「……本当に柔らかいのだな、お前は」
小さく呟く声が聞こえる。
その声に戸惑いを隠せない。
どうして……。どうしてそんなに愛おしそうに呟くの?
「さて、あちらも見に行こうか」
アルノルト様は私を離すと、何事もなかったように手を引いて歩きだした。
いつもと変わらない様子。
アルノルト様にとっては抱きしめることなんていつものことでしょうけど……、私には刺激が強いわ。
赤くなった顔をなるべく見られないよう、俯き加減で後をついていった。
ピチャンと魚が跳ねる。
「まぁ、魚がいるわ」
「きれいな湖だからね。近寄っても大丈夫だよ」
「それは……少し怖いので遠慮したいかしら」
泳げない私にとって水の近くは無条件に怖い。
しかしアルノルト様は怖気づく私に微笑んだ。
「大丈夫、ほら」
私の手を取ってグイっと引っ張る。身体が揺れて悲鳴をあげた。
「きゃぁ!」
「アハハ」
私はとっさにアルノルト様の腕をつかむ。
私の腕はしっかりと掴まれており、元から軽く脅すだけのつもりだったようだ。
「ほら、大丈夫って言ったろ」
悪戯が成功したように笑うアルノルト様を睨むと、よしよしと頭を撫でられた。
「もう、驚かさないでください」
「ごめんよ、反応が可愛くてつい」
可愛い!?
そんなこと、男の人に言われたことない……。サラリと言わないでほしいわ。
どんな反応をしたらいいかわからなくなる。
「もう」
「ふふ、怒らないで。そうだ、シェフにパンを焼いてもらったんだ。持ってきたから一緒に食べよう」
私は荷物を広げるアルノルト様を見上げた。
屈託なく笑う顔がまぶしい。
なんでだろう。
悔しいけれど意外とこの方の隣は居心地がいいわ……。
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